6章 キミとポスターと、ヒーローのお話
第19話
1
ポスターは、クラスメイトの協力のおかげで次の日には完璧にできあがった。
すぐに先生のところに持って行って、掲示の許可のハンコをもらって、そのままひとりで昇降口へ。
掲示板のスペースはわりと余裕があって、どこに貼ろうか逆に迷う。
人の流れを考えないとダメだよね。
ポスターの上の端を持ってあっちに行ったりこっちに行ったり。
靴箱の位置や玄関の位置を確認しながら試していると、
「あー! マルちゃんじゃん!」
突如廊下に明るい声が響いて、わたしは小さく肩を跳ねあげた。
振り向くと、こっちに向かってダッシュしてくる倉内くんの姿がある。
ちょうど帰るところなのか、肩には学校指定のバッグと、てかてかしたスポーツバッグをさげている。
「ポスターできたの? いいじゃん。目立つ目立つ」
倉内くんは相変わらず華々しいイケメンで、相変わらずわたしなんかに調子よく話しかけてきた。
なんでこんなに構いたがるのかぜんぜん分からない。
でもわたしがうまく反応できないうちにポスターを取り上げて、上から下へと眺めてご満悦の顔だ。
「これどこに貼るの?」
「えっと、この辺?」
適当に指をさすと、彼はデッサンに迷う画家みたいにうーんと顔をしかめて、
「もうちょっと上の方がいいんじゃ? 画鋲貸して」
「うん……」
四つだけ持ってきていた画鋲を手のひらに転がし、倉内くんの方に差し出す。
彼はわたしが貼ろうとしていたところよりももう一段くらい上に狙いを定めてぷすりと画鋲を押しこみ、迷いなく四つの角をきれいに止めた。
「――いいんじゃない?」
少し下がって出来栄えを眺める倉内くん。
確かに、デザイン的にもポジション的にも、他の掲示物の中で一番目立つ。
「永人だったらもっと上まで届いたんだろうけど、これくらいが見やすいよな」
「うん。永人くん大きいもんね。ありがとう、倉内くん」
「どういたしまして!」
倉内くんはきらっと光りそうな笑顔でそう答えた。
それで用が済んでいってしまうかと思いきや、倉内くんは立ち去らず、わたしを見下ろす。
わたしは首をかしげた。
「なに?」
「マルちゃん、永人のことどう思う?」
いきなり斜め上の質問が飛んできて、ぎょっとした。
「なに、急に」
「いや、ふつうに。どう思うって話」
にっこりする倉内くんに、「どうって……」と返したきり口ごもる。
かっこいいな、とか、いい人だなとか、いつも思ってるけど……そういうことを誰かに言うのはちょっと恥ずかしい。
わけもなくほおを触りながら、とっさにわたしは答えた。
「ヒーロー、かな」
「ヒーロー?」
倉内くんには一瞬変な顔をされたけど、我ながらけっこういい例えだと思う。
だって、永人くんはハチのピンチに立ち上がってくれたのだ。
まさに、ヒーロー。
と思ったら、倉内くんはプッとふきだし、廊下いっぱいに響くほど爆笑し始めた。
「な、なんで笑うのー?」
「いや、永人も同じこと言ってたんだわ。マルちゃんは俺のヒーローだって」
「わたしが、ヒーロー?」
ひどくトンチンカンなことを言われた気がして、ちょっと前の倉内くんみたいに変な顔をしてしまった。でも、すぐに思い当たる。
「それは……永人くんちの猫を助けたから、かな……?」
「にしても女の子にヒーローはなくない? そういうとこダメだよねーあいつ」
「永人くんはいい人だよ!」
ムッとしてつい言い返してしまった。
わたしの例えが微妙でも、永人くんを「ダメ」なんて言わせたくない。
反抗的に倉内くんを見ていると、彼は表情を引っこめて、わたしの顔をじっと見た。
……言いすぎた?
心配になったとたん、彼はなぜか腕組みしてうんうんとうなずく。
「そうだよね。永人、いいやつだよね」
「うん……。ホント、すごく助けられてるよ」
「だよね。俺も」
なんだ、分かってるじゃん。
わたしは肩の力を抜いた。
初対面からよく分からない人だった倉内くんと、はじめて共感できた気がする。
「でも、何の話? 永人くんがどうかした?」
「あーうん」
生返事をした倉内くんが、目の端でちらっとわたしを見た。
意味深な目。
警戒していると、倉内くんはくちびるの端を持ちあげて、内緒話をするように言うのだ。
「マルちゃん、永人と一緒に青春したくない?」
「青春?」
思わず眉間にしわを寄せてしまった。
「なに、それ。どういうこと?」
「みんなで思い出山ほど作るの。楽しそうじゃね?」
「う、うん……」
よく分からないけど、思い出を作るのは楽しい……よね。
クラスでポスターを作ったのも、文化祭みたいな大きなイベントでもないのにやたら楽しかった。
青春するって、ああいうこと?
つっこんで聞こうと思ったとき、
「くーらーうーちー!」
遠くから低い声が響いた。
倉内くんが「やべ」と飛びあがり、振り返る。
永人くんだ。
廊下の端から人差し指でまっすぐ倉内くんを指さしている。
「倉内おまえ、マルちゃんに変なこと吹きこんでるだろ!」
「いやいや言ってない言ってない!」
永人くんの怒りの声が反響し、倉内くんは髪が浮くほど首を振り回した。
さっきまでにこにこしてたのに、顔が引きつっている。
「倉内くん、何かやったの?」
「やってないよ。まだ。――じゃあね、マルちゃん! 俺部活行くわ!」
「え、あ、うん。ばいばい……」
猛然とこちらに向かってくる永人くんから逃げるように、倉内くんは靴を履き替え校舎を飛び出していった。
わたしは、一方では離れ、一方では近づいてくる二人の間でおどおどと視線を行き来させる。
ケンカでもしてるんじゃないかと思ったのだ。
やがて息を切らしてわたしのところまでやって来た永人くん。
ずれたメガネを戻しながら(今日はメガネの日だ!)、勢いよくわたしを見る。
「マルちゃん、あいつなんか変なこと言わなかった?」
「う、うーん……べつに変なことは言ってないけど」
永人くんと一緒に青春するとか――意味はちょっとよく分からないけど。
変とまでは言わないよね。
「そっか……」
永人くんが安心したように膝に手をつき長い息を吐いた。
さっきまで倉内くんに怒ってるのかなって思ったけど、そうでもないみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます