第180話 許せる理由を恋と呼ぶなら

〜梅side〜



インスタライブの配信を終えた初穂ちゃんが汗を拭きながらプロテインを飲む。

そんな初穂ちゃんを見て、陽様は大きくため息をついた。



「お前、そんな格好でライブ配信してるとか、絶対変な男寄ってくるぞ」


「あー、確かにそういう奴も最近レッスンに増えてる気がするけど、体の動きとかシルエット見える方がわかりやすいんだよね」



陽様が買ってきてくれたお弁当を無言で食べる私の前に、初穂ちゃんは缶ビールを置いてくれた。



「梅ちゃん、連休って言ってたよね?週末また忙しいんでしょ?今日もパーっと家で飲もうよ!」


「そしたら日本酒持ってくる。希美もそろそろ戻るだろうから」



陽様と希美さんは私達が押しかけて、初穂ちゃんから理由を聞くと、案外怒ることも迷惑がることもせずに、すんなり家に入れてくれた。



「陽兄と希美ちゃんって、同棲始めてからずっとこの家だよね。引っ越しとかしないの?」


「結婚したらする」


「それいつになるの、まじで」


あはは、と初穂ちゃんが笑うと玄関先で音がした。

希美さんかなと思って廊下を見ると、女性がもう一人申し訳なさそうに立っている。


その人を見ると初穂ちゃんは立ち上がって、私を庇うように玄関に向かった。



「あんた、あの時の、」



「本当に申し訳ありませんでした!」



その女性は初穂ちゃんが何か言う前に、玄関で土下座をする。

私は慌てて、玄関に向かおうとすると陽様が私の腕を持って、自分のほうが先に玄関に向かった。


「わ、わたし……、空くんに彼女がいるとは知らず……。いや、仮にいなかったとしても男性にそういうことをするのはダメって頭では分かってるんですけど……」


「初穂ちゃん、梅ちゃん、ちょっと私から説明するね」



顔を上げない女性に代わって、希美さんは無表情なまま、私たちに言い放つ。



「萌は超絶男好きのくそビッチなの」



……え?いま、なんて?

初穂ちゃんもさすがに思考が追いつかないようだ。


何も言い返せずに固まっている。



「萌は私と同い年で、いまは保育事業部で管理栄養士をやってるんだけど、陽様と出会うまではソープで働いてたの。

男性と見境なくセックスできるって理由で。

萌自身は最近、陽様に注意されたり管理されながら少しずつ男性から距離を置くように頑張ってるんだけど、少しでも好みだったり優しくされると、すぐにセックスしようとする。

ナンパは断らないし、自分からもボディタッチしまくってホテルに連れ込む、全女の敵みたいな女なの」



「希美ちゃん、セクシーすぎる言葉をそんなに綺麗な顔で淡々と言わないほうが良いよ」



初穂ちゃんは希美さんにつっこんだあと、しゃがんで萌さんの顔をあごに優しく手を添えて持ち上げる。


申し訳なさそうな表情で私のことを見てきた。



「梅さん、ですよね?希美から色々お話聞きました。


あの、昨日のことは本当、空くんは何も悪くないんです。

清美さんと私が悪ノリで多量にアルコール摂取させた後、楽しくなった私が一杯だけお酒を飲んでしまって……」



「萌、外で酒飲むなって何回も言ってるよな?」



陽様の低い声に、萌さんは体を強張らせる。 私もびっくりするほど、怖い声だった。少なくとも私はその声で陽様に話しかけられたことはない。

そして私と初穂ちゃんをどかして、萌さんの顔を睨むように見下ろした。



「お前、酒やめないし、男に手出すし、挙句の果てに俺の弟の彼女泣かせるって、いい加減にしろよ?

いつになったら学習する?


こんなに悪い子、なかなかいないぞ」


「も、申し訳ありません……」



……後ろにいる希美さんがなぜかとてつもなく羨ましそうに萌さんを見下ろしてることに、みんな突っ込まないのか?



「あの、……許してほしいとは言わないです、ただこれだけはお伝えしたく。


私、空さんのことは全く好きじゃないですし、昨日が初対面ですし、今後お店には二度と行きません。


空さんは自分からはお酒を一杯も飲んでいませんし、私とその、……向かい合って座っていた時も、私のことをずっと『梅』と呼んでました。


私以外の女の子も全員、梅と呼ぶので、ちょっと意味わからない男性だなと不思議だったほどです。



今日はそれだけ伝えたいと、希美に頼んでこちらまでお伺いさせていただきました、失礼します」



立ち上がり、深々と頭を下げた萌さんに私も思わず頭を下げる。

そのまま踵を返し、玄関から去っていった萌さんの背中を見て、陽様は頭を抱えてからコートを羽織った。



「萌のこと、駅まで送ってくる。

希美、初穂と梅に日本酒出しておいて」


「はい。

あの陽様、私にもあとで、さっき萌に言っていた『こんなに悪い奴隷、めちゃくちゃにしてやろうか』ってやつ言ってください」


「……お前多分、脳内で色々変換されてるぞ」



バタンと扉は閉まる。


希美さんはなぜか高揚した様子で頬を抑え、自室にコートと鞄を置くと私と初穂ちゃんをリビングに手招きした。



「二人ともお酒飲もう、いま簡単におつまみ作るね」


「切り替え早いな、希美ちゃん。

陽兄が他の女の人追いかけていったことについて何も思わないの?」


「むしろ、それでこそ陽様って感じで興奮した」



相変わらず世界観が強すぎる。

……っていうか冷静に、何言ってたのかよく分からなかった。


でも、空さんに怒ってる自分がバカバカしくは思えてしまった。



「……萌さんは悪い人ではなさそうですね」



注がれた日本酒に口をつけながら呟くと、希美さんは首を傾げる。



「梅ちゃん視点だと、悪い人ではあると思うし、許す必要もないと思うよ。

私は萌が謝りたいっていうから連れてきただけで、梅ちゃんや初穂ちゃんが萌のことを嫌いなままで良いと思ってるし」


意外と友人に辛辣な希美さんに驚いてしまい顔を見ると、相変わらず無表情だった。


……希美さんって、爆笑したりするのかな。



「ただ、昨日の件に関しては空くんに悪意や故意があったわけじゃないって事実だけは伝えたくて。清美さんの電話だけだと、萌と空くんが接触してた部分については少し分かりづらかったかなと思ったから。


それを踏まえて、空くんのことを許すも許さないも梅ちゃんの自由じゃないかな」



ここまで無関心でいてもらえると逆に冷静になれる。


だけど初穂ちゃんのほうを見ると、まだ怒りは収まらないようで、すごいスピードで日本酒を飲んでいた。



「……あの、初穂ちゃん。私、明日帰ろうかな……」


「え?!梅ちゃん、それマジで言ってる?!やっぱり甘すぎるって!空のしたことは浮気だよ!」


「あ、でも、その……。

……なんかネットで調べたんだけど、アルコール飲んでる時は心神喪失?てやつになるから、法律的には浮気にならないかも?

あ、自分の意志で飲んでたら違うかもなんだけど、昨日の空さんは無理やり飲まされたみたいだし……」



それに。



「……酔っ払ってても、私のこと忘れてなかったみたいで、それが聞けて良かった。


……と、萌さんにお伝え下さい」


希美さんは頷く。そして私にお酒を注いだ。


「ちなみに、梅ちゃんは酔っ払うとどうなるの?」


「泣き上戸になります」



初穂ちゃんは不服そうだったけど、私の頭を優しく撫でて、「私はもう少しここにいるわ」と笑った。






2025.07.13


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