35 経済の多様化と産業振興
フリーデリケがゼルトンとの不可侵条約に安堵している中、国の内政も少しずつ動き出していた。戦後の復興に向けた新たな政策が模索されており、特に経済の多様化と産業振興が国の安定に欠かせない要素だと考えられていた。
その夜、翔とフリーデリケは王宮の大広間に戻り、経済政策に関する会議が行われた。そこには国の重臣たちが集まり、戦争後の復興に向けた経済戦略について熱い議論が交わされていた。
「我が国の今後の経済政策についてですが、農業だけに依存することはリスクが大きすぎます。特に、この不安定な情勢下では、他の産業を育て、経済を多様化させることが必要です。」
翔は重臣たちを前に、力強く提案した。
重臣の一人が眉をひそめながら問いかけた。
「多様化といっても、具体的にどこに力を入れるつもりなのだ?」
「製造業と鉱業です。我が国には豊富な鉱物資源があり、それを利用しない手はありません。また、製造業を育て、輸出によって収益を増やすことが、我々の経済を強化するカギになります。」
重臣の中で少しざわめきが広がる。何人かは同意の表情を浮かべたが、慎重な意見もあった。
「だが、農業はこれまで我が国の基盤であり、民衆もそれに依存している。」
別の重臣が口を挟む。
「急に他の産業にシフトすることは国民にとって大きな変化だ。それを無理に進めることで反発が起きる可能性もあるのではないか?」
「確かに農業は重要です。そして、国民の生活も考慮しなければなりません。ですが、依存しすぎることも危険です。戦争が再び起きた場合、食糧輸出や供給が途絶える可能性もあります。そのためにも、製造業や鉱業を発展させ、国の経済基盤を広げる必要があるのです。」
フリーデリケも加勢するように口を開いた。
「国民の生活を守るためにも、今のうちに経済を多様化させる準備を始めなければなりません。戦争後の復興には時間がかかるでしょう。しかし、その基盤を作るのが今です。技術と知識を取り入れ、産業を振興させるための投資を惜しむべきではありません。」
重臣たちはしばらく静かに考え込んだ後、少しずつ翔とフリーデリケの提案に賛成する声が上がり始めた。
「確かに、他の産業を育てることが必要かもしれません。」一人の重臣がぽつりと言った。
「しかし、新しい産業を育てると言っても、具体的にどのようにして鉱業や製造業を発展させるつもりなんだ?」
翔はその質問に応えようと、用意していた資料を手に取り説明を始めた。
「まず、国内の鉱山を開発し、鉱物資源の採掘を進めます。次に、その鉱物を使った製品の製造業を拡大します。また、国際的な技術や人材の育成も同時に進め、国内の産業力を底上げします。これによって、我が国の輸出品を増やし、貿易で収益を上げるのです。」
重臣たちは再び静かに耳を傾けていたが、疑問が完全に消えたわけではないようだった。
「それは簡単に聞こえるが、実行には相当な資金と時間が必要だろう。資金はどう確保するつもりだ?」
翔はすでにその質問を予期していた。
「戦争で疲弊した今、財政は厳しい状況にありますが、我々はまず国内資源の開発から始め、初期段階では国内の小規模な産業に焦点を当てて少しずつ拡大していく予定です。また、外部からの技術提供を受け入れるため、同盟国との協力も視野に入れています。」
フリーデリケがその言葉を引き継いだ。
「将来的な投資が今後の国力を左右します。今は苦しいかもしれませんが、長期的に見れば経済の多様化は国を守る盾となるのです。戦争が終わった今だからこそ、平和のうちに技術と産業の基盤を作り、将来的な国の成長を見据えた準備を進めなければなりません。」
再び静寂が広がった後、少しずつ賛同の声が上がり始めた。
「我々も、戦争後の復興には時間がかかることを理解している。今すぐに結果を求めるのではなく、長期的な視点で取り組むことが必要かもしれないな。」
