ソロキャンパー俺、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、俺だけが知らない〜

相上和音

第1話 ジローのソロキャンプのんびり配信#584

「おはようございま〜す。ジローで〜す。今日も一日、元気にソロキャンプしていきたいと思いま〜す。なんて、いつもあいさつしてるけど、見てる人本当にいるのかな? アナログ時計しか持ってきてないから、昼か夜かわかんないんだよね。今は昼の二時だよね? あ、おはようじゃなくてこんにちはか」






”夜中です”


”いるいるいる! 見てる人めっちゃいる!”


”夜中なのにもう三千人もいるやん”


”予告なしの配信開始直後でこれだからな。これからもっと増えるぞ”


”こんばんは”






「えっと……。さっき起きたばかりで、とりあえず飲み水探すついでに四階層ほど降りてみたんですけど。だから今は東池袋S級ダンジョンの四十二階層かな?」






”前人未到で草”


”え、待って。S級ダンジョンで四十階層突破したの、世界初じゃない?”


”さすがに虚言だろ”


”この人はよく勘違いするけど、嘘はつかないよ。これまで何千何万って人が検証して証明されてる”






「備蓄食料が底をついたので、何か食べるものが欲しいんだけど……。あ、ミナゴロシダケがある。これから初めてダンジョンに潜るよって人は、こいつに気をつけてください。ダンジョン内で最も人を殺したのは、凶悪なモンスターではなく、このミナゴロシダケっていうね。とても香ばしい匂いがして、空腹時に嗅いでしまうと、毒だとわかっていても我慢できずに食べてしまう。そしてその死体を苗床に数を増やす。そんな恐ろしいキノコです。まあ今更、俺が注意喚起するまでもないか。パーティーのうちの一人は、常になんか食っとけってのが鉄則みたいだし。止める役がいないと、マジで全滅しかけないからね。ダンジョンの至るところに生えているのもタチが悪い。あー、腹減った。……美味そうだなこれ」






”やばいやばいやばい!”


”S級の四十二階層まで来てミナゴロシダケに殺されそうなの草”


”いや笑い事じゃないって!”






「実は意外と知られてないんだけど、ミナゴロシダケには安全に食べる方法があるんですよね。ピンクスライムの胃酸に、ミナゴロシダケの毒素を中和する作用があって。スライムに胃はないから、胃酸は変か。なんだろう。消化酵素とか? とにかく、石とかに肉の匂いをつけて、スライムに食べさせるんですよ。異物を飲み込んだスライムは、消化酵素ごとその異物を吐き出します。その消化酵素にミナゴロシダケをつけるだけでオッケー。数分で色が白から赤茶色に変わるので、食べごろもわかりやすい。あとは念のため火を通せば、安全に美味しく食べられます」






”学会発表クラスの情報がサラッと出てきやがった。これだからこの人の配信はやめられない”


”これマジだったら、ダンジョン攻略の食料問題がかなり改善されるじゃん”


”それどころか攻略のセオリーが根底からガラッと変わるって”






「でもねー。この階層まできちゃうと、スライムなんて逆にお目にかかれないからなー。どうしよう……」






”ミナゴロシダケ見つめたまま固まってる!”


”ダメダメダメ! ジローさん!”


”なんでこの人、いつも一方的に配信するだけでコメント見ないの!?”


”ジロー!!!!!”






「あ、ゾンビ! 見て見て見て、みんな! ゾンビいる! いやー、今日も元気にうなってますね〜」






”あ、キノコ捨てた。よかった……”


”ジローの配信、マジでハラハラする……”


”赤ちゃん並みに目が離せないな、この人”






「ゾンビに噛まれたり引っ掻かれたりすると、ゾンビウイルスに感染して、自分もゾンビになっちゃう! なんて言われてますよね〜。じゃあせっかくなんで、ちょっと噛まれてみましょうか。あ、痛い! あはは! 生きがいいですね〜。痛い痛い痛い! あはははははは!」






”怖”


”なにしてんのこの人!?”


