第1話

教室の窓を雨が打っていた。五時限目の授業がはじまる頃に降り出して、帰る頃にはざあざあと、大きな雨粒が強く音を立てるようになった。

 海原かいばらアオは通学鞄に教科書やノートを詰め込みながら外を見る。「気を付けて帰れよ」と教室を出て行く担任教師の声がした。クラスメイト達がばらばらと挨拶を返す。アオは雨を眺めて、どう気を付けて帰ろうか考えていた。

 ――カシャ

 思案する、その横顔を撮られた。音のした方を見ると、平野舞ひらのまいがレンズが三つ搭載されたスマートフォンを構えている。


「傘忘れたなあーって顔ね!」


 舞は真剣な顔で撮った写真を確認した後、ニッと笑った。曇天をものともしない明るい表情だ。目が丸く大きく、短い髪の毛は軽快に揺れる。


「うん。傘、忘れた。おばあちゃんが持って行きなさいって言ってくれてたのに」

「今ごろ呆れてるんじゃない?」

「今日は私より早く出かけて、夜は遅いみたいだからまだバレてないとは思うけど。舞はどう? 傘ある?」

「あるわよ。一緒に入れてあげてもいいけど、ある程度濡れてからね」

「なんで?」

「制服が濡れているアオを撮りたいから」

「貸して貰えないか先生に相談するよ」

「あら残念」


 通学鞄を肩に引っ掛けると、舞の鞄にもついている、色違いのキーホルダーが揺れる。アオは青色、舞は赤色のリボンをした鹿のぬいぐるみだ。ランドセル、中学の鞄、現在の鞄とつけ続けている為、大分色あせて、アオの鹿にいたっては補修した跡があった。


「けど、こんな時にはあのストーカー呼び出したらいいんじゃない?」


 二人は二秒ほど見つめ合う。舞の言うストーカーには心当たりがあるが、アオ自身はそこまで悪質であると思ったことはない。やっていることは、ストーカーと言われても仕方がないとも思うが。


「伴雷くんはストーカーでは」

「ストーカーじゃない? ホントに?」

「ストーカーではない」

「けどたぶんアイツ、今日アオが傘持って行ってないこと知ってるわよ」

「舞が言ったから?」

「私は言ってないけど」


 二人は再度、教室の窓から外を見る。ふと、校門のあたりに人だかりができていることに気付く。


「ああほら、いる」


 囲まれているのは一人の男だ。シルエットはひょろりと細長く、派手な色の羽織カーディガンが特徴的である。雨だというのに傘を持った生徒に囲まれ、談笑している様子である。


「明らかにやばい奴なのに人気ね」

「割とよく来るから」

「アオに会いにね」


 舞の言う通りだろう。校門で生徒に囲まれ、今、教師にも親しく声をかけられている。合田伴雷あいだばんらいは、教師と二言三言話をすると門を越えて、一年三組の教室の方を迷わず見上げた。雨だと言うのに薄い黄色のカラーサングラスをかけている。アオを見つけると、アオに向かって傘を振った。

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