偽装彼女が全然別れてくれない件

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第1話 偽装彼女が全然別れてくれない

はじめましての方ははじめまして。お久し振りの方はお待たせいたしました。

今回は湿度高め愛重め空気甘めでいけたらなと思ってます。


―――


 俺――桑染くわぞめ珀琥はくとが通う清明台高校二年生の同じクラスには、男子からの人気をほしいままにする美少女が在籍している。


 名前を白藤しらふじ月凪るなという彼女は、一年の頃からずっと学年一位を守り続けている才女だ。

 その上、ハーフの彼女は容姿もモデルや芸能人にも引けを取らないほど優れている。


 艶のある白銀の長髪と、澄み切った空色の瞳。

 顔の造形は端正な輪郭に縁どられていて、浮かべる表情は常に淡泊な無表情。

 人によっては冷たい印象を抱くだろう。


 しかし、それは表情筋の可動域が狭く滅多なことでは使われないだけで、感情がちゃんと宿っていることを俺は知っていた。


 女性的な頬の丸みも、顔の中央を二分する鼻梁も、花の蕾を思わせる結ばれた桜色の唇も、単なる飾りではない。


 そして、制服の上からでもわかる均整の取れたスタイルも相まって、妖精じみた魅力を常に漂わせている。

 ひとたびすれ違えば男は見蕩れ、目で追ってしまう存在。

 学校では毎週のように男子たちが無謀な告白を決行しては斬り捨てられている。


 そんな冷たくも美しい少女が白藤月凪るな……なのだが。


珀琥はくと、帰りましょうか」


 最後の授業が終わってしばらくのこと。

 帰宅の用意を終えた月凪るなが前の席から立ち、返事も聞かずに俺の腕に腕を絡めた。


 腕に当たる柔らかな感触。

 ぐい、と引っ張られながらも「ちょっと待ってくれ」気が早い月凪るなに告げ、残りの物を片手で適当に鞄へ詰める。


「今日もやってるよあのバカップル」


 どこからか聞こえてきた声に俺はひっそりため息をつく。


 バカップル。

 それが指すのは俺と月凪るな

 俺たちは半年前……一年の十一月から付き合っていて、それを公言している。


 だから学校中の人間が知っていることだろう。


「俺たちの白藤さんがなんであんな男に……」

「白藤さんに嫌われたくなかったら静かにしとけ」


 続いて聞こえた会話には、俺への嫉妬や羨望が乗っている。

 しかし、それを別の人が諫めていた。


 その理由は至って単純。


「…………はぁ」


 たった一つの、小さなため息。

 出どころは俺の腕を離さないまま、さっきの会話をしていた人の方へ冷たい視線を送る月凪るなである。


 澄み切った空色の瞳には、失望や嫌悪がありありと滲んでいて。


「――月凪るな、帰るぞ」


 無駄な諍いを避けるべく月凪るなの腕を引けば、不承不承ながらも彼らから視線を外してついてきてくれる。

 教室を出て、廊下を歩き、玄関を出るまで沈黙を貫いていた月凪るなが口を開いたのは、校門を過ぎて人目が少なくなってからだった。


「……本当に、ほとほと呆れます。珀琥はくとを私の目の前で馬鹿にしたら、どう思うかなんてわかりきったことでしょうに」

月凪るなは気にしすぎだって。そもそも俺の顔が悪いからどうしようもない」


 完全に機嫌を損ねた声音の月凪るなを宥めつつ、肩を竦めて答える。


 彼らが俺のことをとやかく言ってくるのは学校屈指の美少女である月凪るなを彼女にしていることも理由の一つだが、一番大きいのは俺の顔だろう。


 というのも『毎日喧嘩していそう』とか『ヤのつく自営業の人たちと関わりがありそう』などと、謂れのない嫌疑をかけられる程度には強面なのである。


 普通にしていても鷹のように鋭い目つき。

 彫りが深いから無表情でも怒っているように見えてしまう。

 眉は元から細いし、髪型は適当に短く揃えているだけでもその手の人みたいな雰囲気に近づいてしまうのだ。


 加えて体格がそこそこいいのも災いしていそうだ。

 身長は180㎝に届かないくらいで、がっちりとした体つき。

 朝に軽いランニングと触り程度の筋トレをしているだけでこれである。


 父さんの勧めで小学生の時に空手をしていたけど、それも一年と経たずに辞めてしまったから関係ないはず。


 そんな俺についての噂には一切の根拠がなく、俺も自信を持ってそんなことはしていないと言い切れるクリーンな人間だ。


 そういうわけで、学校ではごく少数の友人としかまともに話せない。