”なにがせっかくなんや……”






「安心してください。噛まれるとゾンビになってしまう、なんてことはありませんから。ゾンビって名前やこのビジュアルのせいで、噂が一人歩きしているだけです。……まあでも、ゾンビの口腔内こうくうないは野良犬の二千倍は雑菌がいるって話ですからね。噛まれたらまず間違いなく感染症で死にます。気をつけてください」






”気をつけてください(キリッ)じゃないねん”


”こっち見んな”


”なんでゾンビに噛まれながら、真剣な顔で注意喚起できるの……”






「痛てて……。結構深く噛まれちゃいましたね。でも備えあれば憂いなし。こういう時のために、ちゃんと薬を用意しています。ダンジョン内で取れた素材で調合した薬なんですけど、この程度の傷なら数分で完治する優れものです。しかも素材は簡単に採取できるものばかり。みんなも、ダンジョンに潜る時は、もしもに備えて準備しましょうね」






”そのレシピを教えてくれよ!”


”ハイポーションより治癒力すごくね?”


”調合法の特許取るだけで何億って稼げそう”


”アホか、桁が二つたらんわ”


”ジローさん大丈夫? 製薬会社から命狙われそう……”


”ミボランテ事件で懲りてるでしょ。ジローにちょっかいかけて、世界有数のギルドが滅んだんだし”


”今は世界中のギルドが、仲間に引き入れようと動いてるって噂”






「あとゾンビの間違った認識で言うと、ゾンビ=腐ってるっていうのも誤解ですね。腐ってるように見えるのは、人間でいう垢みたいなものです。汚いのは表面だけで、だから腹をさばくとですね……。ほら、体の内側は綺麗なピンク色でしょ? この肉が意外と美味いんですよねぇ」






”ギャアアアアアアア!!! グロォォオォオオ!!!”


”ガチの飯テロやんけ……”


”三日は肉学園……”


”なんや肉学園って”


”すまん、肉が食えん……”






「ちなみにゾンビの構造って、人間とは似ても似つかないんですよね。内臓も骨も神経も脳ミソもない。完全な肉の塊。なのに人型をしてるってのが面白いですよね〜。人を恐れる魔物も多いから、きっとこれも生存戦略なんでしょう。あ、そうだ、みんなは魔物と魔獣の違いって知ってますか? 字面から、人型なのが魔物で、獣型なのが魔獣って勘違いしてる人がいるんですけど、実は食用に適しているのが魔獣、適していないのが魔物って分類なんですよね。まあこれは学術的なものではなくて、あくまで日本だけの分類の仕方なんですけど。食べられるか食べられないかで分けるってのが、日本人らしくて面白いですよね〜。だからゾンビは、実は魔物ではなく、魔獣なんですよ」






”ウンチクもちゃんと面白いんだよな”


”でもゾンビを食べるのはお前だけやぞ、ジロー……”


”うわ、もう同接二万超えてる”


”海外勢のコメントも増えてきたね”






「では早速、調理開始! まずは安全のために、頭と手足を切り落とします。そりゃ!」






”なに今の? 九頭龍閃くずりゅうせん?”


”どうやったら一撃で頭と手足を切り落とせるのかの、誰か説明して”


”一撃で五撃放てばええんや”


”なるほど”






「頭と手足の肉は筋張ってて美味しくないので捨てちゃいましょう。あ、でも切り落としても三日は動くので、気をつけてくださいね。遠くに捨てちゃうか岩の下敷きにしちゃうのが無難ですかね。それで肝心の胴体なんですけど、ここで注意点が。人間でいう鳩尾みぞおちのあたりに、ゾンビのコアがあります。そこが傷つかない限り、ゾンビは無限に再生するんですよね。ほら、これがコアです。周りの肉に比べて赤みがかってるから、わかりやすいでしょ? ゾンビは貴重な食材なので、必要な肉をもらったら、コアには触れずにリリースしましょう」






”本当に誰も、この人の詳細を知らないの?”


