第3話 ファーストキス

「はは」

 俺は笑いながら、冴香からカメラを取り上げた。


 そこに、掃除用具は一切なく、壁に洗濯竿のような物が立てかけてあった。その他に、古びたバケツや灯油缶なんかが入っていて、中身は空のようだったが、わずかに石油臭い。


 拍子抜けだが、画的にはかなり不気味でいい雰囲気。冴香は芝居を続ける。


「これは、やばい匂いがしますね。うわ、なんだろうこの匂い。焦げたような匂いです。このシミは一体なんでしょうね」

 床にこびりついている茶色いシミを指さす。


「血の跡でしょうか? やっぱり、ここには……」


 明らかにペンキだ。

 世界観に入り込んでいるのか天然なのかは不明。

 それよりも俺は不測の事態に焦っていた。


「あ、やべー。ごめん。充電が切れる」


「もう! 拓郎! モバイルバッテリー持ってないの?」


「あるけど、教室」


「取りに行く?」


「いや、行かない。めんどくさい。これだけ撮れたらいいんじゃない? 十分だよ」


「そっか。それもそうだね」


「どうせ、何もないからね」

 そう簡単に、幽霊や死体なんて出て来ない。現実はそんな物だ。


 しかし、興奮冷めやらぬ様子の冴香は、しばし庫内を探索している。


「ダンジョンて、こんな感じかな?」


「いや、ダンジョンにしては狭すぎだろ」


 その時、冴香の足が引っかかったのか、壁に立てかけてあった竿がガラガラっと音を立て、彼女の頭上に降り注いだ。


「危ない!」

 俺は咄嗟に冴香を庇うように抱きすくめる。

 ガラゴトガシャンと複雑な音と共に、足元に転がった。

 幸い、二人とも無傷だったが、咄嗟の急接近で俺たちは固まったまま。


 俺は冴香を後ろから抱きすくめている。


「あ」

「んっと」

 お互いの体が急激に熱を持つ感覚を共有していた。


「あ、ごめ」

 冴香の胸辺りにあった手を退けようと、拘束を緩めると、彼女は俺の手をぎゅっと掴んだ。


「え?」


「もうちょっと、こうしてて」


 俺はバックハグの態勢のまま。彼女を覆っている両手にゆっくりと力を込める。


「あったかい」


「そっか、少し寒かったよね」

 大げさに震えている彼女を温めるように、体を密着させた。


 舞とは明らかに違う、少しゴツっとした感触。

 しかし、力を込めれば折れてしまうのではないかと思うほど華奢だ。

 ブラウスの隙間から覗く胸元は、推定Cカップ(個人の感想です)。

 ボリュームは控えめだが、透明感のある肌は、思わず触れてみたくなるほど魅力的だった。


 扉が開いているのが、少し気になったが、幸い、倉庫の外壁に隠されて、校舎の窓から中は見えないはず。

 徐々に興奮して形を成す下半身の命令に抗えない。

 俺は彼女の体をこちらに向けさせた。

 ドアの向こうから緩やかに差す陽光が、彼女の顔に俺の影を重ねた。


 正面で向かい合い、長く艶めく髪をさらっと撫でると彼女は俺の胸に顔を埋める。

 体温と共にバラのような香りが立ち上り、視界をぐらりと揺らす。


「冴香……」

 名前を呼ぶと、彼女は顔をこちらに上げた。


 艶やかな唇は、俺の唇を待っているようにも見える。

 そっと唇を重ねると、やはり、高貴な花の匂いがした。

 その匂いの正体が知りたくて、俺は深く唇を重ねる。

 舌先で唇を割って、中に侵入する。

 彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに溶かされるように薄くを目を閉じて、俺の舌を受け入れた。


 口内は柔らかく、熱い。蕩けそうなぬめりは、初めての感覚で、俺を別世界へと誘う。

 キスの隙間から、時々漏れる甘い吐息は湿り気を帯びている。

 不意に目が合うと、我に返ったかのように恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 理性のタガはとっくに外れて、押し寄せる津波のように、歯止めはきかなくなっていった。


「はぁ、はぁ」

 口元はお互いの混ざり合った唾液でびちょびちょ。俺はブラウスのボタンを一個ずつ外す。

 指先は震えて不器用で、なかなか思うように事が進まない。


 3番目あたりまで外すと、胸元が露わになった。


「あっ、拓郎……、ダメ、ダメだよ……こんな所で……恥ずかしい」


 俺の頭を弱々しく押し返そうとする冴香。


 けれど体は決して嫌がってはいなくて、隠したり逃げたりもしない。


「ごめん……ごめん」

 と繰り返しながら、ボタンを外し、ついに前は全開。首にエンジのリボンだけが残った。

 露わになった上半身に無数のキスを落とす。

 鎖骨、肩、あばら、脇……。

 じんわりと漂う少し蒸れた匂いが、なぜかたまらなく興奮を加速させた。

 彼女の体は徐々に俺を受けいれていく。


「胸、見ていい?」


「う、うん……いいよ」


「見せて。冴香が、自分から、見せて」


 彼女は片方の手を口元にあてがい、もう片方の手でゆっくりとブラジャーを下げた。

 初々しく、透き通るような乳房が露出する。


 舞とは比べ物にならないほど小さかった。


 その現実に、徐々に熱が冷めていくのを感じていた。


 興奮が引いて行く。


 まずい。


 妙な危機感を感じて、俺は思いきり彼女の乳首を吸った。


「いたいっ」

 彼女はびくんと大きく揺れて、体を引いた。


「あ。ごめん」

 我に返った俺は、彼女の胸を元通りに仕舞い、ブラウスの前を合わせた。

 彼女は自分でボタンを嵌め始めたので、俺は転がっている竿を拾い集め元の場所に戻す。


 元通りになっていく現実を前に、徐々に、俺の下半身も元通り。


 しかし、二人を包む空気は明らかに変わっていた。


 沸々と沸き上がる独占欲。

 素肌に触れる事を許された優越感。

 その先への通行許可書を手に入れたような、ワクワクとした高揚感。

 そして、少し大人に近づいたような気がしていた。


 ・・・・・・・・・・・・


 ※詳細な性描写はカットしてます。

 完全版は、ノクターンのほうで準備中ですので、もしよろしければそちらもお楽しみください。


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