第72話

「あら、どうしたの? リティアは顔が真っ赤だし、ヴェルターはなんだか満足そうね」

 修練場で待っていたアンが言うと、ヴェルターは噎せこみ、アンをじとりと睨む。アンはそれにおかしそうに肩を揺らした。そして、ヴェルターに何やら耳打ちし、ヴェルターは顔を覆い、手でやめろとアンをいなした。


 親し気な二人の様子にリティアはヴェルターの上機嫌な訳をアンと紐づけた。

「さあ、誰から教えようか」

 ヴェルターが大きな声で言うと、子供たちはさっきと打って変わって勇ましい声を上げた。リティアは、ヴェルターが恥ずかしいとああやって違うことに意識を向ける癖があったのを思い出した。よく見ると、色の白いヴェルターは耳がほんのりと赤くなっていた。


 一番勇ましい声を上げたのは子供、ではなくペールだった。ヴェルターは呆気にとられたようで、ペールを見つめるも、ペールは何も言わないため、アンに説明を求めた。アンはおかしそうに笑うと

「ペールったら、さっき私がヴェルターのことを強い強い剣士で、あとで稽古をつけてもらうって言ったのを、なんというか、すごく楽しみにしてたのよ。ねぇ、ペール誰よりにしてたのよね」

 アンがからかったにも関わらず、大男はこくりと素直に頷いた。

「彼、剣バカなのよ」

 

 アンは小さな声で“可愛いでしょ”と言った。リティアはペールの外見から一番縁遠い言葉に一瞬喉が詰まったが、待ちきれない様子のペールとなんてことを言ってくれたんだとばかりにアンを恨めしそうに見るヴェルターとについに吹き出してしまった。


 ペールとヴェルターが熱い戦いを繰り広げているのを前にアンは呑気に言った。

「ペールを見てると剣が小さく見えるわね」

 剣はペールのために誂えたものではなく模造したものであるため、ペールには少し小さい。リティアはまた吹き出してしまい、慌てて口を押えた。

「大口開けて笑ったっていいのよ、リティア。私たち、今は平民だもの」

 アンはけらけら笑う。

「平民はこんな宮殿に入れな……」

 リティアはつい真面目に答えてしまった。アンはにこにこ笑っている。……綺麗な方。そう思うと知らずに顔が赤くなってしまう。

「どうかした? 」

「いえ、そうね、アン。私たちは平民」

「よし! みんなペールを応援して! 」

 アンは子供たちをけしかけ、固唾を呑んでみていた子供たちから活気があふれた。


「王子様、頑張って!! 」

 ペールを応援するはずの一人の女の子が声を張り上げた。ペールの眉間に皺が寄り、チッと舌打ちをする。


「女の子は好きよねぇ、王子様。あそこまで見た目が王子様な人も珍しいけど。きっとあの子にとって始めて見るくらい美しい男性なんじゃないかしら。子供って、正直ね」

 アンの言葉が聞こえたのか、ペールはもう一度舌打ちをすると力強く剣を振り下ろした。ヴェルターは素早く脇に入るとペールの剣を叩き上げ、剣はくるくる回って飛び、 落下するのに勢いがついた剣は地面にぐさりと刺さる。

 ペールがふう、と息を吐いた。

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