16 欲望が導く地獄
ノルデンの市場は、いつも以上に賑わいを見せていた。人々の声が響き渡り、商人たちの掛け声が混ざり合う中、特に目を引くのは食料の売買だった。市場の中心には、積み上げられた穀物や果物、干し肉が並び、それらは通常の価格の何倍もの値で取引されていた。
「本当に、こんな高値で買ってくれるのか?」
近づいてきた地元の商人が、信じられないといった表情で問いかけた。
翔は静かに頷く。
「もちろんだ。この値段で構わない。むしろ、もっと大量に用意してくれるなら、さらに上乗せしよう。」
商人は一瞬言葉を失い、目を輝かせた。
「そ、そんなに? こんなにいい話はない! よし、もっと集めてくるよ!」
翔は行商人と偽り、ノルデンの市場に入り込んでいた。彼の目的は、単に食料を買い取るだけではない。高値で食糧を買い占め、領内の備蓄を急速に消耗させる謀略を実行していたのだ。商人は半信半疑の表情を浮かべながらも、目の前の銀貨の山に心を奪われていく。
「これだけの量を買うとは、相当な金持ちだな…。」
翔は軽く微笑みながら応じた。
「価値は変わるものさ。今のうちに押さえておけば後で笑うのは俺たちだ。」
商人はその言葉に頷きながらも、まさか自分たちが策に嵌っていることには気付かない。翔は冷静に、市場全体が食料不足に陥る未来を計算に入れながら、着実に行動を進めていた。
翔がノルデンでの食料買い占めの報告を受けたとき、フリーデリケは静かに頷き、感心した様子で言葉を口にした。
「翔、高値で食料を買い取り、備蓄を減らす…そんな方法があったとは。さすがです。」
彼女の表情には驚きと同時に、彼の機転を称える感心の色が浮かんでいた。報告によれば、領民たちはこぞって食料を売り払い、予想以上の高値で取引されているという。それだけでなく、要塞にいる兵士たちさえも、個人で持っていた食料を売りに出し始めているとのことだった。
「要塞内の備蓄も減ってきているようです。領民たちも、いまは銀貨に目が眩んで喜んでいますが…やがて彼らの手元には食料が一つも残らないでしょう。」
翔は深い息をつき、続けた。
「これは領民にとっての地獄の始まりです。高値で食料を売ってしまえば、次に手に入れるのは不可能に近くなります。今は一時的な喜びに満ちていますが、その先に待つのは、飢えと苦しみです。」
フリーデリケも重く頷く。彼らの計画がうまく進んでいることに満足しつつも、これが領民にとって過酷な試練となることを理解していた。
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