第26話 私を何だと思ってるんですか

「お待たせしました、ご主人様――なんて言ってみれば格好がつきますかね?」


 メイド服を持ち込んだ月凪が脱衣所に籠ってしばらくのこと。

 着替えを済ませて出てきた月凪はロングスカートタイプのメイド服に身を包みながら、俺の前でスカートを摘まんでお辞儀をして見せた。


 メイド服はスカート丈の短いコスプレチックなものではなく、本格的なやつだ。

 頭に飾られているのは控えめながらフリルがあしらわれたホワイトブリム。

 そのせいかいつも以上に楚々とした雰囲気を纏う、メイド服姿の月凪に目を奪われてしまう。


「……めっちゃ似合うな、メイド服」

「お褒めに与り光栄です、ご主人様」

「なんだこれ今日はそういう設定なのか?」

「設定とか言わないでくださいよ。折角ならロールプレイをしてみても面白いかなと思ってやっていただけです。嫌ならやめますけど? ぞんざいなメイドも世の中にはいるでしょうし」

「…………ロールプレイ、続けるか」

「そうこなくては。流石はご主人様、趣を理解されておりますね」


 てっきり「男の人ってこういうのが好きですよね」みたいに揶揄われるものと思っていたのだが、月凪にそんな様子は見当たらない。

 むしろ月凪の方がノリノリでメイドというロールに興じている気がする。


 月凪は漫画やアニメもよく見るから、その手の趣味にもかなり寛容なのだろう。

 メイド服を買ったのもその延長線上。

 コスプレをしてみたいと思っていてもおかしくない。


 俺に見せたのはもののついで。

 ご褒美なんてちょうどいい機会があったから、それを活用したまでのこと。


 ……これだと俺はご褒美を二つ貰ってることにならないか?


 こんなに可愛いメイド服のコスプレをしてもらって、その上これからご奉仕までされるんだろ?

 年齢がもうちょっと上なら金を取られてもおかしくない内容だ。


「では、早速ご奉仕に移りましょうか。けれど、肝心要のご奉仕の内容が決まっていないんですよね。すぐに思いつくのはマッサージや膝枕、耳かき、添い寝、背中を流すとか――」

「最後風呂入ってるだろそれ」

「バレましたか」


 残念そうに呟くものの、表情は淡泊なそれから変わらない。


 でもまあ、内容に迷うのはその通りだ。

 背中を流すのは冗談だとしても、月凪が挙げた四つは塩梅としてちょうどいい。

 身体的な接触も月凪が良いのなら許される程度。


 ……添い寝だけは微妙か?

 この歳の男女が同衾は色々良くないことに繋がりかねない。

 しかも今日の月凪は俺にご褒美を上げたい気持ちが先行してるのか、普段よりも積極性が強い気がする。


 隣に寝て俺が動揺しているのを悟られたら、メイドというロールプレイの立場を盾にして揶揄い混じりに誘われかねない。


「じゃあ、添い寝以外にするか」

「本当に添い寝をしなくていいんですか?」

「…………いい」

「内なる葛藤が垣間見えた気がしますけど、それで納得しておきましょう」


 なんか偉そうなメイドだなと思いつつも俺たちは寝室へ場所を移すことに。


 月凪が勝手知ったる様子で部屋を漁り、竹製の耳かきと綿棒を取ってから、我が物顔でベッドに腰を落ち着けた。

 そして膝にかかるスカートを整えて、


「さあどうぞ、ご主人様。あなただけのメイドさんの膝枕ですよ」


 ポンポンと膝を叩いて俺を招いてみせる。


 ご主人様呼びは百歩譲っていいとしても、あなただけのメイドときたか。


 ……是非はともかくとしても征服欲が刺激されてしまうな。


 偽装とはいえ彼女の月凪がメイド服を着てご奉仕してくれるなんて、学校の男子たちが知ったらどんな顔をするんだろう。

 それを想像して悦に入ってしまう俺は手遅れか。


 まずは月凪の隣に座り、それから身体を倒していく。

 勢いをつけず慎重に膝へ頭を預け、


「柔らか……っ」

「ふふっ、そうでしょう? 女の子なので。太って肉付きがいいからではありませんからね?」

「何も言ってないんだが」

「ならいいんです」


 釘を刺す一言に余計なことを言わなくてよかったと思い直し、柔らかな太ももの上で寝心地のいい場所を探して頭を動かす。


 滑らかなスカートの生地が肌に擦れる感覚。

 柔軟剤と思しき匂いがするのは一度洗ったからだろうか。


 しかし、そうやって場所を探していると、くすぐったそうに月凪が喉を鳴らす。


「くすぐったいよな、すまん」

「ちょうどいい場所を探しているんですよね。わかっていますからお好きなように私の太ももを弄んでください」

「言い方に悪意を感じるんだが」

「気のせいですよ、気のせい」


 間違いなく気のせいじゃない気がするけど、一旦置いておこう。


 そうこうしている間に頭の位置が固定される。

 左耳を上にして寝転がると、真上で月凪が俺の顔を覗き込んでいた。


「まずは膝枕を堪能していただきながら耳かきをして、その後でマッサージをしましょう。凝りが解れるのは期待しないでくださいね。精神的な安息の意味が強いものになりますから」

「それでもいいけど、非力なのは認めないんだな」

「……マッサージは力いっぱいやりますからね」


 むきになるのはいいけど、月凪の力はたかが知れている。


 でも、こんな機会は滅多にないから楽しみだ。


「あ」

「なんですか急に」

「耳かきを耳に刺さないでくれよ?」

「私を何だと思ってるんですか」

「いやだって月凪って不器用――」

「あーもう知りません覚悟してください絶対気持ちよかったって言わせますから」


 やば、ムキにさせてしまった。


 ……俺の鼓膜、無事であってくれ。


 ―――

 この手のご奉仕は癖なのかもしれない(通算n回目) 

 不器用な月凪、耳かき、初陣。何も起こらないはずがなく……

 次回、珀琥死す(?)


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