出会いは突然に、鮮烈に②
見た目は仕事上がりのせいか地味目のかっちりとしたスーツ姿ではあったが、だからこそ素材の良さが引き立って見えるのだろう。
女性らしい丸みを帯びたメリハリのあるスタイルが際立っている。
容姿にしたって、小動物を思わせる愛らしい小顔は儚げで、パッチリとした黒目がちの潤んだ瞳は憂いを孕んでいた。
酔っているせいかほんのりと上気した薄桃色の頬はキメ細やかで柔らかそうだし、控えめな唇なんて、今すぐ塞いでしまいたくなるほど艶めいて見える。
よく理想の相手に出会った瞬間ビビビッときたというが、あれはどうやら本当だったらしい。
照明を抑えた薄暗い空間にあたかもスポットライトでも浴びているかのように、彼女だけが眩いばかりに輝いて見えた。
まさか自分がそんな不可思議な体験をするとは思わなかったが、経験したからには、それが運命かどうかをなんとしてでも確かめたい、そう思うのは当然だろう。
運のいいことに彼女にしつこく言い寄っているナンパ男がいて、彼女はうんざりといった表情で幾度となく拒絶の意を露わにしているが、ナンパ男は気づかないフリを決め込んでいるようだ。
ーーここは助けに入って彼女と話すきっかけをなんとしても作りたい。
そんな思いでいたせいか、理性的であるはずの奏は条件反射的に行動に移してしまっていた。
それがまさかあんなことになろうとは思いもよらないことだったが、これもきっと運命だったからに違いない。
彼女をナンパ男から助けるはずが彼女からカクテルをぶちまけられ、放心状態に陥っていた奏の眼前で、突如として彼女の身体がぐらりと傾いでいく。
おそらく、いきなり動いたせいで酔いが急激に回ってしまったのだろう。
その様がスローモーションのように視界に映し出されると同時、ナンパ男がこれ幸いと彼女の身体を抱き留めようとする。
それをすんでのところで阻止することに成功した奏は、彼女の華奢な身体を胸に抱き寄せた。
男には、苛立ちを露わに地を這うような重低音を轟かせた。
「俺の大事な彼女にまだ用があるのか? それとも、警察にでも突き出してほしいのか?」
こんなにも感情を露わにしたのは初めてだ。
幼少の頃より、経営者たるものいついかなる時も冷静でなければならない。でないと足を掬われてしまう。
幾度となくそう刷り込まれ肝に銘じてきたことだ。
それなのに……これまで煩わしいとしか思えないでいた女性に、こんなにも強く心を揺さぶられるなんてーー
驚きでしかなかった。
奏が自身の言動に衝撃を受けていた間に、ナンパ男は血相を変えて逃げ出していたようだった。
だが、そんなことに構うまでもなく離れた場所で控えていた柳本が事態の収拾を図ってくれていたらしい。
「奏さま、いつもの部屋でよろしいですか?」
「あっ、ああ、頼む」
なんとしても彼女と話す機会をと思ってはいたが、まさかこうもあっさりと実現するとは誰が想像できただろうか。
まさに拍子抜けだった。
彼女を自分以外の男に触れさせるのが嫌で、「わたくしが」そう申し出た柳本に、「いや、構わない」と制して、自ら彼女を姫抱きにしてホテルまで運んだ程だ。
奏のその姿を目の当たりにした柳本に至っては、終始感極まったように目尻に涙まで滲ませていた。
これにはさすがにドン引きしたが、奏自身驚きを隠せないでいたのだから無理もない。
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