”名前くらいしかわかってない”


”ジローが本名かもわかんないしね”


”過去配信で、ジロウって名前がコンプレックスって言ってたらから、本名で間違いないと思う”


”二郎? 次郎? とりあえず次男坊なんだ”


”名前が派手で目立つのが嫌とも言ってたよ”


”ジロウは目立つ名前じゃないし、苗字が珍しいんだよね、きっと”


”日本人で同じ名前の人見たことないって言ってたから、相当レアだと思う”


”なんで「日本人で」って限定したんだろ”


”響きが外国の名前っぽいんじゃない? それを当て字にしたような苗字っていう”


”二十代後半。身長は一七五センチくらい。名前がジロウ。苗字が相当珍しい(響きが外国っぽい?)。次男坊。わかってるのはそれくらい?”


”苗字がそんなに珍しいなら、特定できそうなものだけどね……”






「あとゾンビ肉には『ナンカゲンキニナール』っていう、地上にはない成分が含まれてるらしくて、滋養強壮じようきょうそうだけではなく、美容効果も確認されてるとか。薄暗いダンジョンに何ヶ月も潜ってるのに、俺がこれだけ元気なのは、その成分のおかげかもしれないですねー。それにしても、ナンカゲンキニナールってw ミナゴロシダケもゾンビもそうだけど、ネーミングセンスが面白いですよねー。ほら、地上だと新種を発見するのは学者さんとか偉い人だけでしょ? 知識がないと新種かどうかもわからないから。だからネーミングもまともになる。でもダンジョンだと色んな人が新種をバンバン発見するから、名付けがめちゃくちゃになっちゃうんですよ。いわゆるダンジョンキラキラネーミング問題ってやつ。国際機関が名付けを全て請け負うって話もあったみたいですけど、冒険者たちからの反発があって取りやめになったとか。俺はその辺こだわりがないから、勝手に名付けてくれるなら助かるんですけどね。いや、それにしてもw ナンカゲンキニナールw」






”……俺の記憶が正しければ、ミナゴロシダケもゾンビもジローが命名したはずなんだけど……”


”命名したというか、配信中にこの人が適当な名前で呼び始めて、それが正式名称になったって感じ”


”ちなみにナンカゲンキニナールも、三年くらい前の配信でジローさんが「ゾンビ肉食べると、なんか元気になるんだよね。変わった栄養素とか含まれてるのかな? ナンカゲンキニナールとかw」ってふざけて言ったのが、のちに正式名称に採用されたって経緯があります”


”なんなんこの人”






「ではでは、食べる分の肉を切り取っていきましょう。お腹が空いてるから、ちょっと多めに……。こらこら暴れるな。この剣はオリハルコン製で、モンスターを狩るのには適してるんですけど、調理みたいな細かい作業には向いてないんですよね。そういう時はこれです……。テレレテッテレー! 三ツみつくびドラゴンの逆鱗! これが包丁として使い勝手最高で、重宝しています」






”オリハルコン!?”


”三ツ首ドラゴンの逆鱗もやばくない?”


”サラッと伝説クラスの品物が二つも……”


”今の三ツ首ドラゴンの逆鱗、完品じゃなかった? 欠けてない三ツ首逆鱗なんて、初めてみたんだけど……”


”出回ってる三ツ首逆鱗は、古くなって抜け落ちたものでしょ? それでも十分レアだけど……。ジローが持ってるのは発色もいいし、もしかして……”


”え? 三ツ首を狩ったってこと? ソロで? A級パーティでも、出くわしたら即撤退のバケモンなのに……”


”てか三ツ首ドラゴンの逆鱗を包丁代わりにすんなよ……”






「あ、ちなみにだけど、狩ったわけじゃないですよ。さすがに三ツ首は狩れないです。寝てるところに忍び寄って、ブチブチって引き抜いただけです。三ツ首だから全部で三枚。そしたらブチギレちゃってw あははw さすが逆鱗w」






”よかった。ジローさんもやっぱ人間なんだ”


”いや、十分やばくて草”


”三枚も引き抜かれたら逆鱗じゃなくてもキレるやろ”


”やっぱ三ツ首はバケモンなんやな。ジローで狩れないなら誰にも狩れないやろ”






