清楚な彼女の趣味が男友達すぎる件

@syusyu101

第1話 伝説って?

 西園寺 亜鈴さいおんじ あれいは目をきゅっとつむり、声を絞り出した。


斎藤さいとうくん……お、お願いです。付き合って、ください――――」


 放課後。呼び出された屋上。

 目をつむり、頬を赤らめながら吐き出される言葉。

 俺はその言葉を聞き逃さないよう、真剣に、彼女の綺麗な声を聴いていた。



「――――放課後、ビャスコのプラモ売り場まで……っ!」



 愛の告白……では、無かった。


「はい?」

「! あっ、ありがとう、ございます……!」





 ビャスコ。地元のショッピングモールである。

 映画館もスーパーも本屋もカードショップも服屋も眼鏡屋も、モスドナルドまで入っている。地元では一番大きいショッピングモール。学生たちの遊び場所。


 その、プラモ売り場。


「あっありましたぁっ! ありましたよっ! 『グレートアイリス・ダークテスタメントver.HA』! 発売日に入荷するなんてこと、ありえるんですね!?」


 プラモの箱を掲げ、西園寺 亜鈴は無邪気に喜んだ。


 長く黒い艶やかな髪。

 清楚がそのまま形になったような、乱れのないセーラー服。

 白い肌は日焼けなんて知らないみたいで、繊細な指はピアノを弾くのがよく似合う。白いヘアバンドまで含めて、完全なお嬢様。

 が。


 紫のクリアパーツを大量に使った、ちょっときわどい衣装の美少女プラモの箱を、いとおし気に見つめている。


 綺麗な眼だ。

 曇りなき眼だ。

 少し青みがかった黒い瞳は、大きくて丸くて、吸い込まれそうな程に澄み切っている。


 そろそろ突っ込んで良いかな。


「西園寺さん」

「はっ、はい。なんでしょうか? 斎藤くん」

「……俺たち、学校で話したことないよね?」


 西園寺は形のいい唇に指をあて、五秒ほど考えた。


「…………プリント回収の時に、『うす』って声をかけていただきました!」

「それは会話の内に入らないと思うんだ?」


 俺の記憶は間違っていなかったらしい。


 俺は斎藤。クラスの端っこで放課後が来るまでのコマ数を数え、時々スマホの電子書籍でラノベを読み、数学の授業中はソシャゲのPT編成を考えている系の男子である。

 対する西園寺。

 清楚である。


 彼女に下ネタを言った者はファンクラブの手で鞭打ち百回の刑を受ける。

 将来は有名大学への推薦が決まっている。

 放課後は習い事で忙しい。

 家がすごい金持ち。

 性的知識はゼロ。

 趣味はピアノ。

 顔が良い。

 

 同じ高校に通う者で、西園寺を知らないものはいないだろう。彼女に関する数多くの噂は常に聞くし、クラスメイトとして見てきたこともある。

 隣の席の田中がガチで鞭に打たれてた所は正気を疑った。


 要するに、西園寺は天上の人である。


「なんで俺に、その……付き合えと?」

「パパとママが忙しいので」

「……?」

「付き添いがいないと、お出かけしてはいけないことになっているんです」


 ちょっと変ですよね、と困ったように微笑む、西園寺。

 プラモさえ抱いていなければ、儚い美少女だ。


「斎藤くんは良くビャスコに行っているので、ご同行できないかな……と、思いまして」

「あー」


 心当たりはあった。

 この辺は田舎だ。

 マンガメイトなどのアニメショップも無いため、アニメグッズやソシャゲのグッズ、プラモやカードゲームを眺めに行くとなると、ビャスコ以外に選択肢がない。

 アメコミ映画やアニメ映画をやっているのも、ビャスコだけだ。

 となると、自然に通う事になる。


「……」


 俺は、西園寺が抱くプラモをよく見てみた。


 『グレートアイリス・ダークテスタメントver.HA』。

 超絶帝国統治ロボ『グレート・アルカイザー』の力を闇の契約『ダークテスタメント』で強引に奪い、吸収・合体したライバル側の女の子のプラモである。

 20年前くらいのアニメだ。

 しかも、ニッチなキャラ選択。

 しかも、ロボアニメの美少女キャラのコスチューム差分のプラモ。

 商品化するとはだれも思っていなかったに違いない。

 俺も商品化すると聞いた時は驚いた。


「……そういや、それの発売日だもんな。親なんか待ってられないか」

「そういうことです! ……やっぱり、斎藤くんは詳しいですね!」

「詳しいって程じゃないけどな」


 発売日を把握してアニメのあらすじをさらっと脳内暗唱できる程度では、本当に詳しい人たちに笑われてしまうだろう。


「詳しいですよね?」

「詳しくないですね」

「伝説って?」

「あぁ! それって羽根ウリボウ!?」

「詳しいですよね?」

「詳しくないですね」


 ネットミームを知っている程度では、詳しいなんて口が裂けても言えないだろう。


「……ふふっ」


 そこで、西園寺亜鈴は静かに笑った。

 口元を軽く抑えるような、慎ましい微笑である。

 しかし、西園寺はその笑みをすぐに引き締め、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ぁっ……す、すいません。あんまり、その……学校で、こういう話題が通じる人がいないもので……」


 もじもじと、する。西園寺。

 おかしい。

 美少女プラモを持っているのに……なんというか。



「また、お付き合いしてもらっても……よろしいですか?」



 上目遣いになる姿は、清楚だと思った。

 清楚とはなんだ。

 分からん。


「まぁ、良いんじゃないですか」


 分からんが、良いと思った。


「やたっ」


 小さな声で喜びを告げる、西園寺。

 無邪気な喜び方だ。

 愛の告白なんてする筈もない、子供みたいな喜び方である。


「……じゃっ、私。買ってきますね!」

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