5章 キミと勇気と、クラスメイトのお話
第15話
1
週が明けて二日目、火曜日の昼休みだった。
いつもどおり購買の混雑が過ぎるのを待って昼ご飯をゲットし、中庭のベンチで手早くランチを済ませて教室に戻ると、なぜかわたしの席に永人くんが座っていた。
「あ、マルちゃん」
にっこりと笑いかけられて、わたしはドアのところで一度立ち止まり、目をぱちぱちさせる。
英文科と理数科は、階段を間に挟んで右と左で分かれていて、ふだんあまり行き来がない。
校内で永人くんを見かけることはほとんどないから、正直かなり驚いた。
「どうしたの?」
すぐに駆け寄ると、永人くんはわたしの席をあけながら「ハチの飼い主探し」と言って笑った。
「とりあえず知り合いから回んないとって思って。ニーナたちに話してたとこ。ね?」
言いながら永人くんが目を向けたのは、わたしの前の席の新名さんだ。
かたわらには、住田さんの姿もある。
確か三人は同じ中学出身だったはずだ。
「野上さん、引っ越してから猫飼えなくなったんだってね」
永人くんから事情を聞いたんだろう。住田さんがそうきいてきて、わたしは力いっぱいうなずいた。
「おばあちゃんが病気で同居することになったけど、アレルギーもあって……」
「へー。大変だね」
一緒に聞いていた新名さんが、頬杖つきながら言った。
わりと淡泊な反応だったから、わたしは少し身構える。新名さんはクールで、実はちょっととっつきにくい印象なんだ。
でも一方の住田さんは、
「それで猫とお別れってつらいね」
と、眉尻を下げていたわってくれる。
仲の良さそうな二人だけど、リアクションはバラバラなのが不思議だ。
「二人とも猫飼ってるんだよ。ニーナんちはアメショーのオス二匹で、住田んちはシャム猫だっけ?」
永人くんがそう紹介すると、二人はうん、とそれぞれうなずいた。
なるほど、二人が猫好きだから、永人くんはわざわざ話しに来たのだ。
でも、同じ猫でも二人の愛猫はお坊ちゃま猫、お嬢さま猫だ。雑種のハチワレ猫はお呼びでないかも。
内心怯んだわたしに、住田さんが笑いかけてきた。
「野上さん、猫ちゃんの写真ある?」
「あ、うん。あるよ」
「よかったら見せてー」
住田さんにせがまれて、わたしは急いでスマホを取り出す。
何の自慢にもならないけど、わたしのスマホに入っている写真は九割がハチの写真だ。
真正面からこっちを見るかわいい顔。
Cの字を書いている寝姿。
目の中に縦線が入った怖い顔。
おかしの箱についていたリボンで必死に遊ぶ姿。
写りのよしあしも関係なしにどんどん見せていく。
もちろん、動画も。
「ハチワレなんだー。脚の先だけ白いのかわいい。こんなにきれいにクツシタはいてる子もめずらしいねー」
住田さんがにこにこした。
「オスだね。体大きい」
新名さんが、教える前からそう断言する。
二人とも、さすが猫を飼っているだけある。
分かってるなあ。
わたしは、ここぞとばかりにアピールを開始した。
「今四歳くらいなの。あんまりイタズラしないし、人間のごはんには手を出さないし、猫好きな人にはすぐなつくよ」
「そうそう、俺の膝にも乗ってくれたもんなー」
永人くんが横から口を出し、写真をのぞいて頬をゆるませた。
「やべー。やっぱかわいい。ハチかわいい。すげーかわいい」
土曜日もさんざんハチを褒めちぎってたけど、永人くんは今日もめろめろだ。
かわいがってくれるのはうれしいんだけどね。
新名さんは、あきれたように永人くんを見ている。
「山岡っち、相変わらず猫ばかだね」
「だってかわいいじゃん。猫は世界を救うよ」
「ホントばか」
新名さんはずばりと言ったけど、永人くんはぜんぜん気にした様子もなく、ハチの写真に夢中だ。
しまいにはわたしのスマホを独占して、とろけた顔をして「ハチはお口がかわいいなー」なんてマニアックなところに目をつけ始めるくらいだから、彼の猫好きはかなりのものだと思う。
そうして永人くんがハチに夢中になっているうちに、わたしは、新名さんと住田さんの方に向き直った。
「二人の家で飼うのは……難しい……よね?」
「うちのマンション、ペットは一匹までって決まってる」
「うちも、前にもう一匹欲しいって言ったけどダメだって言われたんだー」
「そっか……ありがとう。あの。もし猫飼いたいって人がいたら、紹介してほしいな。わたしもたまに顔が見られるとうれしいけど、ハチのこと大事にしてくれる人ならそれで大歓迎だから」
もう人見知りだとか言っている場合じゃない。
わたしはハチのためにただただ一生懸命になってそう訴えた。
すると、
「わたし心当たりあるかもー」
住田さんが小さく手を上げた。
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