「あ、そうだ。これ、豆知識なんですけど。三ツ首ドラゴンって一つの個体だと思われてるじゃないですか? でも実は三体のドラゴンが集合した家族なんですよね。父、母、子の核家族。雌雄しゆうがくっついて、それから子供が誕生して、三ツ首になる。面白いことに、三ツ首ドラゴンには、お見合いの文化があるんですよ。顔合わせして、気に入ったらお互いの子が分離してツガイになる。そしてまた子供が生まれて三ツ首に。そうやって繁殖するんですよね。面白いでしょ? だからほら、二ツふたつくびドラゴンっているじゃないですか。三ツ首に比べて大人しく比較的弱いから、三ツ首の下位種族って位置付けですけど、それは大きな勘違いです。二ツ首は、子供を作れなくなった老夫婦ドラゴンなんですよ」






”また学会発表レベルの情報がサラッと……”


”だから二ツ首の素材は、三ツ首に比べて品質が悪いのか”


”年で劣化しちゃってるんだ。ドラゴンの年齢なんて、人間には見分けがつかんしな”






「そのことに気づくまでは、出くわすたびに美味しくいただいてたんですけどねー。中央の首は、切り落としても時間が経てば生え変わってくるから。でもどうやら中央の首は子供らしくて、生え変わるというより、ただ新しい子供を作ってるだけみたいで。それがわかっちゃうとねー、さすがにちょっと……。逆鱗をいただくくらいしかできなくなっちゃいました」






”そういう理由なんかい”


”やっぱ人間じゃないわ、こいつ”


”『狩る』とか『殺す』じゃなくて『美味しくいただく』って表現なのが、なんかもうやばい”






「でも三枚はさすがに必要なかったですねー。一枚だけ手元に置いて、残りの二枚は他の荷物と一緒に、三十八階層の宝箱で保管してるんですけど。忘れないように覚えとかないと。よし、綺麗にさばけた。あとは香草と一緒に蒸し焼きにすれば完成です。血がついちゃったんで、洗ってきますね。ついでにゾンビもリリースしてこよっと。少々お待ちくださーい」






”でた! ジローじるしの宝箱!”


”ジロー証? なにそれ?”


”ジローさんには持ち切れない素材や宝を、空の宝箱に保管する習性があるんです。でもそのことをすぐに忘れちゃうから、未開封の宝箱より豪華な宝箱ができちゃう。それがジロー証の宝箱って呼ばれています”


”リスやん”


”でもそれってジローさんのものじゃないの? もらっていいの?”


”法律的には微妙。宝箱の中身は第一発見者のパーティのものってことになってる。でも空の宝箱に希少な品を保管して、そのまま忘れる人がいるなんて状況は想定してない。だからかなりグレーゾーン”


”まあジローさんが気にしてないみたいだから、いいんじゃない?”


”ダンジョン法はまだまだ不完全だからな。宝箱は第一発見者のものってのも、色々と問題があるし。魔物に襲われてる最中に宝箱を発見して、マーキングだけして一旦離脱。魔物を撒いてから戻ってみると、別のパーティがいて揉めたり”


”でも開けた人のものにしちゃうと、横取りが横行しそうだから難しいところ。それを逆手にとって、マーキングだけしてずっと放置してる悪質パーティもいるし”


”『未開封の宝箱の権利』を売るんでしょ? ギャンブル性もあって高値がつくから、普通に開けるより期待値が高いっていう。それでも冒険者かよ”


”その辺はダンジョン省もすでに動いてて、すぐに規制されるでしょ”


”なんにしても、法律が全くジローさんに追いつけてない”


”ジローがめちゃくちゃするから、そのおかげで法整備が進んだって一面もあるけどね”






”ちょっと待って。なんでみんな、ボスのことに触れないの? この人が今、四十二階層にいるってことは、四十階層のボスを撃破したってことじゃん。しかもソロで。やばすぎでしょ”


”まあ、確かに”


”君、新参? その程度で驚いてたら身がもたないよ”


”チェルシー博士いわく、ジローはS級六十階層でもソロ踏破が可能って話だし。根拠は不明だけど、ジローの配信を見てると頷ける”


”これでも十分安全マージンを取ってるってのが驚きよな。本人はこれ、ソロキャンプのつもりらしいし”


”……あの、多分これまで何十万、何百万って繰り返し言われてきたことだと思うけど、改めて言っていい?”














”マジでなんなん、この人”




―――――

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