第36話 親友との出会い その1

 回想が続いて申し訳ありません。

 展開を早くしすぎたせいで、「ここにしか回想を入れる余地がない!」という状況になってしまいました。

 とりあえず最後まで書いてしまってから、全体の構成を見直そうと考えています。

 引き伸ばしてやろうとか、焦らしてやろうといった意図がないことだけは、ご理解いただけると幸いです。


 ——————————


「ダンジョンマガジン」


 声が突然降ってきて、私はハッと顔をあげた。

 雑誌に集中していたせいで、人の接近に気づかなかった。


(まさか、こんな校舎の隅にまで……)


 特別教室ばかりの別館三階。

 第二美術室の、廊下にまではみ出した備品のさらにその先——。

 ガラクタばかりに囲まれた、薄汚れた校舎の果てが、私の安息地あんそくちだった。

 ここに逃げ込んだ時だけ、私は緊張と不安から解放される。

 それなのに……。


 私の反応に、声をかけてきた少女も驚いていた。

 見かけたことがない、可愛らしい人だった。


「ごめんね、驚かせちゃったみたいで。先生に備品をとってくるように頼まれて」


 私を追ってきたわけではないと知り、ほっと胸を撫で下ろした。

 足元を確認すると、上履きは赤色だった。

 二年生。

 一つ上の先輩だ。


 上履きには大きく『鈴木』と名前が書かれている。

 私の青色の上履きにも『東雲しののめ』と名前が書いてあった。

 転校してくる前に、学校側からそうするようにお達しがあったのだ。


 それがこの学校のルールだからと。

 でも転校してきて初めて知った。

 そんなルールを守ってる人なんて、ほとんどいないことを。


「……ひがしぐもりさん?」

「あ、しののめです」

「へぇ、恰好いい名前だね」


 あまり漫画やアニメをたしなまない人のようだ。

 先輩はしゃがんで、廊下に座り込んでいる私と目線の高さを合わせた。


「それにしても、東雲さん。ダンジョンマガジンなんて呼んでるんだ」


 ダンジョンマガジンは、翻訳された論文や冒険者のインタビュー記事なんかを載せている、かなり硬派な雑誌だ。

 一年半ほど前に、世界はダンジョンと繋がった。

 雑誌なんて読まなくても、ネット上にはダンジョン関連の情報が溢れかえっている。

 でもだからこそ多くのデマや流言りゅうげんが含まれていて、こういう一次情報だけが載った雑誌はありがたかった。


 とはいえ、女子中学生が読むものとしては、相応ふさわしくない。

 私がどう返答していいか迷っていると、先輩がにっと歯を見せて笑った。


「私も、毎月購読してるんだー」

「せ、先輩も、ダンジョンがお好きなんですか?」


 同志だと知り、胸が高鳴ったんだけど……。

 先輩は顔を歪めて、


「大っ嫌い」


 と言った。


「えぇっ!?」

「でも身内にダンジョン好きがいるから、仕方なくね」

「そうなんですね……」


 なんだかよくわからないけれど、大変そうだ。


 予鈴が鳴る。


「あ、早く備品を持って戻らないと。先生に怒られちゃう」


 先輩が立ち上がった。


「東雲さんも、そろそろ戻ったほうがいいんじゃない?」

「……そうですね」


 私は重い腰を上げた。

 すると先輩がギョッとするのがわかる。


「……すごい大きいね」


 私はここ一年で、急激に身長が伸びた。

 たぶん百七十センチは超えている。

 男子を入れても、クラスで一番の長身だ。


「すみません……」

「どうして謝るの? スタイルが良くて羨ましい」


 そう言ってくれるけれど、素直には喜べなかった。


「ねぇ、東雲さんは昼休み、いつもここにいるの?」


 傷口を撫でられるような感触がある。


「……はい」

「よかったら、私も遊びに来ていい?」

「え?」

「なんか隠れ家みたいでいいなって。それに、ダンジョンの話ができる友達、欲しかったんだよね」

