Yuno, you know?
安崎依代@1/31『絶華』発売決定!
Side ; A
突然だけども、私には推しのオニーサンがいる。
「あれ、ユノちゃん。いらっしゃい」
学校帰りに今日も、私は推しに逢いに行く。
もっとも、相手は多分、私の目的がオニーサンであることなんて、知らないと思うけども。
「こ、こんにちは! 今日もお邪魔します!」
「いーよいーよ、いくらでも邪魔してって」
場所は、コンサートホールでもなければ、イベント会場でもなく。
高校の制服を来た私でも気軽に……いや、高校生にはちょっと入りづらい空気かも? な雰囲気ではあるんだけども、少なくとも高校生が制服姿で入っても咎められることはない場所。
通学路の
オニーサンこと
「今日はもう時間も遅いから、来てくれないのかと思った」
オニーサンはそう言うと、顔よりもちょっとサイズが大きい黒縁メガネの向こうからおっとりと笑いかけてくれた。そのフニャっとした笑顔に、私の心臓が今日もドキドキと跳ねる。
「あっ、えっ……きょ、今日は、委員会の集まりがあって……!」
「そっかそっか、図書委員さんだって言ってたもんね。あんまり遅くならないうちに帰りなよ?」
「うっ、……はい!」
私がうまく不満を押し隠せずにいると、オニーサンはハタキを持った手を口元に添えながらクスッと笑った。その吐息の中にちょっとイジワルな雰囲気を感じ取った私は、さっきとはまた違ったドキドキにカァッと頬を熱くする。
少し長めの黒髪を、ゆるくハーフアップにした髪型。『部屋着かな?』と勘ぐってしまうくらいテロンテロンなアイボリーのTシャツと温かみのある砂色のボトムス。その上から羽織った藍色の
顔は間違いなくイケメンなのに長い前髪に埋もれているし、『おっとり』というよりも『ユルい』雰囲気がせっかくのカッコ良さを台無しにしているところは、間違いなくあるけれども。
このオニーサンこと『蓮さん』が、私の目下の『推し』だ。
「じゃあ、ごゆっくり」
フニャリと私に笑いかけてくれた蓮さんは、そのままフラリと棚の整理に行ってしまった。そんな蓮さんにペコリと頭を下げた私は、棚から本を引き抜きながらチラリと蓮さんの姿を盗み見る。
いかにも古そうな店内と、大学生くらいにしか見えない蓮さんの姿はどこかチグハグで、とてもじゃないけれどここの店主さんが蓮さんであるようには思えない。
だけどパタパタと優しくハタキをかけながら本を見つめる蓮さんの表情はとても柔らかかった。
多分、『愛おしそうに』っていう表現は、今の蓮さんの表情に対して使うのだろう。時折手を止めては『お前はホント全然売れねーなぁ。おもしれーのに』と本に語りかける蓮さんからは、本への愛着が垣間見えている。
──そういえば蓮さんって、独り言呟く時にちょっとガラが悪くなるんだよね。
そんなギャップにも、ちょっとトキメいてしまっていたりする。
──でも、口が悪くても、ものすごく優しい人。
そもそも私がこのお店に通うようになったのだって、蓮さんの優しさに救われたからだ。
『あー、その絵本、今じゃ全然見つからないよね』
あれは、半年くらい前のことだったと思う。
本の虫と呼ばれている私は、当時とある絵本を探していた。
子供の頃に図書館で借りて読んだ、思い出の絵本。あまりにも何回も同じ本を借りたものだから、見かねた両親が誕生日に同じ絵本を買ってくれた。
私はそれを高校生になった今でも大切にしていた。だけど去年の年末の大掃除の時に、お兄ちゃんが勝手にその絵本を捨ててしまった。『背表紙が破けてバラけてる絵本なんて、もう卒業すればいいだろ』って。私達は本棚が共用だから、きっとお兄ちゃんは自分の漫画棚を広げるチャンスを狙ってたんだと思う。
大好きで、大切だった本を勝手に捨てられてしまったのが本当に悲しくて辛くて、私は自分に使える手段を使い尽くして同じ本を探そうとした。だけど古い絵本だったから、もう新品はおろか中古品も見当たらなくて、電子書籍版とかも発売されていなかった。
もう
『版元が小さかった上に今じゃ倒産してるし、電子書籍版とかもないから。すごく素敵な本なのに、もったいねーよな』
店表のガラス扉越しだったのに、その細い背表紙を見落とさなかったのは、もはや奇跡だと思う。
思わず考えるよりも早くお店に飛び込んで、急いで本棚から引っ張り出していた。それがずっと探していた絵本に間違いないことを確かめた時には、私は絵本を胸に抱きしめてその場にへたり込んでいた。
そんな私に気付いて奥から出てきた蓮さんが、フニャリと笑って言ってくれたんだ。
『俺もその本、好きだよ。あったかくてさ。何回も読みたくなるよな』
ずっと探していたんです、と泣きそうになりながら答えたら、『じゃあきっとその本は、ここで君を待っていたんだね』って、蓮さんは目を細めて言ってくれた。
『運命ってさ、俺、本当にあると思ってるよ?』
そんなことを言われてしまって、蓮さんに落ちない人間などいるだろうか。いや、いるはずがない!
──って言っても、あくまで『推し』であって、恋愛的にどうこうなりたいだなんて大それたことは考えられないんだけども……
そもそも、大人っぽくて素敵な蓮さんと、私みたいに地味な女子高校生がどうこうなれるはずもない。こうやって足
『蓮さんって、今いくつなんだろう?』なんて思いながらも、私は手にした本に視線を落とす。そうすると文字に目が吸い寄せられてしまって、数秒後にはあれだけ意識を占領していた蓮さんのことが意識の中から消えてしまっていた。
そんな私の背中に蓮さんがさっき以上に柔らかな眼差しを向けていることに、今日も私は気付かない。
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