 大多数の生徒には避けられるか、あんな風に敵対されているのだ。


 ……が、何事にも例外はあるわけで。


 ぴたりと月凪るなが立ち止まる。

 それにつられて俺も脚を止めると、こちらを向いた月凪るなの手が俺の顔に伸びた。


 ぺたり。

 頬に添えられた月凪るなの手はほのかに冷たくて、心地いい。


「この顔のどこが怖いのか私には理解できません。愛想はないと思いますけど目の奥は穏やかですし、笑うとあんなに可愛いのに」

「おいこらあんまり触るなこそばゆいだろ」

「減らないんですからいいでしょう?」


 ぺたぺたと楽しそうに頬を触る月凪るなを引き剥そうかとも思ったが、背伸びをしている彼女を無理に動かせば転んでしまうかもしれない。

 怪我をさせるかと思うと抵抗する気も萎えてしまい、月凪るなが不意に体勢を崩さないよう背中を支えてしまっていた。


 ……ほんと、どんだけ甘いんだよ俺は。


 ひとしきり俺の顔を触って満足した月凪るなを隣に伴いながら歩幅も合わせて歩くこと十分ほどで、俺が住むマンションの前に辿り着く。

 俺はわけあって通っていた中学校がある地元と実家を離れ、一人暮らしをしている。


 元から家事を仕込まれていた俺は一人暮らしで苦労することはなかったが、今の生活を一人暮らしと呼んでいいのかは謎だ。


 というのも――


「やっと帰ってきましたね。これでようやく人目を気にせずに話せます」

「……ほんと、流れるように俺の家に入っていくよなぁ」

「勝手知ったる場所ですから。お隣だから間取りも変わりませんし」


 学校ではバカップルとすら揶揄される俺と月凪るなだが、他の誰も知らない繋がりが一つだけある。

 それは、俺と月凪るなの家がマンションのお隣だということ。


 だからといって付き合うまで何一つとして疚しい関係はなかった。

 月凪るなの部屋を訪ねたのも引っ越しの時の挨拶をしたときだけだ。


 けれど、付き合ってからはひと月経った頃には、俺の部屋で寝る前まで共に過ごすのが常になっていた。

 朝食時には月凪るなが早起きして食べに来るし、夕食も当然のようにこのまま二人で共にする。

 別なのは風呂と寝ることくらいだが、俺が何も言わなければ月凪るなはいつまでも居座るだろう。


 そんな月凪るなが俺よりも早く合鍵で部屋の鍵を開けてしまう。

 先んじて玄関へ入った月凪るながくるりとこちらへ振り向いて。


「おかえりなさい、珀琥はくと

「……ただいま、月凪るな


 出迎えてくれる月凪るなに答えてから、二人揃って靴を脱いで中へ。


 マンションの部屋は1DK。

 高校生が一人暮らしをするには余裕がある間取りの部屋だ。


 玄関の先は短い廊下。

 途中にキッチンがあり、トイレと風呂は別。

 仕切り扉を越えた先のダイニングが主に生活する場だ。


 食事のためのテーブルセットとテレビ、その前に寛ぐための大きなビーズクッション……人をダメにするクッションが鎮座している。

 他にも月凪るなが買って揃えている漫画が本棚に並んでいたり、いつの間にやら増えていたぬいぐるみがあったりと、もはや俺だけの部屋ではなくなっていた。


 寝室もあるけど、そこまで月凪るなが立ち入ることは少ない。


「先に手洗いうがいだぞ」

「わかっていますよ。子どもじゃないんですから」


 揃って洗面所に立ち寄り手洗いうがいをしてからダイニングへ。

 荷物だけ寝室に置いて戻ると、月凪るなは本棚から目当ての漫画を取っていた。

 そして、片手で俺を手招き、


「早く来てください」

「背もたれになれと?」

「一番落ち着くんですよね、あれ」

「へいへい」


 慣れたものだからと口答えはせず、ビーズクッションに背を任せて胡坐で座る。

 すると「失礼します」と一言置いてから月凪るなが胡坐の上に腰を下ろし、背中を俺の胸に預けた。


 細くて華奢な月凪るなではあるが、人間だからそれなりの重さはある。

 俺からすれば何時間でも乗せていられる程度には軽いけど。


 でも、直接体重の話をするのは厳禁だ。

 前にそれですごい不機嫌になったからな。


 ……それはともかく、この体勢は男的には色々と拙い。


 脚に乗ってるお尻はめちゃくちゃ柔らかい。

 預けられている背中は薄くて触ることすら憚られ、月凪るなの体勢次第では胸元が覗けそうにもなってしまう。

 長い髪も絡まったり引っかけたりしないように気を付けなきゃならない。

 しかもシャンプーなのか柔軟剤なのか月凪るなの体臭なのかわからないが甘くていい匂いもする。


 総じて強制的に理性との戦いを強いられるわけだ。

