第4話出会いは突然に、鮮烈に

出会いは突然に、鮮烈に①


 奏にとって彼女ーー葛城穂乃香との出会いは鮮烈なものだった。


 あの夜、帰国早々父・恭一きょういちに呼びつけられていた奏は、田園調布にある実家のリビングで見合い写真を見せられていた。


「縁談だとなかなか本音も見抜けないですしね。人生を共にするパートナーですから慎重になっているだけです。別に、結婚する気がない訳じゃありません。俺ももういい大人なんですから、結婚相手ぐらい自分で決めさせてくださいよ。他に用がないなら帰ります。それじゃあ」

「あっ、おい、奏。待ちなさいっ!」


 もう何度目になるかわからない台詞を吐いたというのに、まだ引き留めようとする父の声を振り切り実家を後にした。


 だがそのまま自宅であるマンションに帰る気にもなれず馴染みのバーへと立ち寄った。


 そこでまさか理想通りの女性に巡り会えるなんて思いもしなかった。


 彼女の香りを嗅いだ瞬間、あたかも胸を射抜かれたかのような、物凄い衝撃が全身を駆け巡った。


 奏にとって、彼女との出会いはそれほどに鮮烈だったのだ。


 ーーこんなこともう二度とないかもしれない。否、これは運命に違いない。


 匂いに敏感だったおかげでこれまで散々な目に遭ってきたのだから、奏がそう思うのも当然だろう。


 物心ついた頃から既に匂いに敏感だったが、思春期になるまでは特に支障もなかった。


 けれど思春期になった途端に、女子の醸し出す匂いに振り回されるようになる。


 大企業の御曹司という肩書きとファッションモデルだった母親譲りで恵まれた容姿も災いし、思い出すのも煩わしくなるほど、それはそれは散々な目に遭ってきて今に至る。


 これまで何度自分の体質を呪ってきたか……。


 ありとあらゆる検査もしたし、体質を変えようとあれこれ試してみたが、体質が改善されることはなかった。


 だったら好みの香りを醸し出す理想の女性に出会えるまで待つしかない。


 しかし、一向に現れる気配もなく、ほとんど諦めかけていた。


 それもこれもあのおかしなルールのおかげで、タイムリミットの三十五歳まで二年と少ししかないからだ。


 今にして思えばすべてはこうなる運命だったに違いない。


 そう思えるほどに、その日はいつもとはまるで違っていた。そう、なにもかもがーー


 いつもなら他の客の匂いが気になるため奥にあるVIPルームで一人静かに呑むのだが、その日は一人で呑む気にもなれず、かといって誰かと話す気分でもなかった。


 いつも傍に控えてくれている執事兼秘書の柳本にも、少し離れたところで待機してもらっていたくらいだ。


 カウンター席の端に腰を落ち着けウイスキーの入ったグラスを静かに傾けては、溜息を零していた。その時、ふいにどこからともなく芳しい香りが漂ってきて、奏の意識は完全に囚われてしまう。


 ーーあの時のことをどう表現すればいいだろう。


 とにかくなにもかもが違っていたし、なにもかもが鮮烈だったのだ。


 この世にこんなにも芳しい香りを醸し出す女性が存在したのかという驚きと嬉しさとで胸ははち切れんばかりだった。


 まるで奏を形作る細胞の全てが彼女との出会いを歓喜しているかのように、血潮はざわめき、鼓動はドクドクと早鐘を打ち鳴らす。


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