第39話 そんなとこに気合を入れるな

「……珀琥。一つ、頼みごとを聞いていただいてもいいでしょうか」


 体温を測り終えた月凪は布団で横になりながら、泊まり用の物が詰められた鞄を運んできた俺へ、どこか言いにくそうにしながら声をかけた。

 枕元には体温計と、汗を拭くために濡らしてきたタオル。

 どうやらタオルの方はまだ使われていないようだ。


 先に月凪が測った体温は38℃を越えていて、朝よりも悪化している。

 熱が上がったためか、関節の当たりにも痛みを感じているとか。

 症状の変化がそれくらいだったのは不幸中の幸いだ。


「俺に出来ることならいいけども」

「では……その、汗を拭くお手伝いをしていただいても、いいですか?」


 躊躇いがちに月凪が囁いたのは、おおよそ異性に頼むべきではないことだった。


 汗を拭くお手伝い。

 つまりは、月凪が服を脱いで肌を晒し、俺がタオルで汗を拭く――ということで。


「……すみません、こんなことを頼んでしまって。自分で出来ると思っていたのですが……怠さと熱のせいか、背中に手を回すのも辛くて」


 力なく眉を下げる月凪に、俺を誘うなんて目的がないことは明白だった。

 本当に困ってしまったから俺を頼っているだけのこと。


 月凪とて肌を晒す意味はわかっているはず。

 それでも俺に頼んだのは、変な気を起こさないと信頼しているから。


「…………わかったよ。本当にいいんだな?」

「お願いします。今、身体を起こすので」


 月凪の頼みを聞き入れれば、布団からゆっくりと身体を起こした。

 たったそれだけの動作が今の月凪には負担なのだろう。

 長く息をついて、それからパジャマのボタンに手をかける。


「珀琥は、背中をお願いします。前は自分で出来るはずなので」

「そうしてくれ。流石に前はお互い気まずいだろ」

「珀琥がどうしてもというのならやぶさかではありませんけど」

「冗談はよせ。本当にやるって言い出したらどうするんだよ」

「……するなら、優しくしてくださいね?」

「しねえよ」


 熱に浮かされているからか、いつもよりふわふわとした雰囲気の月凪にきっちり否定を返しておきつつ、タオルを手に取って広げておく。

 ……のだが、パジャマを脱ごうとしていた月凪の手が止まっていて。


「……珀琥。さらに一つ、お願いを聞いてもらうことってできますかね」


 申し訳なさそうに告げられた声で、お願いの内容を薄々察してしまう。


「…………一応聞こう。可能な限り応えようって意思はある」

「服を、脱がせてもらってもいいですか。袖から腕を引き抜くのが難しくて。中に着ているキャミソールも脱げそうにないですし、ブラのホックも上手くはずせなさそうだなと思ったので」

「……それ、受け入れたら着替えもさせられるってオチにならないか?」

「多分、そうなります」


 俺の懸念を認められ、どうしたものかと考え込んでしまう。


 ……脱がせるのも着替えさせるのも色々アレだと思うのだが、相手は病人。

 そういう意図はなく、やむを得ない事情の範疇と言えるだろう。


 俺に求められるのは紳士的な行い。

 極論、そういうところを俺が見なければいいだけの話だ。


「背中側からやってどうにかなるのか?」

「大丈夫だと思います。寝苦しいので着替えはブラじゃなくカップ付きのキャミソールにすれば、珀琥に胸の収まりを調整してもらう必要もありませんし」

「……下着のことは流石にわからんけども、それならいいか」


 絶対に間違いを起こさないよう理性を引き締める。

 まずはパジャマを脱がせるところから。


「ボタンは前からの方がやりやすいでしょう?」


 後ろから上手くできる自信はなかったので、月凪の言う通り正面に陣取った。

 そして、月凪が辛うじて外したボタンの一つ下……確かな膨らみを訴える胸元のボタンに手をかける。

 パジャマに隠されたそれに触れないよう、慎重に。


 一番下まで外し終えたところで肩から脱がし、袖から腕を抜く。


 すると、月凪は淡い水色のキャミソール姿になった。

 露わになるのはほっそりとした色白な腕。


 なんとなく感じた甘ったるい匂いの正体は、月凪の体臭なのだろうか。


 ……いや、考えるな。

 匂いに反応するのは流石にこう……アレな気がする。


 気を取り直してキャミソールの裾に手をかけ、月凪には両手を上げてもらい、たくし上げるようにして脱がせる。

 汗を吸っているからか、ちょっとだけ湿った手触りの布地。

 それを努めて気にしないようにするが……キャミソールを脱がせて現れた青い下着姿に思わず目を奪われてしまう。


 精緻な刺繍が施された、艶やかなデザインのそれ。

 カップが支えるのは、手のひらに収まりそうな大きさの胸。

 二つの膨らみが作り出す、吸い込まれそうな谷間を見てしまって――


「……私の胸に見蕩れているんですか?」

「…………悪い。そんな場合じゃないのはわかってるんだが」

「いいですよ。好きなだけ見てください。泊まるので、ちょっと気合を入れていたんです。何かの拍子に見られてもいいように、と」

「そんなとこに気合を入れるな」

「でも、いざ見えた時に可愛い下着の方が嬉しいでしょう?」


 ……それはまあ、そうかもしれないけどさ。


「無理して空元気を装わなくていい。こういう時くらい甘えとけ」

「……沢山甘えていますよ、私は」


 月凪の笑みは、くったりとしていた。


「下着も脱がせてください。背中側にホックがあるので」

「……わかった」


 とうとうこの瞬間が来てしまった。

 月凪の背中側に回って、次に触れるべきそれへ目を向ける。


 ……女の子の下着を脱がせる日が来るとは思わなかった。

 そういうことには縁遠い人間だと考えていたから、今日のこれは寝耳に水。


 でも、やらないわけにはいかない。


 白くてすべすべとした月凪の背を、上から下まで流し見る。

 凹凸は肩甲骨くらいなもので、全体的になだらかな曲線を描くそれ。

 そして、中央付近で胸を留めている、下着の帯。


 留め具が重なっている部分に恐る恐る両手を伸ばし、内側に寄せて外す。

 帯が左右に垂れ、締め付けが緩んで楽になったのか、月凪が微かに息を漏らした。

 流れで肩紐も外し、下着そのものを取り払う。


 生まれたままの姿になった月凪の上半身。

 背中側から見ているから大事な部分は見えていないし、看病の一環だと理解はしているが、どうしても背徳感と罪悪感が拭えない。


「ここで終わりではないですからね」

「……そうだな」


 濡れタオルを手に取り、広げて、緊張しながら背中を拭き始める。


「んっ……」


 タオルが触れるなり、月凪が喉を鳴らす。

 それすら変に艶めいて聞こえるのは、気のせいだと信じたい。


「冷たかったか?」

「少しだけ、です」


 続けてくださいと言われ、俺は無心のまま背中を満遍なく拭くことに。

 時折聞こえる声に精神をかき乱されながらも理性を決壊させることなくやりきると、諸々が込められたため息が自然と出てしまった。


「こんなもんか?」

「ありがとうございます。とても気持ちよかったですよ」

「そりゃどうも。前は自分で頼む。というかやってもらわないと色々困る」

「それくらいはなんとか頑張れそうです。でも……着替えは手伝ってくださいね?」

「……わかってるよ」


―――

そりゃあ気合も入れます(?)


ところで本作とは全く関係ないのですが新作の進捗が酷すぎて泣いています。お蔵入りになりそう。ほんとにどうしようね……

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