銀の王子は金の王子の隣で輝く

明樹

第1話

世界に名だたる大国、イヴァル帝国。その国の王に双子が生まれた。

一人は王子で一人は王女。二人とも光り輝く銀色の髪に美しい緑色の瞳の、全く同じ美しい顔をしていた。

だがこの国では双子は忌み嫌われる存在だ。

そして古からの言い伝えで王となれるのは女のみ。

なので王子は密やかに城から出され、どこかの田舎へ預けられる予定だった。

しかし不測の事態が起こる。王女が高熱を出したのだ。

跡取りが生まれるということは、その国の安泰を意味する。もうすでに諸外国に王女誕生の知らせは届いている。ここで王女が死んだなどと知られては、各国に攻め入られる格好の的となるかもしれない。

そう考えた王並びに王の信頼の厚い大臣達は、王子を王女の身代わりとして表に立たせ、王女は城の奥深くで手厚く看病をし養生させることにした。

こうして王子の王女としての生活が始まった。



僕の名前はフィルという。イヴァル帝国の王の子として生まれた双子の片割れだ。

でも、この名前を決して口にしてはいけない。

僕のことを僕と言ってもいけない。だって僕は生まれてからずっと、双子の姉の振りをしているから。

だから僕は僕のことを私と言い、名前もフェリと言うんだ。

僕と姉上は雪が降る寒い朝に生まれた。

生まれてからずっと僕の傍で世話をしてくれるラズールの話では、生まれた瞬間僕はとても大きな声で、姉上はとても小さな声で泣いていたらしい。

母親である王のお腹がひどく大きかったことから、双子が生まれることはわかっていた。

この世界では、双子は国に災いをもたらすと信じられていて好ましく思われない。

その上、この国では王となるのは女と決まっている。

だから生まれる前からいらない子だと決まっていた僕は、王都を出されて辺鄙な田舎の子供のいない夫婦の元へ預けられる予定だった。

だけど父親がせめて一日は自分の手元に置いて欲しいと懇願した為に、すぐに城から出されることはなかった。

そして問題が起こる。

僕達が生まれた翌日から姉上が熱を出した。

まだ生まれたばかりで薬を飲ませることも出来ない。もしかすると、このまま育たないで死んでしまうかもしれない。

もうすでに跡取りの王女が生まれたことを周辺の国々に知らせていた王は、苦肉の策として、姉上が元気になるまで僕を姉上の身代わりにすることを決めた。

跡取りが生まれると、その国の将来は安泰だと周りの国々に一目置かれる。だけど、その跡取りの王女が生まれてすぐ死んだなどと知られては、呪われた弱き国だとつけ込まれて、近隣国が戦を仕掛けてくるかもしれないのだ。

唯一僕の誕生を喜んでくれた父親は、僕が姉上の身代わりだとしても、この城に残れることを喜んで、僕達が生まれた一月後に死んだ。

後にラズールから聞いた話によると、不自然な死だったらしい。



僕と姉上は五歳になった。

姉上のフェリは、まだ病弱なままだ。城の奥深くの部屋で養生しながら大切に育てられている。王も頻繁に姉上の所へ通っている。

でも僕の所には会いに来ない。だって僕はいらない子だから。姉上の身代わりとして生かせてもらってるだけだから。

そんな僕の傍には、いつもラズールがいた。

身の回りの世話をしてくれる女の使用人もいるけど、彼女達の前では僕は王女フェリとして振る舞わなければならない。

でもラズールは本当の僕を知っているから、ラズールの傍にいる時だけは肩の力が抜けてとても安心していられた。

跡継ぎの王女として表に立つ僕は、幼い頃から頻繁に命を狙われた。でも大丈夫だ。僕に害を成す前にラズールがほとんど防いでくれたから。

でも全てを防ぎきれるものではない。

そのため僕は何度か命を落としかけることになる。



ある日、ラズールが王の付き添いで城を離れていた時に、本来なら絶対に僕の前に出されることの無い毒の入った食事を口にしてしまった。


「どんなに安全だと言われても、口にする物にはよく注意を払ってください」


そうラズールに散々言われていたから、その時も注意はしていた。だから、ほんの少ししか口にしなかった。口に入った瞬間、異変に気づいてすぐに吐き出した。

それでも僕は、五日間高熱を出して苦しんだ。

僕が倒れた直後に戻って来たラズールが、薬を飲ませ付きっきりで看病をしてくれた甲斐があって回復をしたけど。

五日ぶりに目を開けた僕を見て、心底安堵したラズールの顔を僕は忘れない。

僕が回復したと聞いて、王が一度だけ会いに来た。


「毒を口にするなどと情けない。おまえには、まだこの先フェリの代わりを務めてもらわなければならないのだから、よく気をつけるように」

「…はい」


王は扇子で口元を隠したまま苦々しげにそう言うと、僕を一瞥して出て行った。

母親である王に愛情を受けたことなど一度も無い。だから今更なんとも思わない。

だけどラズールの優しい腕に抱きしめられた瞬間、僕の目と鼻の奥が痛くなって涙が溢れた。


「フィル様…あなたには俺がいる。俺は決してあなたの傍を離れない。だから大丈夫ですよ…」

「ラズールっ、ラズール…」


声を上げて泣く僕の身体を、ラズールが更に強く抱きしめる。

僕よりも八つ年上のラズールの胸は、とても暖かくて大きかった。



僕は王女の身代わりとして、勉強も剣術も完璧に身につけなければならなかった。

しかしそれは難しいことではなかった。

賢王と名高い王の血を引くせいか、僕は勉強も剣術も容易くできた。歳の近い臣下の子供達の中でも飛び抜けて優れていた。

そして高位の者が使える魔法の力も強かった。

ああ…でも一人だけ、僕とそんなに差がない優秀な子供がいた。

この国で王に次ぐ高位の大臣の息子、トラビスだ。

他の子供たちは僕に一目置いていた。だけど一つ歳上のトラビスは、ことある毎に僕と張り合った。

表向き僕は女の子だ。でもそんなことはトラビスにとって関係ないらしい。というか寧ろ、女の子である僕に負けることが許せなかったんだろう。

十歳になったある日、トラビスにしつこく詰め寄られて剣の対戦をしたことがある。

トラビスの方が身体が大きく力が強かったが、僕は柔軟な動きで彼の剣をするりと躱して、剣の柄でトラビスの肩を打った。

剣を落として肩を押さえ、僕を睨んできたトラビスの顔を僕は忘れない。

きっとこの日からトラビスの中で、僕に対する憎悪が募っていったんだろう。

この先ずっと、僕は彼に狙われることになる。






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