第5話 5番目*初穂のサービス精神
耕作がナンパに行ったのとすれ違うように、次女の初穂が帰宅する。
時計を見るとまだ16:00前で俺は思わず初穂を二度見した。
「ただいまー……、あれ?空だけ?」
「はやっ!!」
初穂は、えっ、と驚いたように俺を見てから
眉をひそめて時計を見た。
「そうかな。自転車だしこんなもんじゃない?」
「早すぎでしょ!時速何キロで運転してるの?!
絶対危ないでしょ!」
俺の言うことを全く気にすることなく、カバンに入った大量のお菓子やアクセサリーのプレゼントを整理する。
手紙はゴムでまとめてあって、初穂は貰ったもの全てを丁寧に自分の部屋に持っていく。
「あれ!?
空!昨日の分のラブレター、片付けた?!」
「あ、机の上に溢れかえってたからカラーボックスに入れ替えておいたよ。
渡してくれた人の名前順で揃えといた」
「空のマメさって、家族以外の役に立ってる?」
初穂は俺より4歳年下で、瑞穂という弟との二卵性双生児である。
運動神経が異常に良くて、めちゃくちゃモテる。
女の子から。
初穂と瑞穂が小学校に上がってきたとき、俺は5年生だった。
小1と小5では校舎もフロアも違って、校内での関わりはほとんどなかった。
更に、しょっちゅう怪我したり、定期的に俺の学年の女の子に告白したりする耕作の方が目立っていたので、初穂と瑞穂の小学校での様子を気にすることが出来ていなかった。
陽兄や瑠璃姉や耕作に比べて妙な噂も流れてこなかったし。
しかし、迎えた運動会で初穂と瑞穂のコンビは学校全体の注目の的になる。
「あれ、一年生のスピードじゃないでしょ……!」
全種目で一位を獲得するほど二人の運動神経はずば抜けていた。
更に初穂は人たらしだった。
陽兄や瑠璃姉とは違う角度で。
「は、初穂ちゃん!
昨日初穂ちゃんの為に一生懸命つくったの!
これ、良かったら食べてほしい!」
「ありがとう、みほちゃん。
みほちゃんの作ったお菓子なら毎日でも食べたいな」
「初穂ちゃん、これ…!
お揃いのヘアゴム買ったから、一緒につけてほしい!」
「ありがとう、あきちゃん。
あきちゃんとお揃いの髪型にしたいから、明日結んでくれる?」
初穂はサービス精神が旺盛で、女の子からの愛情をカケラも残さず真っ向から受け止めた。
ファンレターやプレゼントは笑顔で受け取るし、ファンレターには必ず返事を書く。
貰ったプレゼントは必ず身につけるし、お菓子はどんなにまずくても完食する。
あれは初穂が小4のとき。
初穂の幼馴染の藍莉ちゃんが小6の男の子5人くらいに絡まれた時だった。
初穂は一人で全員をやっつけてしまい、その後、藍莉ちゃんはお母さんと一緒に我が家に謝りに来た。
初穂は藍莉ちゃんと、藍莉ちゃんのお母さんに笑いながら言った。
「藍莉を守れて幸せな気持ちだから、むしろありがとうって感じだよ!」
藍莉ちゃんのご両親は今でも初穂の誕生日に豪華なプレゼントを送ってくれる。
藍莉ちゃんは初穂に今でもべったりで、頭も初穂より全然良いはずなのに初穂と同じ高校に進学した。
そしてその年、初穂の行った高校には初穂の中学から例年の3倍、女子が進学した。
因みに初穂は勉強は全く出来なかったがバドミントンで成績を残していた為、スポーツ推薦で公立の高校に通っている。
今は高校2年生だ。
「初穂、スマホがすごい勢いで何度も鳴ってるけど」
「あ!宿題の答え、みんな送ってくれるんだよなぁ」
ちなみに勉強をしてるのは瑠璃姉同様、一度も見たことはない。
「そういえば瑠璃姉から聞いたんだけど、仕事クビになったってほんと?」
「そうなんだよ……。いま必死に就活始めてるけど、俺の経歴だとなかなか採用されなくて……」
「手を握って笑顔を作っても、解決できないことがこの世にはあるからねぇ」
その手法で生き残ってきたのって、初穂と陽兄くらいじゃないのか?
