人生最大のピンチ!?

第2話

侑李ゆうりちゃん、おはよう!」


「あぁ、お向かいの康子やすこさん。おはようございます!」


「今日も元気ねぇ?」


「まぁ、元気だけが取り柄なんで。あっ、ヤバい、いってきまーす!」


「あらあら、気を付けていってらしゃ~い!」


 現在の時刻、午前八時三十五分、玄関を出ておおよそ三十秒ほど経った頃だろうか。


 平成を飛び越えて、レトロな昭和の時代にタイムスリップしたような、のんびりとした雰囲漂う路地裏。


 そこに、軒を連ねて立ち並ぶ民家の軒先で、鉢植えされた色とりどりの花々に日課であろう水やりをしていた五十代の専業主婦、康子さんに声をかけられた。


 いつもの私なら、近所でお喋り好きで通っている康子さんと、少しなら世間話をする余裕があるのだけれど、あいにく、珍しく寝坊してしまった私には、そんな余裕はなかった。


 昨夜は、最近、ある事情で土日限定でアルバイトをさせてもらっている老舗ホテルで、月曜日に急遽厨房の助っ人を頼まれてしまい。


 疲れていたというのに、なかなか寝付くことができなかったせいだ。


 会社までは、だいたい徒歩で十分あれば充分だけれど、会社に着いたら、九時五分前までには、諸々やらなきゃいけないことがあるっていうのに……。


 走ったら何とかなりそうだと判断し、康子さんの呑気な声に見送られつつ、私は会社へと急いだ。


 この庶民の代表格ともいえる、下町情緒あふれるこの路地裏を抜けたその先に、都会の洗練されたお洒落な街並みが広がっているなんて、誰も思いもしないだろう。


 私は、そこの大通りにある老舗高級チョコレートブランド『YAMATO』に入社して今年で四年目の二十六歳、秘書室勤務の高梨侑李。


 この日、人生最大の大ピンチが待ち受けていようとは、この時の私は思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る