第2話 禁断の扉

 その日の昼休みの事だ。

 2人分の弁当を持って、冴香が俺の教室にやって来た。


「一緒にお昼食べよ。拓郎の分も作って来たの」


 男女比1:5の教室では、女子たちが冴香に鋭い視線を向ける。

 ひそひそと何やら囁き合い始めるが、何を言っているのかまでは聞き取れない。

 そんな地獄にも似た状況であるにも関わらず、冴香は全く気にしていない様子で、ランチバッグの封を広げて、中身を見せた。


「めっちゃ早起きしたの」


「おお、すごい! 美味しそう。ありがとう」


 クリアの蓋越しに見える中身は、彩も形もきれいで美味しそう。


「さすが調理科!」


 俺は椅子から立ち上がり、冴香の肩を押して教室の外に向けさせた。

「外に出ようか」


 せっかくのお弁当だ。こんな針のむしろのような場所では楽しめないだろ?


「ふふふ。私、料理は昔から得意なんだ」


 文字通り得意げに微笑み、軽快な足取りを見せる冴香。


 2人で廊下を歩けば、周囲の視線が気になる。

 自覚はあまりなかったが、学校では、俺たちはかなり目立つ存在だったのだ。

 あまりじろじろ見られてひそひそと、噂されるのも気分のいい物じゃない。

 俺は昼食場所に校舎裏を提案した。


 校舎裏のベンチは、縦に長い校舎のせいで日陰が多く、じめじめとしていて一層寒さを覚える場所だ。

 背丈の倍ほどの壁に囲まれていて、景観は最悪。

 校舎の窓から生徒たちがしきりに行き来している姿が見えるが、こちらに視線をくれる者はいない。

 この窓から外を眺めても、面白い事など一つもないと、生徒は誰しもが知っているからだ。


 もちろん昼食の場所としては不人気で、誰も利用しない。

 特に古びた掃除用具入れの存在が一層生徒たちを遠ざけていた。

 立ち入り禁止と書かれた紙が、不穏な空気を醸し出していたのだ。


「あの、掃除用具入れって不気味だよね」

 冴香がベンチに腰掛けながら眉根を寄せた。


 この倉庫については諸説ある。

 昔、一人の女子生徒が集団レイプされ、この中で首を吊って亡くなっただとか、この中に無断で入った生徒が、原因不明の熱に浮かされ数日後に死亡しただとか。

 それらを裏付けるかのような立ち入り禁止の貼り紙。


 都市伝説並みに確証のない噂だが、この学校の半数以上の生徒が、そんなオカルトを真剣に信じ込んで恐れていた。


 実は俺もちょっとだけ怖い、なんて言うのは嘘で、俺はそう言う話を全く信じないタイプだ。

 舞に言わせれば、人生半分ほど損してるらしい。

 怖いからこそ面白いっていう作品に対する冒涜だとか。


「誰も入った事ないらしいよ」


「入れるのかな?」


「開けてみる?」


 外観からして、畳2枚分ほどの広さだと思った。


「あ! あのさ、動画撮ろうか」


 使えるか使えないかは分からないが、俺たちにとって動画の素材はたくさんあって困る物ではない。


 もしかしたら、面白い物が映り込んだりするかもしれない。

 もちろん、幽霊やお化けなんて物を期待していた。

 映ればラッキー。

 映らなかったとしても、なんかそれっぽい画が撮れればいい。

 SNSに投稿するにはちょうどいい。


「おもしろそう! 開けてみよ!」


 冴香は優等生的な見た目をしているが、決して真面目な生徒ではなかった。

 乗りがよくて、何事にも前向きで、面白い。


 こういうオカルトチックな状況も大好きらしく、パワースポットや心霊スポットなんかにもよく行きたがった。


「オッケー、じゃあ動画回すよ」


「うん」


「自撮り棒ないから、俺が撮るから」


「オッケー!」


 冴香は、学校が特定されないよう、ブレザーを脱いだ。

 チェックのスカートに、グレーのカーデガンという姿になり、俺の正面に立つ。

 

「こんな感じでいいかな?」


「うん、いい感じ。じゃあ行くよ。用意、アクション!」


 ピロンとカチンコの代わりに録画スタートの電子音が鳴る。


「こんにちは。ガッキーだよ!」

 と、アイドルも顔負けの笑顔で、スマホに向かって両手を振る。


 因みに、冴香のガッキーというあだ名は、苗字の『岡垣』から来ているが、学校で彼女をガッキーと呼ぶ生徒は誰もいない。

 ネット上の所謂ハンドルネームってやつだ。


「今日は、緊急で動画を回しています」


 少し声をひそめて、それっぽく戸惑いを見せながら、掃除用具入れの方に歩き出す冴香。

 俺はスマホのスクリーンに、彼女を捉えながら追いかける。


「今、お昼休みで、実は彼氏と……」

 そう言って、うれし恥ずかしの笑顔で、一瞬視線を下げる。


「校舎裏に来てるんですが……」


 そう言いながら、俺の隣に回り込んで並んだので、カメラをインカメラに切り替えた。

 俺も同じ調子で、カメラに向かって、白目をむき舌を出すという、得意の変顔でピースサイン。

 一頻り大笑いした冴香は、トコトコと単独で走って掃除用具入れの前に立った。


 カメラを元に戻して、彼女の姿を追う。


「これ!」と、掃除用具入れを指さす冴香。


「これ、めっちゃ不気味じゃないですか? 今日は、せっかくなんで、開けてみたいと思います」


「え? 明けちゃうんですか? 大丈夫? 呪われちゃうんじゃない?」

 冴香が喋りやすいように合いの手を入れる。


「えー、呪われちゃうかな。呪われるのやだなー。でも……明けちゃいます」

 いたずらっ子の笑みで人差し指を顔の横で立てた後、くるりとスカートを翻して、ドアをガタガタと鳴らす。


「あれ? あれれ……、開かない?」


「え? 開かない? 鍵はかかってないよね」


「内側から鍵がかかってるのかな?」

 冴香は真剣な面持ちでそんな事を言う。


「内側から鍵かかってたらやばいでしょ」


「そう?」


「そうだよ。内側から鍵かかってるとしたら、絶対死体があるパターンだよ」


「密室殺人!」


「そういう事になっちゃうね」


「やだやだ、こわーい! 拓郎、開けて」


「オッケー、じゃあ、カメラ代わって。マジで死体あったらどうする?」


「きゃーーー、やだやだーー」

 大げさに足をバタつかせながら撮影を交代する。


 俺は建付けの悪くなっているドアを思いっきり左にスライドした。


 ガラッ、ガタッ、ガタガタガタと凄い音を立て、粉塵を巻き上げながらドアが開いた。


「うわ!」


「ふえ?」

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