06 王都の影と光
翔は昨日の出来事を思い出しながら、朝食の席に座っていた。エリスの美しい姿が頭から離れず、昨晩の夜伽の申し出についての混乱した感情が再び浮かび上がってくる。
「朝食をお持ちしました。」エリスが微笑みながら食事を運んできた。
「ありがとう。」翔は礼を言いながら、テーブルに並べられた料理を見た。見た目にも美しく、味も期待できそうだ。
食事が進むにつれ、翔は今日の予定についてエリスに尋ねた。「ところで、今日は何をする予定なんだっけ?」
「今日は、翔様に王都を案内することになっております。王都には歴史的な建物や市場、学問の中心地など見所がたくさんありますので、楽しんでいただけると思います。」
朝食を終えた翔はエリスに案内され、王都の街を散策した。朝の空気は爽やかで、まだ町全体が眠りから覚めたばかりのような静けさに包まれている。エリスが先導しながら、城下町を歩く中、翔はその壮大な景色に心を奪われていた。
朝の澄んだ空気の中、町は活気に満ちており、広場には市が立ち、商人たちが自慢の商品を並べていた。食材や工芸品の市場は賑やかで、商人と市民たちのやり取りの声が響き渡っている。
「この広場は、昔から商業の中心地として栄えてきました。」エリスが、笑顔を浮かべながら翔に説明した。「市場が始まると、街全体が生き生きとしますよ。ここで売られるものは、新鮮な食材から珍しい工芸品まで、幅広く揃っています。」
翔は周囲の活気に目を見張りながら、広場の端まで視線を巡らせた。「確かに、この活気を見ると、この街がいかに栄えてきたかが分かるね。でも…」
翔の目が捉えたのは、活気ある広場の一角とは対照的に、さびれて空き家になった建物の数々だった。商人たちが元気に声を上げている一方で、通りの端には閉ざされた店があり、その店の窓はほこりまみれで、看板も色褪せていた。
「ところどころに、ちょっとした異変がある気がする。」翔は不安げに言った。「街には活気があるけど、一部の店や建物は寂れているように見える。戦争の影響だろうか?」
エリスは少し表情を曇らせながら、頷いた。「その通りです。戦争が長引くにつれて、商人たちも打撃を受けています。物資の供給が不安定になっていて、以前は活気があった店も、今では品物が足りなくなり、閉店するところが増えています。それに、王宮も戦費を捻出するために、街の整備にまで手が回らなくなっているんです。」
翔はエリスの言葉に耳を傾け、広場の向こう側を見つめた。市場の賑わいの向こうには、古びた家屋や錆びた鉄扉が並んでおり、かつての繁栄が過去のものであることを物語っている。
「活気は残っているのに、街の一部は荒れているのか…。戦争の影響がこんなところにまで及んでいるなんて、想像以上だな。」翔は嘆息しながら周囲を見渡した。「王宮だけでなく、この街全体が苦しんでいるのが見えてくるよ。」
エリスは翔の言葉に頷きながら、さらに説明を続けた。「戦費がかさみ、市民への支援が十分に行き届かないため、街の修繕や整備は後回しになってしまっています。特にこの古い建物群は、維持費がかかるのに資金がないため、放置されてしまっているのです。」
翔はもう一度、錆びた扉や空き家の並ぶ通りに目を向けた。「この町には歴史があるし、街並みそのものが観光資源になりそうだと思うけど、今はそれが逆に重荷になっているように見えるね。戦争が終わって、街の再生が進めば、観光や文化を通じてもっと発展するはずだ。」
「まさにその通りです。」エリスは少し明るい表情で言った。「戦争さえ終われば、この街の人々も、再び活気を取り戻すことができるでしょう。伝統的な工芸品や食文化も、この街の大きな財産ですから、それを守り続けていければ、観光客も増えていくかもしれません。」
翔は深く頷いた。「確かに、そうだな。この国が平和を取り戻せば、街も復興し、人々の暮らしも安定するはずだ。それにはまず、戦争の無駄な支出を減らし、財政を立て直す必要があるな。」
二人は広場を抜け、王都の裏通りへと進んでいった。活気のある市場から少し離れると、すぐにその寂れた光景が目に入ってくる。家屋の壁にはひびが入り、道端には雑草が生い茂り、長い間人が住んでいない空き家が並んでいる。いくつかの店はすでに閉店しており、シャッターが下りたままの状態だった。
「ここの商店街は、昔はもっと賑やかだったんです。」エリスが寂しげに話し始めた。「でも、戦争が始まってから商売が難しくなり、次第にお店が閉じていきました。政府もこのエリアの整備にまで手が回らなくて、結局放置されることに…。」
翔は静かに耳を傾けながら、街の現状を見つめた。「このままだと、街全体が徐々に荒れてしまいそうだね。戦争が続けば続くほど、再建も難しくなるだろうし…」
エリスは頷きながら言葉を続けた。「そうです。それに、戦争による負担が大きくなるにつれて、貴族たちも自分の資産を守ることに必死で、街の再建に協力する余裕がなくなっています。街を支えていた人たちが去ってしまったら、残るのはただの廃墟になってしまうかもしれません。」
翔は深く考え込んだ。王都の街が抱える問題は、ただの戦費削減だけでは解決できないことに気づいた。戦争がもたらす影響は、経済や街のインフラにまで及んでいるのだ。
「やっぱり、財政改革だけじゃなくて、街の復興計画も考えなきゃいけないな。戦争を早く終わらせるだけでなく、終わった後のことも見据えなきゃ…」翔は決意を新たにした。「俺ができることは限られているけど、今できることから始めないと。」
エリスは翔の真剣な表情に目を細めながら、静かに応えた。「翔様なら、きっとこの国を良い方向に導いてくださると信じています。私もお手伝いさせてくださいね。」
翔は彼女の言葉に少し驚きながらも、心に響くものを感じた。エリスの献身的な気持ちと信頼に、彼は新たな責任感を覚えた。
「エリス、君がそう言ってくれると、何だか自信が湧いてくるよ。」翔は少し照れながらも、真剣に応えた。
エリスはにっこりと微笑み、「ありがとうございます、翔様。」と静かに答えた。
二人はそのまま町を歩き続け、王都の現状を目の当たりにしながら、翔は自分の使命と向き合い続けた。
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