第75話

リティアが剣を持って修練場へ出ると、子供たちは適切にアンからではなくヴェルターから剣を教わっていた。リティアの背後にはぴったりとペールが付き、高い位置から監視されている。


「ペール、大丈夫よ。私、これでも昔は剣術が得意だったの」

 ペールはただでさえ低い視線を更に低くしてリティアの全身を確認すると、今までで一番変な顔をした。

「本当だってば、ペール。見ていて」

 リティは昔習った通りに剣術の型式を披露した。ひゅっと空気が綺麗に割れる音がする。しばらく、リティアの地面に強く踏み込む音と空気を割く音だけが聞こえた。あくまで、実践ではなく見せる方の剣術だったが、子供たちに見せるには十分だった。が、長く使っていなかったリティアの筋肉は直ぐに悲鳴を上げた。


「ああ、ダメだわ。腕が攣りそう」

 リティアが全部言い終わらないうちにペールがさっと剣を引き取った。だが、子供たちもヴェルターもペールまでも褒め湛えてくれた。


「リティ、まだ健在じゃないか」

「ふふ、体は覚えているのもね。三つ子の魂百まで……。」

「……三つ子の魂? なんだい、それ」

「あ、はは。何でもないわ。ああでも、たったこれだけで明日は太ももと腕が筋肉痛でしょうね」

「そうかい。えー……そうか、それは心配だな」

 ヴェルターの瞳が“たったこれだけで?”と驚愕している。

「仕方ないじゃない。もう何年もティーカップより重いものは持ったことがないんだもの」

「……そうだね。時々はこうやって動けたらいいんだけど。気分転換にもなるし」

「ええ、そうね」


 ええ、そうね。でも色白で儚いことが良しとされる貴族間で、王太子妃になる私には剣なんて必要ないのよ。ましてや傘もささずに外にでるなんて許されることじゃないわ。リティアはぐっと唇を噛んで言葉を呑む。


 バンっと体に弾力のある衝撃を感じて、俯いて唇を噛んでいたリティアは、唇を噛み切ってしまうところだった。

「いっ」

「リティアー!! なんって素敵なの!! ありがとう、ありがとう、ありがとう!! 」

 アンが全力で抱きついてきたのだ。リティアは状況が読めず、この人、豊満なものまでお持ちだわ、と体感していた。


「お礼を三度も言われるようなことは何もしていないわ」

 ようやくアンの弾力から解放されたリティアは息も絶え絶えで言った。すっと指で自身の唇を確かめたが無事でほっとした。アンは、うっとりリティアを見つめると子供たちには聞こえないように声を落とした。リティアはアンに見つめられ胸がどきどきした。同性でも見つめられると恥ずかしくなるくらいアンは美しかった。至近距離ではなおさらだ。

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