会議が終わった後、翔とフリーデリケは王宮の庭で一息ついていた。夜風が心地よく、冷たい空気が二人の疲れた心を少しだけ癒してくれた。
「今日の会議、うまく進んだわね。」フリーデリケが静かに口を開いた。
「ええ、思っていたよりも皆さんの賛同を得られましたね。でも、まだ不安です。今の平和がいつまで続くかわからない。緊張はどんどん高まっているように感じます。」
「わかるわ。」フリーデリケは空を見上げた。
「でも、だからこそ今できることに集中しましょう。経済を強化し、国力を高めることが未来を守る鍵になるはずよ。」
「そうですね。やるべきことをやるしかない。」
夜が深まる中、王宮の庭では静けさが広がり、まばゆい星々が空に輝いていた。翔とフリーデリケは、言葉を交わすことなく庭を歩いていたが、その心はそれぞれに様々な思いを抱えていた。
「これからが本当の試練ね。」フリーデリケが、歩みを止めて口を開いた。「戦争は終わったけれど、平和を維持し、国を立て直すための戦いはまだ始まったばかり。」
翔も立ち止まり、彼女の言葉に頷いた。「復興には時間がかかりますし、何より国民の不満や疲弊が隠れている状態です。それを放置すれば、内乱の火種にもなりかねません。」
フリーデリケはふと庭に咲く小さな花に目を向けた。
「だからこそ、私たちは今すぐに動かなければならない。経済の多様化だけでなく、社会全体の安定を図ることも大切です。教育の改革や、失業者への支援も必要だわ。」
「そうですね。」翔は、冷静にフリーデリケの考えに同意しつつも、少し悩んだ表情を見せた。
「ただ、財政の問題もあります。鉱業や製造業に投資するにしても、今の財政では余裕がありません。どこかで支出を削るか、もしくは新たな資金源を見つける必要があります。」
「それなら、他国との貿易を強化するべきでしょうね。特に、私たちの技術や鉱物資源は他国にとっても貴重なものです。そこに力を入れていけば、国際的な連携も強化できるかもしれない。」
「確かに、貿易は鍵となりますね。ただ、外交的な調整も必要です。特に、海を挟んだ強国トリスタンとの関係をどのように築くかが大きな課題です。彼らとの間で協定を結び、貿易を円滑に進めることができれば、我が国の経済は大きく前進するでしょう。」
「トリスタンとの関係は難しいわね。彼らは軍事力も強く、我が国と対立する可能性もある。けれど、私たちが経済的に強くなれば、交渉のテーブルに乗りやすくなるわ。今は、我々がどれだけ彼らに対して有用な存在であるかを示すことが重要。」
「それには、まず国内の改革を着実に進めなければなりません。農業、製造業、鉱業、そして技術の発展――すべてが相互に補完し合い、国全体を強化する道筋を描かなければならない。国民の理解と協力も必要ですし、私たち指導者が率先してその道を切り開いていくべきです。」
フリーデリケは、翔の言葉に深く頷き、再び庭の道を歩き始めた。
「そうね。私たちのやるべきことはまだ山積みだわ。だけど、一つずつ確実に前進していけば、必ず未来は明るいものになるはず。」
翔は彼女の後を追いながら、胸の中で思いを巡らせていた。彼自身、これまで数々の困難に立ち向かってきたが、今直面している課題はそれ以上に複雑で深刻だ。しかし、その一方で、フリーデリケと共に歩んでいることが、彼に大きな勇気と希望を与えていた。
「一緒に頑張りましょう、フリーデ。」翔は小さく微笑んで、彼女に声をかけた。
「もちろんよ、翔。」フリーデリケも笑顔で返した。
「私たちはこの国の未来を背負っているんだから、手を取り合って進んでいきましょう。」
その夜、庭の中を歩きながら、二人の思いは一つになっていった。星空の下、彼らは未来に向けて新たな一歩を踏み出したのだった。どんな困難が待ち受けていても、共に乗り越えていくことを誓い合いながら。
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