第38話

(あの人は、なんでもこうも……)




私の顔が赤みをなくしたのは、午後の業務が始まってしばらくたった頃だった。












“すげー、かわいいですよ”












しばらく、この言葉が頭からいなくなることはないだろう。





今日という日に、余計なことを考える暇もないくらい彼のことで頭がいっぱいになった。





そこまで、佐々木さんの計算かどうからわからないが、どちらにしても……


彼の優しさには、変わりない。





カレのことを余計なこと、と言えるほどになれているのはすごい良いこと。







(というか…)




佐々木さんに惹かれているのなんて、否定しようのない事実、だ。






(ただ、)



胸をはって佐々木さんの前に立てないのは……













「秋乃!」




「……へ。」







そう返した時には、手首をしっかり掴まれていた。








「……泣いて、ない、な。……あー、良かった。」






と、言ったのが先かずるずるとしゃがみ込んだ……佐々木さん。




腕を惹かれる形で必然的に私も座り込む。







「………泣いて、ないですよ。ちゃんと見てください。」





「ああ。本当、良かった。」





「……もしかして、そのためだけに走ってきてくれたんですか?」





「そーだよ!わりーか。今日のお前必要以上に明るく振る舞ってたし。」






それに、迎えに行くって言ったしな。



ちょっと早くなっちまったけど、なんて言いながら私の両手をひき、立ち上がらせた。









「それに、今日は………」





「……大丈夫ですよ。もう、泣いてもないですし、思いだしてもないです。」




できるだけ、自然に笑いかけてみる。






「……ん。良かった。」





でも、ま、お前が大丈夫でも今日は俺に付き合え



と多少強引に私の手を握り、さっきとは逆方向に歩みを進め始めた。

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