「友達……」


 胸に、ぽっと小さな火が灯る。


「あ、もちろん東雲さんが嫌なら……」

「い、嫌じゃないです! こちらこそ、ぜひよかったら……」

「東雲さんは、部活やってる」

「いえ」

「じゃあさ、今日の放課後はどう?」


 私たちは今日の放課後、ここで落ち合う約束を交わした。


 転校してきて初めてだ。

 こんなに気持ちが浮つくのは。

 でも教室が近づくにつれて、気分はどんどん落ち込んでいった。


 私のクラス、一年二組に着く。

 恐る恐る扉を開けると、クラスメイトたちの視線が集まる。


 大半が、同情する目だ。

 でも一部、あざけりの色を含んだ視線もある。

 特に、窓際の最後列に集まったグループから……。


 私はそちらの方を見ないように気をつけながら、自分の席に向かった。

 そして……。

 ゴミまみれの机を認める。


 いつものことだ。

 今更、狼狽うろたえたりはしない。


 ゴミを片付けると、その下の落書きがあらわになる。

 半分くらいは、意味がわからない。

 ただ、悪口だということだけは伝わる。

 彼女たちは、こんな語彙ごいをどこで仕入れてくるのだろう。


 私は、窓際の最後列をチラと見た。

 水野千冬みずのちふゆと、その取り巻きたち。


 私が転校してきたこの学校は、荒れた中学だった。

 時代が時代だからか、わかりやすい不良のような生徒は少ない。

 でもその分、見た目は普通なのに、信じられないくらい性格のひん曲がった人がいる。


 私のクラスでいえば、水野千冬がその筆頭だ。

 小柄で可愛らしい見た目なのに、内面は酷く陰湿いんしつだった。


 きっとコンプレックスの裏返しでもあると思う。

 勉強ができるわけでも、運動ができるわけでもない。

 可愛いといっても、あくまで地元の中学校の中ではの話だ。

 弱いものイジメをすることでしか、彼女はアイデンティティを確立できない。


 そんな彼女が、なぜこうも傍若無人ぼうじゃくぶじんに振る舞えるのか。

 あのパーソナリティなら、彼女が仲間外れにされてもおかしくないのに。

 その理由は、怖い先輩と繋がりがあるかららしい。


 毒島姫路ぶすじまひめじ

 三年の先輩で、水野千冬なんかとは比べ物にならないほどの悪人だという噂だ。

 暴行傷害窃盗売春斡旋……。

 どこまで事実なのかはわからないけれど、本当に同じ中学生なのかと疑いたくなる。


 この毒島先輩と水野千冬は、幼馴染なのだという。

 その繋がりがあるから、彼女はクラスの中で女王様のように振る舞えるのだ。

 まさに虎の威を借る狐だった。


 まだイジメのターゲットにされる前、クラスメイトが教えてくれた。


「この学校にはね、絶対に関わっちゃいけない先輩がいるの……」


 まるで誰かに聞かれることを恐れるように、声を潜めて。

 その後すぐにイジメのターゲットにされてしまったから、詳しいことは聞けていない。

 でもその噂の毒島先輩のことで間違いないだろう。


 毒島先輩とは、会ったこともなければ顔を見たこともなかった。

 これも噂に聞いただけだけれど、なんでも院に入っているというのだ。

 院とはつまり、少年院のことだろう。


 そして……。

 彼女はそろそろ、少年院から出てくるらしい。


(毒島先輩が出てきたら、どうなるんだろう……)


 今ですら、地獄のような学校生活なのに……。

 想像するだけで、目眩がするほどの恐怖に襲われる。


(とにかく、落書きを消さないと……)


 私はアルコール入りのウェットティッシュを取り出して机を拭いた。


「うっわー。アルコール臭ぁ。誰ー? 酒なんて飲んで学校に来るバカは?」


 水野千冬のわざとらしい声。

 取り巻きたちの追従笑ついしょうわらい。


 それが私の日常だった。

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