第82話
それはそうだ。どうして気づかなかったのだろう。ヴェルターはリティアより姿を隠さなければいけない人なのだ。目の前のダークブラウンの髪を揺らして立ち尽くすヴェルターは、リティアを新鮮な気持ちにさせた。真珠の銀髪に目がいかなくなった分、顔立ちの美しさが際立つのだ。リティアはそのまばゆい姿は髪のせいではなかったのだとすぐに声を掛けられずいた。
「リティ、誰かと思ったよ。どこからどう見ても……」
「普通の女の子って感じかしら? 」
リティアはついヴェルターの尋常でない容姿を前に自虐的になったが、ヴェルターはそうは言わなかった。
「ああ、人に紛れられていいね。近くにいる僕だけがその可愛い瞳に気づけるんだから」
リティアはどうにでも褒めてくれる人だと感心した。
「瞳……。そうか、瞳はそのままなのね」
「ああ。さすがに瞳までは
ヴェルターは笑ってもみせた。淡い淡い白に近いブルーの瞳は夜の街では近づかない限り気づかれないだろう。
「行こう。一応二人っきりだ」
「一応……? 」
ヴェルターは微妙な顔をした。
「そう。僕たち同様、警備の者たちが国民として祭りを楽しんでいるらしいよ」
「なるほど」
階段を下りると、マルティンが見送ってくれる。元々ブラウンの髪にヘーゼルの瞳を持つ彼は髪色を変えなかったようだ。ヴェルターが言うには室内にこもりっぱなしのマルティンはあまり顔を知る人がいないらしい。だが、髪を手入れしてもらったのか、いつもは毛先の方向が定まらない彼の髪はおとなしくしていて、マルティンはそれが気に入ったのかずっと髪を撫でていた。
「マルティン様も一緒に乗ればよかったのに」
比較的質素な馬車の中だった。
「遠慮したんだと思うよ」
ヴェルターの言葉にリティアはどうして?と首を傾げたがヴェルターは困ったように笑っただけだった。
身分を隠すため馬車は広場に着く手前で止まり、二人で歩くことになった。リティアはいつものドレスの重さもヒールもない靴に随分歩きやすいと感動した。だが……ドレスのふくらみが無い分ヴェルターとの距離が近いのだ。いつもヴェルターの腕を取っているというのにこの日は並んで歩くだけで妙に気恥ずかしかった。気恥ずかしいゆえの饒舌はいらぬことを口走ってしまわないようにするのに気を付けなければならなかった。
「ヴェル、あなたの髪の方が私より暗いブラウンなのね」
「ああ。うん。そうだね。黒にしたかったんだけど僕の髪はどうしても黄味が強く出てしまってこのブラウンが限界みたいだね」
「へえ、そうなの? 黒って、どうして黒にしたかったの? 」
黒よりブラウンの方が目立ちにくいだろうに。ヴェルターはほんの少し笑ったかのように見えたが、答えることは無かった。
目的の広場へ近づくにつれて人が増え活気づいてくる。
「さぁ、いい匂いがしてきた。今日はここで夕食を済ませようか」
「え、ええ」
日が暮れると、濃いブラウンの髪も黒とそう変わりなく見えるのではないか、リティアはそんなことを思った。
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