 俺としては月凪るなの危険を遠ざけるためにも辞めさせたいのだが、残念ながら月凪るなは毎日のようにこれをせがんでくる。


 断われないのは俺が甘いからで、月凪るなは何一つとして悪くない。

 だから俺は本能に負けることなく、理性を保つしかないのだ。


「男の膝の上よりクッションの方が座り心地がいいはずなんだがなあ」

珀琥はくとの膝の上がお気に入りなので」

「それはわかったけど……家でも恋人ごっこ・・・・・をする必要が本当にあるのか?」


 恋人ごっこ。

 月凪るなと付き合っていながらも、あえてそう称したのには理由があった。


「私と恋人みたいな振る舞いをするのは嫌、と」

「……そうは言ってないだろ、そうは」


 言い返すだけ無駄だと悟り、諦め混じりにため息が出てしまう。


 その拍子に月凪るなが後頭部をぐりぐりと押し付けてきた。

 撫でろ、といういつもの合図だ。

 仕方なく頭を撫でてやれば、ページをめくる音が再開する。


「俺たちって偽装交際なんだよな」

「そうですけど」

「この関係、いつ終わるんだ?」

「さあ」


 無責任な返事に眉間を揉みつつ、まあいいかと月凪るなの頭を撫で続ける。


 俺と月凪るなが結んだ契約は、互いを偽物の恋人とする偽装交際。

 つまり、俺と月凪るなは本物の恋人ではないのだ。


 俺たちが偽物の恋人になったのは半年前のこと。


 月凪るなは毎週のように告白されるのが鬱陶しくなり、男除けとしてちょうど良さそうな俺に声をかけたのだとか。

 その話を聞いてすぐは断るつもりだったのだが、色々あって断り切れずに引き受ける羽目になってしまったのだ。


 月凪るなの名誉のために言っておくと、弱みを握られて脅されているとかではない。

 強いて言えば……互いに求めるものが重なった結果だろうか。


 とはいえ、女性経験が一切ない俺は長続きしないものだと思っていた。

 完璧才女とまで呼ばれる白藤月凪るなに自分が吊り合うとは考えられない。

 てっきりひと月くらいで解任されるだろうと高をくくっていたのだが、そうはならなかった。


 一年の秋、十一月の中頃に学校の屋上で結ばれた契約は、進級して二年になった五月の今もずるずると関係が続いている。


 この関係をやめる条件として『どちらかに好きな人が出来た時』と設定されているが、その気配すら俺にはない。


 月凪るなは……どうだろうか。

 俺以外でまともに話す男子は共通の友達だけ。

 彼にも友達以上の感情を見せないため、多分ないのだろう。


 だから月凪るなとの偽装交際が続いている訳で。


 依然として続きそうなこの関係に、どうしようもない居心地の良さを感じていることは否定しない。


 否定しないのだが、一つだけ月凪るなに聞きたいことがあるとすれば――


月凪るなって俺のこと好きだったりしないよな」

「一人の人間としては好ましいと思っていますよ。でなきゃこんなこと許しません」

「そうかい」


 月凪るなが俺の意図を察せなかったとは思えない。

 だからこれは、あからさまに話題を逸らされた結果。


 ……本当にどっちなのだろうか。


 真相は定かではないものの、気を許されている事だけは流石に自覚している。

 こんな距離感、好きでもない異性に許さないと言っていたのは月凪るなだよなあ……と思い出しては、どうしたものかと悩む俺の身にもなってほしい。



 ■



「……言えるわけないでしょう? こんな関係を申し出ておきながら、本当に好きになってしまったなんて」


 いつものように二人で夕食を食べてから自分の部屋に帰った月凪るなが、玄関の扉を背にして呟く。

 すまし顔ながら、どこか寂しげな雰囲気が滲んでいた。


「私のわがままで付き合わせているのに紳士的で、嫌な顔一つしないで毎日食事を作ってくれて、何も言わず傍にいて、そのくせ私の機嫌には敏感で、どんなときも寄り添ってくれて、普段は凛々しいのに笑うと無邪気な子供みたいで可愛くて――そんなの好きになるなって方が無理な話ですよ」


 偽装交際。

 偽物の彼氏。


 本当に好きになるなんて一切期待していなかったはずなのに。


「……あなたのせいですからね。朝まで一人で過ごすのが、こんなにも寂しく感じるようになったのは」


 隠し続けなければならない想い人へ文句を垂れつつ、すっかり生活感の薄れた自室の照明をつけるのだった。


―――

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