異世界で始める財政復興計画~王国を救うために「本気出して取り組みます!」って宣言しちゃいました!~
桜野結
第1章: 財政難の王都
01 王国の選ばれし経理担当者
佐藤翔は、現代日本の大手企業で経理部門の若手として、まさに疲弊していた。山積みの書類、終わりのない残業、複雑を極める取引と決算処理。連日の激務は心身を蝕み、疲労とストレスは限界を超え、思考さえ鈍らせていた。霞む視界、重い足取り。オフィスを出る頃には、空は既に白み始めていた。
ある晩、翔はいつものように深夜までオフィスに残っていた。デスクの上には未処理の経理データが山のように積まれ、モニターの青白い光が疲れた目を容赦なく照らしている。「また明日……」と力なく呟いた瞬間、激しい頭痛と眩暈に襲われた。視界が大きく歪み、意識が途切れる寸前、周囲の空気が一変した。デスクの上の書類がまるで意思を持つかのように宙に浮かぶ幻を見た。そして、すべてを飲み込むような強烈な光に包まれ、翔は意識を手放した。
次に目を開けた時、翔は自分が全く見知らぬ場所にいることに気づいた。そこは異世界の王都、息を呑むほどに豪華絢爛でありながらも、どこか歴史の重みを感じさせる古びた王宮の一室だった。高いアーチ型の天井には、眩いばかりのシャンデリアが輝き、壁には威厳に満ちた歴代王の肖像画が飾られている。窓の外には、見慣れない植物が生い茂る庭園と、異質な建築様式の建物が広がっていた。石造りの建物は、現代建築にはない重厚さと威圧感を放ち、街を行き交う人々は、見慣れない民族衣装を身につけている。馬車が行き交う通りには、魔法具のような不思議な物体がちらほらと見え、翔は突然の異世界召喚に激しい混乱と、信じられないという思いでいっぱいだった。一体何が起こったのか、ここはどこなのか。頭の中は疑問符で埋め尽くされ、現実感のない光景にただただ呆然と立ち尽くしていた。現代日本のオフィスで感じていた疲労感は嘘のように消え、代わりに未知への戸惑いと、胸の奥底で小さく燃え上がる期待、そして何よりも大きな不安が入り混じっていた。
目の前には、精緻な装飾が施された重厚な扉があり、その向こうから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。古びた石畳の廊下には、色褪せたタペストリーが並び、歴史の重みを感じさせる空気が漂っていた。扉が開くと、息を呑むほど美しい衣装を身に纏った女性が現れた。落ち着いた、それでいて凛とした声で彼女は名乗った。
「ようこそ。お待ちしておりました。私はフリーデリケ、アルバナ王国の宰相を務めております。」
彼女の顔には、長年の苦労と責任感が刻まれているようだった。王国の財政危機は、彼女にとっても長年の懸案事項であり、藁にも縋る思いで異世界召喚の儀式を執り行ったのだ。
状況を全く飲み込めない翔に、フリーデリケは丁寧に説明を始めた。
「ここはアルバナ王国の王都です。そして、あなたは異世界から召喚されたのです。我が国は今、深刻な財政危機に瀕しており、その打開のために異世界の知恵を求めたのです。」
「異世界からの助け……?」翔は驚きを隠せない。
「まさか、こんなことが……」
混乱と困惑、そして僅かな恐怖。様々な感情が押し寄せ、思考がまとまらない。
「そうです。あなたの持つ経理の知識と卓越した技能こそが、この危機的状況を打破する唯一の希望となると考えたのです。アルバナ王国の財政はまさに崩壊寸前。あなたの専門知識が、今、何よりも必要とされているのです。」
「具体的には、どのような状況なのですか?」
翔は問い返した。現代社会の常識が通用しない世界に来てしまったという事実に、戸惑いを覚えながらも、経理士としての責任感と、この異世界で自分が何ができるのかという好奇心が湧き上がっていた。
フリーデリケの表情は一瞬険しくなった。
「長年に渡る戦乱と、それに続く失政によって、王国の税収は激減の一途を辿り、国家財政はまさに崩壊寸前です。無駄な支出と不正が蔓延し、本来国民に分配されるべき資源は適切に活用されていません。このままでは、国民は更なる苦しみを強いられることになるでしょう。そこで、あなたにこの王国の財政改革を全面的に託したいのです。」
翔は突然のことに戸惑いながらも、フリーデリケの切実な表情と、この異世界で自分が果たすべき役割の大きさを感じ、静かに覚悟を決めた。現代日本での安定した生活と、目の前の危機に瀕した異世界。頭の中で様々な思いが交錯する中、翔は経理士としての責任感と、この異世界でなら何かを変えられるかもしれないという微かな希望に突き動かされていた。不安がないと言えば嘘になる。しかし、疲弊しきっていた現代日本での生活と比べれば、この異世界での挑戦は、ある意味で新たな可能性を秘めているのかもしれない。翔は深呼吸をし、意を決して顔を上げた。
「分かりました。私にできることならば、全力を尽くしましょう。まず、具体的に何をすれば良いでしょうか?」
フリーデリケは安堵の表情を浮かべた。
「まずは、王国の財務記録を仔細に精査し、現状の問題点を全て洗い出していただきたいのです。その後、その分析に基づいて、税制の大幅な見直し、予算の大胆な再編成、そして不正経理を根絶するための具体的な防止策を提案していただきたいのです。」
フリーデリケはさらに具体的な指示を出した。
「財務記録は、具体的には以下の資料を調査してください。
・過去五年分の財政報告書
・詳細な予算案
・各省庁からの支出報告
・税収の詳細
これらの膨大なデータを元に、問題点を明確に特定し、具体的な改善策を提案していただきたいのです。」
「それらのデータは一体どこに?そして、どのようにアクセスすれば良いのでしょうか?」
「それらの重要なデータは全て、この王宮の奥深くにある書庫に厳重に保管されています。私が責任を持ってご案内し、必要な資料を全て提供しましょう。また、財務省の役人たちも全面的に協力し、最新のデータ収集を全面的に支援することを約束します。」
「分かりました。まずはデータ収集と詳細な分析から始めることにしましょう。不正経理の防止策についても、並行して検討を進めます。」
翔は力強く決意を新たにした。現代日本で培ってきた知識と経験が、この異世界でどれほど通用するのか、不安がないと言えば嘘になる。しかし、目の前の宰相の真剣な眼差しと、この王国が抱える危機の深刻さを前に、翔は逃げることを選べなかった。この異世界でなら、何かを変えられるかもしれない。そう思った瞬間、翔の心に微かな希望の光が灯った。
フリーデリケは深々と頭を下げ、心からの感謝の意を表した。
「あなたの助けなしには、我々はこの深刻な危機を乗り越えることは到底できないでしょう。」
「最後に、なぜ私が選ばれたのでしょうか?私以外にも適任者がいたのではないかと思うのですが……」
フリーデリケは静かに、しかし確信に満ちた口調で答えた。
「それは、運命の導きとしか言いようがありません。我々は異世界からの助けを求めるために、古くから伝わる特別な儀式を執り行いました。その結果、数多の可能性の中から、あなたが選ばれたのです。私たちは、あなたの知識と、そして何よりもあなたの技能が、この世界にとって必要不可欠であると心から信じているのです。」
翔はフリーデリケの言葉をしっかりと胸に刻み込み、この異世界で自分が果たすべき使命の重さを改めて感じながら、この困難な状況に真正面から立ち向かう覚悟を決めた。アルバナ王国の命運を背負い、異世界から来た経理士の、長く険しい戦いが、今、始まった。
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