……まあ、陽兄はそんなことしなくても生きてこれてるんだろうけど。
「私のファンクラブの女の子の中に、親が社長って子も何人かいるけど。紹介しようか?」
「妹のファンに仕事紹介してもらうのは、さすがに兄としてのプライドが疼く」
大きな声で笑いながら、初穂はもらったお菓子の袋を開けた。
スマホで自撮りを撮影して、何やらSNSに投稿している。
「……なにしてんの?」
「ファンサだよ。
君からもらったお菓子を食べてるよ、ってアピールしてあげてんの。
そしたら女の子が嬉しい気持ちになるでしょ」
「それって一般人のやることなの?」
陽兄や瑠璃姉はモテるけど、自分を好いてくれる人に、そんなことをしてるのを見たことがなかった。
陽兄も女の子を助けはするけど、サービスって感じじゃなかったし。
「空も昔からモテてたじゃん。
バレンタインデーとかもエコバッグ二個くらい持ってってたし。
まあそりゃ、陽兄と比べたら少ないけどさ」
俺も確かにモテる方なんだとは思うけど、この家にいると感覚がおかしくなるのだ。
俺は普通にランドセルを背負っていたし、宿題も自分でやっていたし、様付で呼ばれたことないし。
初穂が唐突に筋トレを始めて、俺が夕飯の支度に取り掛かった頃、インターホンが鳴る。
玄関を開けると、息を切らした藍莉ちゃんが立っていた。
俺が言葉を発する前に慣れた足つきで家のリビングに入ってくる。
「はつほちゃん!!!!
さっきの投稿みた!なんで?!
なんで私があげたチョコレートじゃなくて、他の子があげたやつ食べてるの?!」
逆立ちしていた初穂の顔を覗き込むために、我が家の床に頬をこすりつけて、藍莉ちゃんは問いかける。
初穂が逆立ちをやめると藍莉ちゃんも立ち上がった。
「ごめん、ごめん。
でも藍莉とは毎日一緒に登下校してるじゃん?
結構、過剰サービスって言われちゃってるんだよ。
藍莉だって私のファンの子に嫉妬されて、先週靴隠されてたじゃん」
「初穂ちゃんとの関係嫉妬されて隠された靴なんて、むしろ勲章じゃん!!」
その後も藍莉ちゃんは半分泣きながら初穂への熱い愛をつらつらと語る。
「……あの、藍莉ちゃん。
横からごめんだけど、初穂と登下校してるの?
自転車追いつけてるのすごくない?どーゆーこと?」
「空くんは黙っててください!!
私はこんなに初穂ちゃんが好きなのに、どうして初穂ちゃんは私以外を見ちゃうの?!
どうすれば初穂ちゃんは私のものになるの?!
初穂ちゃんの為なら死んでも良いのに!
初穂ちゃんは私が何をすれば私だけを見てくれるの?!」
重すぎる愛を目の当たりにして俺は息を呑んでしまった。
しかし初穂は少しだけ黙ってから藍莉ちゃんの手を握り、笑顔で言う。
「藍莉、好きでいてくれてありがとう」
空気が止まって、俺の出している水の音が部屋に響く。
しばらくすると藍莉ちゃんは初穂に抱きついて玄関に向かっていった。
「忙しい時間にごめんなさい。
初穂ちゃん、取り乱してごめんね」
「ううん。
私のために必死になる藍莉がいつだって一番可愛いよ」
藍莉ちゃんが出ていくのを確認すると、初穂はまた逆立ちを始める。
そして逆立ちのまま、俺の方にやってきた。
「空、クビになったなら、梅ちゃんとの同棲って白紙に戻っちゃうんじゃないの?」
「足元から声が聞こえてくるの怖いんだけど」
「八代家に生まれた者として、女の子を不幸にするのだけは絶対やめてね」
逆立ちから元の姿勢に戻り、鳴り続けるスマホのメッセージ全てに高速で返信していく妹が我が家の次女なのである。
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