第53話
ヴェルターは子供に戻ったようなわくわくした表情でリティアに告げた。
「アンが、“魔法をかけてくれる”」と。
「魔法? 」
「ああ。僕もアンも目立つからね。国民が僕だってわからないように変装して街へ出る。王太子としてではなく、国民としてアンにこの国を見てもらうつもりだ。表向きは視察。実際は建国祭を楽しもうって魂胆さ。勿論、建国祭にはラゥルウントの王は来賓として招待するから正式にも会うよ。ただ、その何日かを一緒に抜け出さないかってこと」
楽しそうに話をするヴェルターは普段の彼らしくなく、リティアは理解するのに時間がかかった。ヴェルターはそんなリティアを見て不安がっていると受け取ったのだろう。リティアに安心するよう微笑みかけた。
「大丈夫さ、リティ。平和な街だし。お忍びというわけではないんだ。僕たちが姿を変えて楽しむのは国民に騒がれないためで、護衛は付くし、身近な者たちには了解を得ている。何も心配することはない」
「え、ええ。わかったわ、楽しそうね」
「そうだろう? アンはそういうのが得意なんだ」
自分の前で隠すことなく一国の王をアンと気安く呼ぶヴェルターは品行方正さを欠いていて、リティアの目にはとても眩しく映った。まるで、先ほどのウォルフリックのようだ、とリティアは思った。
同じように心臓がどきどきし、気持ちが乱れた。同じ姿を見せられたのに、なぜ今はこの鼓動が苦しく、早くこの場から去りたいと思うのだろうか。もっと詳細を、相手の女性の事を知りたいと思わないのだろうか。むしろ、これ以上ヴェルターの顔を見たくない。これ以上、何も知りたくないのだ。
「どうかした? リティ。街に馴染む華美でない服はこちらで用意する。君は、ただこの祭りを楽しむといい」
「ええ。ありがとう。子供の頃に戻ったみたいね、ヴェル」
「ああ、懐かしいね。あの頃は……」
「ごめんなさい、ヴェル。今日は母を待たせているの。もう行くわね」
「あ、ああ。送ろう、リティ」
ここで断ってもヴェルターは送ってくれるのだろう。それがわかっているリティアは素直に頷いた。差し出された腕にそっと触れる。慣れた仕草は、当たり前のように与えられた自分の居場所だ。だが、あとどのくらい触れることが許されるのだろうか。いつの間にか見上げるようになったヴェルターの体躯はリティアのものよりずっとしっかりしている。リティアが自分を見上げたことに気づいたヴェルターはごく自然に微笑みを返した。リティアはさっきよりずっと胸が痛むのを感じた。
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