第179話 二日酔いと謝罪は常にセット
〜空side〜
寒さで目が覚めた。
見慣れない天井、食事の匂い、そして急激に襲う頭痛。
ゆっくり体を起こすと廊下のキッチンで彰文が何か作っている。
それを見て俺は慌てて立ち上がったが、クラクラと気持ち悪くなり口を抑えてしゃがむ。
「あ、起きました?」
「ごめん……、トイレどこ?」
「玄関すぐ横」
トイレから出るとテーブルに味噌汁とご飯が置いてあった。
俺は釣られるように椅子に座り、その食事を口に運ぶ。
「食えそうで良かった」
「……え、ごめん、これってどういう状況……?
彰文が俺を運んでくれたってことだよね?
ごめん、タクシーだった?それとも、」
「空さん、まじでごめん!」
絶対に頭を下げるべきなのは俺なので慌てた。
しかし彰文は珍しく毒舌一つ言わない。
記憶があるところまで遡ると、萌さんが俺の膝に座ったり、他に来ていたお客さんのテーブルに誘導されたり、胸元のボタンを外されたりしていて、黒歴史すぎて頭を抱える。
「とりあえず、これ胃薬と頭痛薬。
で、ちょっとそれ飲んだら心して聞いてほしいんですけど」
彰文は俺が薬を飲み終えたのをちゃんと確認してから息を吐いて、俺の目を見て言った。
「空さんが他の女といちゃついてるタイミングで、初穂ちゃんと彼女さんが来店した」
意味がわからなすぎて、コントみたいに椅子から崩れ落ちてしまった。
彰文は慌てて俺のことを支え、再びフトンに寝かせる。
「……逆に空さんって、どこまで覚えてる?」
「女性陣に囲まれたけど、力が入らなくて抵抗できなくなったところまで」
なるほど、と言う様に彰文は頷き、俺にスマホを見せてきた。
そこには俺が女の人たちの肩に腕を回したり、髪を撫でたり、なんかオラオラしながら口説き文句を言ったりしてる様子が次々と流れてくる。
すごく簡単に言うと、陽兄劣化版みたいな感じの男がそこにいた。
ふとんに潜ろうとすると、彰文に止められた。
「空さんって、酔っ払うとこうなるって自覚はあったの?」
「……16歳の頃、やんちゃな友達がいて、一緒に海に行ってナンパした時、大学生の女性に酒飲まされて、その時はそのまま色々あった。それ以来、俺ってそういう感じなんだって自覚して、基本的には酔うほどは飲まない様にしてる。
成人してからも、俺がこうなるって分かってる友達と兄が面白がって飲ませたりして、何度か覚醒はしてる」
「あれを覚醒って呼ぶか退化って呼ぶかは難しいところですね」
だけど、梅ちゃんの前で酔っ払わないように本当に気をつけていた。陽兄にもそうちゃんにも、それだけは辞めろって注意されてたし。
なぜなら、シンプルにああいう俺を怖いと思うだろうから。
「……ていうか、え?初穂と来てたの?」
「はい。初穂ちゃんは空さんが、オラオラしながら彼女さんに顎クイしたのにブチギレて、空さんの顔面に水ぶっかけて、走って店から出ていきました。
彼女さんよりも初穂ちゃんのが怒ってるように見えました」
初穂は俺の酔っ払ってる姿が、家族の中でも一番嫌いだ。
せめて来たのが瑠璃姉だったら良かったんだけど……。
大きくため息を付いた時、彰文が充電してくれている俺のスマホが鳴った。
陽兄からの着信に慌てて電話を取る。
「もしもし陽兄、」
「おー、空。昨日は散々だったみたいだな。
清美から連絡あったよ、さすがに謝られた。
で、梅と初穂だけど、昨日から俺の家に泊まってる」
……なんでそうなる?!?!
「いま、陽兄仕事だよね?」
「そう、だから我が家に二人でいるはず。
初穂は手が付けられないくらいキレてるし、梅は萌といるとこ見たみたいですげー落ち込んでるし。
お前に俺の家の鍵渡してたよな?
