中編 名探偵は下僕の胃痛を気にかけない

「無駄に広い家ね。一体この内のいくつの部屋を使えるのかしら……金持ちは皆無駄むだに広い家を持ちたがるけど、アホなのかしら?」


メアリーの家から車で二十分。

事件が起こった家……どちらかというと屋敷と言う方がしっくりくるような、大きな建物の前につけた俺の車から降りたメアリーの第一声がそれだった。


「「「なっ……!?」」」


「……俺は、そんな建物の住民とその家で働く人達の前で、少し声をひそめる事もせずにそんな事を言えるお前が、アホだと思うぞ……?」


確かにここは豪邸ごうていしょうするしかないような大きな屋敷ではあるし、ここに奥さんと二人で住むというのには中々無駄が多い気はするが……。

つい数日前に主人を事件で失ったばかりのある奥さんや雇い主を失った人達の前で、よくそんな事を言えるな……と俺は信じられないモノを見る目をメアリーに向ける。


「知らないわよ。そんな事よりも、事件解決をお願いする分際で私にたて突くなんて、随分ずいぶんと良い身分になったのね……ねぇ、イサーク?」


「……はぁ。俺に関しては後でドゲザでもスタバの限定フラッペを買いに行くのでもやってやるから、さっさと行くぞ。先行っとけ」


「ふふふ……イサークのくせに『なんでも』と言わなかったのはめてあげる。

そうねぇ……?何をやってもらうのか、じっくり考えておくわ」


「……皆さん、うちのメアリーがすみませんでしたぁっ……!!」


本当に楽しそうに笑いながら家の中に消えていったメアリーを見送り、まだ固まっている事件関係者五人へと向かって俺は全力で頭を下げた。


メアリーの対人コミュニケーション能力はゴミ以下で、微塵も役に立たない……。

事件関係者と会ったら九十七%の確率で揉めるので、俺はいつもメアリーが来る現場には警察官以外を近寄らせないようにしているのだ。

そのはずなのだっ……!!


この現場にいるはずの警官にも、こちらから要請ようせいがあるまでは、事件関係者を近寄らせるなと言っておいたのにっ!!


頭の中で、この現場の統括とうかつをやっている顔も知らない警官をちゃんとこぶしにぎるタイプの往復ビンタで殴りながら、メアリーの相棒になってから出来るようになったキレのあるお辞儀で謝罪をする。


「彼女はとても口が悪いですが、それを上回って余りあるくらいに優秀な探偵です。事件解決の為にも、どうか一度だけご容赦ようしゃ下さい」


メアリーの口の悪さは、俺の胃のHPを粉々に破壊はかいしていくだけだからな。

それで一つの事件が解決するなら、確かに口の悪さを上回って余りあるくらいに有用だろう。俺もだいぶ胃が強くなってきたしな!!

胃が痛くなっても顔に出ないようになった。良い事だな……良い事か?


何か自分にとって不都合な事実を知った気がして、俺は思わず苦い顔をしてしまう。

まぁ、俺がどんな表情をしていても頭を下げている今の状態では謝罪相手に見えないだろうから、別に良いが。


「……仕方ありませんよ。まだ子供のようでしたからね、今回はもう良いです」


「……奥様がそうおっしゃるのであれば、私達からは何も言いません」


俺の真摯しんしな謝罪(なお、頭の中で何を考えているかは考えないとする)によって少し落ち着いてくれたのか、何か思う事があったとしても口々に了承の声を返してくれる優しい彼らに一礼してから、俺もメアリーに続いて屋敷に入る。


「遅かったじゃない、イサーク。ほら、さっさと関係者について説明しなさいな」


現場に行ったら、もう先に着いているメアリーに絶対に言われるであろう言葉を思い浮かべ、また胃がキリキリと痛む。

俺は便利屋じゃないから、完璧な説明とか出来ないんだがなぁ……。

メアリー(と書いて暴君と読む)にそんな事は関係ない。


完璧な説明が出来なければ、ドゲザを要求されながらののしられる未来が待っている。

そうなったら財布には痛いが、またスタバの限定フラッペかどこか専門店のチョコか何かの甘味を買って許してもらうしかないな……。


屋敷に入ってから広い玄関を通り、螺旋らせん階段という個人宅では珍しいタイプの階段を上った先の長い廊下を進んだ、右手側にある被害者の私室……事件現場へと足を踏み入れるまで……。

その僅かな時間で、俺は車の中でメアリーにした説明を振り返っていた。







「被害者はユリネシア・マキアだ」


「ふぅん……?確か、アマーソンのCEOがそんな感じの名前だったわね」


流石、普段はただの傲岸不遜ごうがんふそんな鬼畜少女とはいえ……本業は世界有数の探偵。

記憶力は伊達だてじゃない。


「本人だな。死んだのは、メアリーが今言った人だ」


世界トップのインターネット通信販売企業。

今回の事件では、そのトップに君臨する経営者が殺されたのだ。


「あらそう、やっぱり?流石私ね。下僕の足りない説明だけでここまで察してあげるなんて。察してあげる私の優しさに感謝しなさい」


どうやって感謝しろと?……よし、無視一択だな。


「……最初は、彼が普段から常用している持病の薬を自分で注射した直後に、不注意でワインを飲んだ事で強力な副作用を起こしたというだけの事故だと思われてた」


「『思われてた』ねぇ……?下僕の分際でもったいぶるのはイサークの悪い癖よ。

まぁ、『それで結論。はい、おしまい』なんて事になってたらイサークを通して私に話なんて来ないだろうし、大方あの変態解剖医へんたいかいぼういが不審な点を見つけたんでしょう?」


変態解剖医……間違いじゃないな。

探偵三人と並んで、アイツも頭おかしい奴の道を突っ走ってるからな。


アイツとメイサのせいで、スコットランドヤードの中では「日本人は頭おかしい」という間違って知識を持ってる奴が大量にいる。


少女漫画という、とてもとてもとてもとても言葉に出来ないくらいに素晴らしい文化を生み出した国なのになぁ……英国にも、あんな頭おかしい奴らじゃなくて少女漫画家が来てくれたら歓迎するのに……。


「そうだ。自分で薬を注入と思われてたが、瞳孔どうこう拡散かくさん具合がおかしかったらしい。どうやら、薬を注入される前に特殊とくしゅな配合をされた筋弛緩剤きんしかんざいを飲まされていた可能性が高いようでな……」


「あら、良いわねぇ……。つまり今回の被害者は、自分が死ぬまでをハッキリと自覚し、その上で犯人を目撃してる可能性が高いって事でしょう?うふふ。まるで私の為に起こされた事件のようじゃなくて?」


「あぁ。その通りだ……」


その言い方は、誤解を招くからあまり他所よそでやって欲しくないがな?


「だからメアリー、俺の相棒……『霊媒探偵』であるお前が、呼ばれたんだよ」


『死人に口なし』という常識を、どうしようもなく簡単にくつがえせてしまうお前がな。


俺は口に出さずに、そう口の中だけで呟いた。







回想は終わり、ドアの前で深呼吸してから事件現場となった部屋に足を踏み入れる。


「おう、どんな感じだ?」


事件の現場にいる彼女がを見ない事など承知で声をかけると、こちらに背を向けて空にあるを見るようにしているメアリーは……俺がした想像と一言一句違わぬ言葉を投げかけた。


「遅かったじゃない、イサーク。ほら、さっさと関係者について説明しなさいな」


嗚呼……やっぱりな。

彼女が事前説明を聴いて笑う事件は、いつも以上に俺の胃に悪い事件なのだ。

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