第36話 お世話の押し売りはいらないか?
「……ですが、逆に夏休みに入ってから風邪を引いたのはついていると言えるでしょう。珀琥がずっと傍にいてくれますから」
布団で横になったまま呟く月凪の顔はほんのり赤い。
恐らくは熱のせいだろう。
自己申告の症状は発熱と倦怠感くらいで、咳や喉の痛みはないようだ。
しかし、よっぽど怠いのか、ぐったりしている。
なのに月凪は薄っすら笑みを浮かべながら俺を見上げていた。
弱った状態でのそれに、えも言えない感情を覚えつつも考えないように努める。
でもまあ、月凪の言う通り夏休みに入ってからでよかったのかもしれない。
学校があったら月凪を置いていかなければならなかった。
それは少々心配だ。
ただでさえ生活力が危うい月凪を一人で残しては、体調の悪さも相まって食事すら満足に取れないと思う。
「馬鹿なこと言ってないで病人は寝ててくれ。食欲はあるか?」
「少しだけなら食べられそうです」
「了解だ。朝は様子見でお粥にしておくか」
「……そうですね。お手数おかけします」
「お粥くらいはなんでもないさ」
作るのは卵粥にしよう。
弁当用の梅干しをトッピングすれば彩的にも丁度いい。
程よい酸味が食欲の足しになればいいけど、どうだろうか。
俺は……適当にトーストと目玉焼きとかベーコンとかで済ませればいい。
でも、後で買い出しに出る必要がありそうだ。
スポーツドリンクとか、消化のいいものを買ってきておかないと。
風邪薬と冷えピタは前に買ったものがあるはず。
期限も過ぎてはいないだろうけど、朝飯作る前に確認だな。
月凪を一人残して外に出るのは少々不安だが、やむを得ない。
出る前に月凪のご機嫌を取る必要があるだろうけど、それくらいは可愛いもの。
体調が悪い時はことさらに人肌が恋しくなる。
前回、月凪が風邪を引いた時もそうだった。
ずっと寂しそうで、起きているときは俺のことを目で追っていて、傍にいてほしい手を繋いでほしいと色々求められた。
月凪の家族事情を考えたら断れなかったし、事実を知った今ならなおさら。
「今日は休みで病院もやってないしなあ」
「そこまで酷くはありませんから。薬を飲んで寝ていれば治るはず……です」
「だといいけど。週明けまでに治ってなかったら病院いこうな」
「……そうですね。頑張って治します。病院はあんまり行きたくないので」
僅かに眉を寄せ、そう零す月凪。
なんでも病院が好きではないらしい。
理由は子どもの頃、予防接種で行ったときに注射が痛かったからだそうだ。
可愛らしい理由で初めて聞いた時は笑いそうになってしまった。
別に風邪の診察で注射をするわけではないのに。
これも条件反射的なやつなのだろう。
……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ病院を嫌がる月凪を見てみたいなと思ってしまうのは許してほしい。
「……またしてもご迷惑をおかけする形になってしまいましたね。すみません」
「気にするな。二度目だから勝手が掴めてる分、幾分楽だ。夏休みに入って時間もあることだし、一日中傍にいてやるから覚悟しとけよ」
「…………風邪をうつしてしまわないかだけが心配ですけど、望むところです」
「んなこと考えなくていいって。身体だけは丈夫なんだ」
最後に風邪を引いたのがいつかすら覚えていないくらいだからな。
安心させるべく言ってやれば月凪は「そうですね」と囁いて、ふにゃりと笑う。
普段より何割も締りのない表情は、月凪が気を許していることに加えて体調が悪いのも関係しているかもしれない。
いつもはもう少し気を張った雰囲気だからな。
学校でもそういう顔をしていたらイメージが変わりそうなものだ――なんて考えて、それはそれで嫌だなと思ってしまう自分がいた。
こんな顔を見るのは、俺だけがいい。
表に出すべきではない独占欲が顔を覗かせながらも、それを胸のうちにしまい込む。
「そんじゃ、まずは朝飯作ってくるかね。一人で待てるか?」
「……子どもじゃないんですから大丈夫です」
むっとしながら言うものの、どこか頼りない雰囲気だ。
それに、目の奥には行かないでほしいと書いてある気がした。
クールぶっているが、月凪は基本甘えたがりである。
それが風邪を引いて悪化していても、なんら不思議ではない。
「手、少しだけ貸してやろうか?」
釣り針よろしく目の前に手を差し出せば、おずおずと布団から出てきた白魚のような手が弱々しく握り返した。
いつもより温かい月凪の手。
感じる体温の差が風邪を引いているのだと肌で伝えてくる。
朝飯の準備があるから好きなだけ……とはいかないが、気が済むまでご自由にしてもらおうと目線で伝えれば、月凪は目が合うなりすぐさま視線を逸らしてしまう。
俺を送り出そうとした手前、こうしているのに引け目を感じているらしい。
「もっと素直に甘えて、頼ってくれていいんだぞ。呆れも幻滅もしない。些細なことでも頼ってくれた方が安心する」
「……本当に世話焼きさんですよね、珀琥は」
「お世話の押し売りはいらないか?」
「…………いります」
どうしてか俺の方が呆れられながらも、月凪はひとしきり俺の手に触れてから名残惜しそうに手放した。
とりあえず満足したらしい。
もう大丈夫と手を布団の中へ引っ込めた月凪に「何かあったらすぐ呼んでくれ」と伝えてから、キッチンで朝飯の用意を始めるのだった。
―――
世話焼きLv.99
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