ちょっと体調落ち着いたら謝りに、」
「今行く!!!ありがと!」
電話を途中からスピーカーにして、急いで彰文にお礼を言って家を出る。
どこだか分からなかったので、アプリでタクシーを呼んだ。
途中気持ち悪くなりすぎて、最寄りの駅で降ろしてもらう。
なんとか陽兄のマンションに着き、オートロックを解除して、家の前で一応インターホンを押した。
ガチャリという音と共に俺はまくしたてるように謝る。
「梅ちゃん、ごめん!昨日のことちゃんと話したくて、」
開いた扉の前にいたのは冷めた目の初穂だった。
その後ろには梅ちゃんが気まずそうに身を隠してる。
「梅ちゃんと話す資格なんてお前にない、帰れバカ空」
俺は初穂の肩越しに梅ちゃんを見る。
梅ちゃんはそっと、俺から視線を外した。
「……二人ともごめん、びっくりさせて、」
「驚かせたこと謝るんじゃなくて、浮気したこと謝れ!
あんなのどう考えても誰が見ても浮気!浮気でしかない!
自分が何したか分かってる?彼女の目の前で他の女を膝に乗せて、ベタベタイチャイチャした挙げ句、梅ちゃんに『家で待ってる約束だろ?』みたいなこと言ったんだよ?
きもすぎて吐くところだったわ!
かけたのがゲロじゃなくて水だったことに感謝しろ!」
……え?俺そんなことしたの?確かにキモすぎる。
そりゃ梅ちゃんも、ショックと幻滅と驚きで声も出ないわな……。
「あの、初穂の怒りはもっともなんだけど、俺は梅ちゃんと話したくて、」
「はあ?!
お前気づいてないかもしれないけど、今も死ぬほど酒くせーんだよ!髪ボサボサでヒゲはえてて、見た目も超きたねーの!
陽兄に『体調回復したら来い』て言われなかった?いうよね、いつもそうだもんね?そういう姿で来ても、説得力ないって思ったからじゃない?
どんなにスピード重視したって昨日の夜、梅ちゃんに一通も連絡してない時点で巻き返せないくらいアウトなんだよ!」
相変わらず怒ってる時の初穂、饒舌だな……。
初穂に舌戦で勝つのって、陽兄でも厳しい気がする。
全部正論なのが尚更きつい。
「……あ、あの、初穂ちゃん、いったんその辺で、」
「梅ちゃんが昨日、どんだけ辛かったか分かる?!
あのあと、陽兄のところに清美さんから電話が来て、電話越しに謝られるまで、事情もわからずパニック状態だったんだよ?!
まあ私は事情わかったところで許さないけどね!」
「は、はつほちゃん、一回ごめん!」
梅ちゃんは初穂の肩に後ろから手を置く。
初穂はその手に手を重ねて、そのまま梅ちゃんの手を握り、繋ぐように手を下ろした。
梅ちゃんは深呼吸して、俺のほうを見る。
「あ、空さん、あの……。
……昨日のことはもう、私は理解はしたので……。お酒に関しては飲みすぎないように、気をつけてほしくて……。
ただ、頭で分かっても気持ちがまだ落ち着かなくて……。
それまでは初穂ちゃんと一緒に、陽様の所にいていいと許可をもらったので……」
「……え?それって、」
「しばらく、私と初穂ちゃんは八代家を出ることにしました。
私から連絡するまで、連絡してこないで欲しいです。
これは『それでも本当は連絡して欲しい』みたいなフリとか察してアピールではなくて、心底本気で思ってます。
空さんのことは頭では許してても、ちょっと、……な、涙が、出てきてしまう、ので……っ」
本当に泣いてしまった梅ちゃんの背中を優しくさすりながら、初穂は陽兄の家の部屋に梅ちゃんを誘導した。
そして、扉が閉まったのを確認してから俺の胸ぐらを掴む。
「お前みたいに気持ち悪い男がいるから、みんな悲しい気持ちになるんだ」
「ちょっ、……?
初穂待て、確かに俺は悪かったけど、なんか話が飛躍して、」
「とにかく、梅ちゃんの気持ちが落ち着くまではここにも来ないで」
バタン、と扉が閉まったあとにチェーンロックされる音がする。
追い出された俺は途方に暮れ、少し冷静になったからか、一気に気持ち悪くなり、その場に座り込んだ。
2025.07.11
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