第46話 殺されないだけ

 アマンダさんと別れ、ふんふんと鼻息荒く廊下を歩く。

 ふと、このまま進むと、昨日の現場に行き当たってしまうことに気づく。

 迂回うかいするために廊下を曲がったんだけど、一度ギンに案内してもらっただけだから、迷ってしまった。


(こんなところ、さっさと出ていきたいのに……)


 そんな時だ。

 視界の端を、鮮やかな金髪がぎった。


(あ、キャスパー博士……)


 確かギンが資料室と紹介していた部屋だ。

 資料室というより、ブックカフェのようなお洒落な内装だった。


 資料を保護するためだろう、窓は隅っこに一つしかない。

 その窓際に置かれたソファに、キャスパー博士は腰掛けて、分厚い本を読んでいた。


 一人掛けの、革張りのゴツいソファだった。

 アマンダさんが座れば様になりそうだけど、小柄なキャスパー博士が腰掛けていると、アンバランスで可愛らしい。


(……彼女とダンジョン談義がしたい。それが無理でも、サインが欲しい……)


 ダンジョンマニアの私にとって、彼女はアイドルのような存在だ。

 今回の騒ぎで、何度かニアミスしたけれど、会話らしい会話はしていなかった。


(気性が荒いって噂は聞いてるけど……)


 私は恐る恐る資料室に足を踏み入れた。


「あの〜……すみません、キャスパーさん」


 彼女は、ぱらりと本をめくった。

 気を遣って小声で話しかけたけど、聞こえない距離ではなかったはずだ。

 ヘッドホンやイヤホンをしている様子もない。


(……もしかして、日本語がわからないのかな?)


 そう思ったけれど、私の知る限り、キャスパー博士は語学が堪能だ。

 日本語も話せたはずだけど……。


(そういえばアマンダさんも、四カ国語が話せるって言ってたな……)


 英語、日本語、中国語、韓国語っていう、めちゃくちゃかたよったクァドリンガルだ。

 彼女の自信に満ちた顔を思い出し、もやっとした気持ちが再来した。


 普段の私なら、なにかを察してそこで引き下がっていたと思う。

 キャスパー博士の視界に、私の姿は入っているはずだから。

 なのに彼女は、顔を上げようともしないのだ。


 その時点で拒絶の意思を十二分に嗅ぎ取ることができた。

 でも色々とあってやさぐれていた私は、そこでさらに一歩踏み込んでしまう。


「あの、私は全然気にしてないですから。不正アクセスしたのは事実なんだし、あれくらいはまあ、仕方ないかなって」


 キャスパー博士と話してみたい。

 その思いで、譲歩したつもりだった。

 でも返ってきたのは……。


「チッ」


 苛立たしげな舌打ちだった。


「お前、なにもわかってねえな」


 凶悪な三白眼で、ギロリと睨まれる。

 小柄で少女然とした見た目なのに、信じられないくらい迫力があった。


「……え?」

「なに被害者ぶってやがんだ。興味本位でサーバーをちょっと覗いたら、拉致されて酷いことされたってか?」

「いや、それは……」

「ふざけんじゃねえぞ。殺されないだけ、ありがたく思え。私は今でも、お前をバラバラにして埋めるべきだって思ってんだ。アマンダとギンに感謝しろ、ボケが」


 キャスパー博士は立ち上がり、私の方に詰め寄ってくる。

 思わず飛び退しさって、背中を本棚にぶつけた。


 キャスパー博士は、苛立たしげな足音を響かせながら、資料室から出て行った。

 振り返りもしない。


「な、なんで……」


 じわっと涙が滲む。


(ただ、お話がしたかっただけなのに……)


 気性が荒いにも程がある。

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