第2話
5月31日月曜日。
雲の欠けら一つ無い空を太陽が独占した日、母さんが死んだ。
道路に飛び出した子どもを避けようとした車が歩道につっこんで、たまたまそこを歩いていた母さんとぶつかったらしい。事故死だった。
訃報は学校で5時限目の授業をしている時。警察から学校に電話がきて、教頭先生が教室まで知らせに来た。僕は何かの間違いと思って母さんの携帯に何度も電話をかけたけど、繋がることはなかった。担任の先生が車で病院まで送ってくれて、病院の正面玄関に着いた途端僕は走り出した。ちゃんと靴を履いていなかったせいで途中で脱げて片方落としてしまったけど、そんなこと構っていられず靴下のまま地面を走った。一秒でも早く母さんの所に行きたかった。
受付で母さんの名前を告げると、すぐに黒いスーツを着た人や警察官がやって来た。彼らに案内されたのは病棟じゃなくて、人気のない長い通路、その先にあった暗くて冷えた部屋だった。冷たい空気が肌を刺す。祭壇の上に花と線香が乗っている。人の形らしきものが台に寝かされて、全身に白い布を被っていた。
「お母様か、ご確認をお願いします」
頭の部分の布が取り払われ、瞼を深く閉じた真っ白い顔が見えた。
その瞬間、脳がごっそりと抜き取られたみたいに考えるということを忘れてしまった。
これは、本当に人なのだろうか。作り物ではないだろうか。母さんによく似た人ではないだろうか。そんな思考は巡ることなく弾け飛び、僕の頭は無の状態だった。硬直している僕を見兼ねて、警察官は静かな言葉をくれた。
即死だったから、何も感じずに亡くなったのだろう。
損傷がひどいから、体は見ない方がいい。
これから体を綺麗にしてもらうからね。
最後に母さんといた時の記憶が蘇ってくる。朝ご飯を食べた時に向かい合っていた。今日の夕飯も当たり前にこうやって食べるものだと思っていた。そんなことなら玄関で見送ってくれた顔を、振り返ってきちんと見ればよかった。
行ってらっしゃい。
行ってらっしゃいって、自分が行ったまま帰って来ないってどうなの。
悲しいことや辛いことを想像すると、涙が出ることは多少あった。でも、いざ現実になると涙が出てこない。反対に目が乾燥する。あまりのショックで瞬きや呼吸など無意識に行っていたことが止まっているせいだ。干からびてそのうちヒビが入るんじゃないだろうか。ぱっと電気が消えるみたいに突然視界が暗くなって僕はその場で崩れ落ちた。その後のことはあんまり覚えていない。
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