第三章

第1話 彼女の仇

 ガタガタッと、建付けの悪い引き戸を思いきりスライドした。


「は? え?」


 中は真っ暗で誰もいない。

 スマホのライトで照らしてみたが、冴香の姿はもちろん、猫一匹見当たらなかった。

 まるで狐にでもつままれた気分だ。


 しかし、明らかにあの時と雰囲気が違う。

 倉庫の真ん中に、パイプ椅子が置いてある。


 昼間は確かになかったのに。

 これは、冴香が座らせられていた椅子だ。


 辺りはひんやりと静まり返っていて、人の気配さえない。


 ――録画だったか。


 と、思い至る。


 リアルタイムではなく、あらかじめ録画しておいた映像でライブ配信したのだろう。

 俺はもう一度、冴香に電話をかけたが、やはり出ない。

 自宅に行ってみようと思ったが、冴香の気持ちを思うと、かける言葉さえ浮かばず、明日を待つことにした。


 しかし次の日。

 冴香は学校に来なかった。

 その代わり、昼休みに俺の元へ、三枝映奈がやってきた。


 俺の予想では、冴香にレイプ紛いの事を仕掛けたのは彼女だ。

 そんな悪事は微塵も見せず、彼女は俺にこう言った。


「この前の返事、まだもらってないんだけど」

 人工的な黒目をぱちくりとさせて、体を斜めに傾ける。


「そのカラコン、似合ってないね」


 沸々とわきあがる怒りを抑えきれない。


「もう~、意地悪だなぁ」

 ヘラヘラと笑いながら腕を組んで見せた。


「今日、岡垣さん学校に来てないんだけど、心当たりありませんか?」

 担当直入に訊ねてみたが、映奈は首をかしげて「さぁ?」と言った。


「昨日の配信であんな事しちゃって、来れないんじゃないかな。よっぽど数字が欲しかったのかしら。あんな事したらBANされちゃうのにね」

「見てたんですか?」

「うん、たまたまおすすめで流れて来たから。びっくりしちゃった。あれ? もしかして岡垣さんと付き合ってるの?」


「いえ、別に」

 肯定すれば、また冴香が意地悪されるんじゃないかと考えた俺は、あえて嘘を吐く事にした。


「なーんだ。やっぱりネタだったか」


「俺の配信も見てるんすね」


「たまにね。一昨日だっけ? あれはたまたま見てた」


「そうですか」


 その時だった。


 廊下を通る生徒の話し声が聞こえた。


「冴香、どうしちゃったんだろうね。いきなり転校だなんて」

「あんな動画が拡散されちゃったら、そりゃあもう学校には来られないでしょ」

「あんな動画? 何それ? 何かあったの?」


「おい! ちょっと!」


 俺は、その女子を呼び止めた。


「あ、宮部君」

 冴香と同じ調理科の生徒だ。


「岡垣さん、転校って、本当?」

 2人の女子は少し戸惑いを見せたが、すぐに首肯した。


「うん。本当。韓国に行くんだって。お母さんの実家って言ってた」


「え? 韓国?」


「そう。さっき担任の先生が教室に入って来て、そう言ってたよ。語学留学を兼ねて韓国の高校に行く事になったって」


「急だったから私達もびっくりしてる所」


「そ、そう……。教えてくれてありがとう」


 映奈は満足そうに、ニヤニヤしている。


「同じ部の後輩なのに、気にならないの?」


 俺は意地悪のつもりで映奈にそう訊いた。


「気にならないわけないじゃない。けど、もう決まった事なんでしょ。気にしたって仕方ないわ」


「じゃあ、俺、飯行くんで」


 そう言って映奈に背を向ける。

 学食でハンバーガーでも買おう。そう思っていた。


「一緒に、お昼食べない? 校舎裏で」


 そのセリフで、俺は確信する。

 校舎裏で昼飯食う生徒なんていない。

 昨日、やっぱり俺たちの姿を見ていたんだ。


 やっぱり冴香を嵌めたのは、こいつだ。

 あの、殺害予告も……。


「いいっすよ。お昼買ってから行くんで、先に行っててください」


「うん」


 映奈は顎を上げるようにして頷くと、ジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。


 冴香に何があったのかは、妄想の域を超えない。

 しかし、学校にも行けなくなり、日本から出て行くほどのナニかがあった事は確かだ。


 俺は絶対にこいつを許さない。


 学食でハンバーガーとチキンナゲットを買って、俺は校舎裏に行った。


 映奈は既に、ベンチに腰かけて、お弁当を膝に乗せている。


「お待たせしました」

 そう言いながら、隣に腰掛けた。


「ねぇ、敬語やめてよ」


「え? なんでですか?」


「誰ともつるまない宮部君が、私とお昼を一緒にするって事はぁ、そういう事でしょ?」


「え? どういう事ですか?」


「脈あり? みたいな」


 つくづく気持ち悪い女だ。


「あー、そういう事っすね……あ、いけね。そういう、事ね? こんな感じ?」


「うふふー、やっぱり脈ありじゃーん」


「はは、まぁ、そうだね」


「じゃあ、返事は……OKって事で、いい?」


「うん。いいよ。俺でよければ、よろしくお願いします」

 にっこりと笑って見せる。


「きゃあーーーーー!!! やったーーーーー!!!」


 映奈は両手を胸の前で組んで、喜びを噛みしめていた。


 今に見てろよ、クソ女。


 冴香の仇は、俺が必ず取ってやる。




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