第70話

「ふふ、怒声や悲鳴ってきっと子供たちの騒ぐ声だったのね」

「え、ああ。それと……」

「静かにしなさい! ここへは招待していただいているのよ!? お母さまは恥ずかしいわ! あの方は美しい顔をしているけど、強い強い剣士なのよ? あとで稽古をつけていただくんだからね。お利口にしていないともう呼んでもらえなくなりますよ」

 アンにそう言われたヴェルターが一番驚いていたし、ペールはぎょっと細い目を見開いた。

「あー、大丈夫、僕は、教えるのは上手だよ」


 ヴェルターの恐れを抱いた目で見つめる子どもをどう扱っていいかわからない様子にリティアはくすくす笑った。

「笑ったな、リティ」

「ごめんなさい。だって、ふふふふふ」

 リティアはこらえきれずに声を出して笑った。ペールには平気でじゃれついている子供たちが声を荒げたことさえないヴェルターを恐れることがおかしかった。


「一先ず、僕たちも着替えて来ることにしよう」

「ええ。では、失礼致します」


 ヴェルターとリティアは和やかな雰囲気の中、しばらく滞在する部屋へと向かった。

「美しい方ね。驚いちゃった」

「ああ。そうだね」

 ヴェルターはいつもの顔に戻って同意した。

「この後は本当に子供たちと剣の稽古をするの? 」

「うん、彼ら、体力が余ってそうだったしね。僕は怖い人じゃないって信じてもらわなきゃならないし」

 ヴェルターはいつもの顔だが、いつもよりリラックスしている。だから、いつもは二人の時にだけ言う冗談も出て来るのだろう。


「ふふ、そうね。では私はどうしようかしら」

「何言ってるんだ。リティ。君も強制参加だよ。アンならきっと着替えて剣を持ってくるはずだ」

「アン女王が? 」

「そ。それと、彼女の事だけど、ここではアンと呼んだ方がいい」

「え、ええ」


 彼女の事を良く知っているのね。そう思ったがなぜか口に出せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る