ー9:「互いに狂え」

 一台の運送車が〈這いナルムタ〉に衝突。液体金属が大質量によって彼方まで吹き飛び、見たことも無い大穴トンネルを、巨人の腹にブチ空ける。


 運送車はそのまま真っ直ぐリオノアたちに迫り、手前で豪快にも大着地。しかしその速度を一切緩めることなく、ひと悶着中の彼らに迫る。


 命の、危機。


「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」」


 瞬間、運送車の扉が有り得ない勢いで吹っ飛び、オンボロをさらにオンボロにしたグレードダウンしたのも束の間。テタンとリオノアの首根っこがむんずと掴まれた。

 慣性のまま首を絞められ、暴走車に引きずられる両者。しかしとんでもない暴力によって車内に放り――否、叩きつけられた。

 軋みを上げる運送車。仰向けに車内を転がるテタンとリオノア。そして、彼女を見上げるようにして佇む、暴力の化身が一人。


「リーギュ!?」


「ああそうだ!! ――いや違うわ!! 全く貴様らはいかれているのか!!? 何故私はここにいる!? 何故テタンもここに居る!!?」


「粛、星…………テタンを、頼みたい…………」


「勝手に諦めるな痴れ者が!! ――違うわ貴様は何があった!!? 何故今にも死にそうなのだ!!!?」


 リーギュがその偉丈夫を車内で縮ませ、箱に入るように文句を言い続ける。運送車が右に左に蛇行し、しかし一切速度は緩めず鉄の地を爆走。

 後部座席は三人でぎゅうぎゅうに詰まり、上下左右縦横無尽に三人がもみくちゃに掻き混ぜられ、方向感覚を失う。というか吐く。今にも弾けそうなほどその密度は高い。

 ならば、前部座席はというと…………


「おい…………!!! これ、誰が運転してンだよ!! もうちょいマシな、走りを――――――」


「すぅ…………すぅ…………」


「カイエンカかよクソッタレ!!!! 頼むから起きろォォォォ!!!!!」


 リオノアが片腕を使って、それはもう必死に居眠り運転を決め込んだ馬鹿カイエンカを揺さぶる。しかしながらカイエンカは幸せな寝顔のままハンドルに倒れこんだ。あらぬ方向に切られるハンドル。一層踏み込まれるアクセル。目の前に迫った濃緑色の波を間一髪で避けた。


「「「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!???」」」


 と安心する暇も無く突っ走って爆走する先はまさかの崖。もはや目と鼻の三寸先、地上が無い。止まらない運送車はそのまま中空に放り出されて――――


「はァァァァァァァァ!!!!」


 ―――しまう前にリーギュが思いっ切り、足を下に伸ばす。車の底をおみ足が貫通。地に付いた足が車に掛ける急制動。浮きだつ前面。その勢いのまま、まさかのバク宙、一回転。


「「おええええええええ!!!???」」


 車ごと見事にひっくり返り、美しい着地。対してさらに混沌を極める車内。衝撃が重なりすぎて食欲すら消え失せたテタンが、スパナを以てカイエンカを小突く。


 パチンと割れる鼻提灯。夢うつつを彷徨うようにその碧眼を揺らす。


「うん…………? あぁ!! いい夢だった!! リオはそんなにボクの運転が好きなのかい? ったく…………しょうがないなぁ」


「「「!!!???」」」


 突如起きたカイエンカがその意識を曖昧にしたまま、今度は己からアクセル全壊。ペダルすらも踏み壊し、ブレーキはどこかに飛んでいった。


「ひゃっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

「おぉぉぉぉい!!!! 揺れ幅!! 揺れ幅どうにかしろマジでぇ!!!」

貴様テタンの連れはこんなモノしかいないのか!!? 人付き合いを考えてくれ頼むから!!」


 超絶技巧蛇行運転。エンジンメーターが振り切れ、迫りくる鉄塊、巨腕、ドえらい鉄の波を乗りこなしてゆく。目の前に車の倍はあろうかと思われる大波が迫った。カイエンカが笑う。


「いいねいいね!! これこそ運転って感じだぁ!! ⦅冷層p e r m f r⦆!!」


 カイエンカが賦律を車、剥き出しのガス管に向かって唱える。原始的な内燃機関にしたがって、破裂、ガスが噴出し、そんな中カイエンカは煙草を点けた。

 ぽい、と亀裂部に放り込む。


「ちょっとカイ!!?」

「何を!! 何をしている!!?」

「あ、手が滑っちゃった!」

「バッカやろぉぉぉぉぉおお!!!!!!」


 直後、熱と炎と閃光とフラッシュオーバー。車内から炎が渦巻き、甚大なる爆発が起き、四人が途轍もない勢いで吹き飛ばされる。同時に詰め寄って来ていた鉄波の大半が大破。高熱の火焔、そして衝撃が巨人に直撃し、再生中の上半身をさらに抉り取った。

 舞い散る車の破片。爆烈四散、四人の狩人が空に投げ出される。その中でも一等大きく吹き飛んだ――そう、碧眼の男。

 背に背負った細長い鉄の塊そげきじゅうを取り出す。


「でっけえぇぇぇ的だねぇ!! ⦅冷槍! 穿て!!p t t e ; `s p c l _ f r s ! !⦆」


「GAAAAAAAAAAA!!!!!!??」


 超高密度で炸裂した水が音速を以て〈這い灰〉の素核を穿った。反動で空を泳ぐカイエンカ。正確に心臓を貫かれたはずの巨人が、在り得べからざる生で〈無限鉱フィ・ミヌレ〉の出力を上げる。


「へえ!! 撃っても撃ってもビクともしないね!! こりゃ丁度いいボクだけのサンドバッグ!!」


 カイエンカが宙を漂う大きな塊に手を掛け、足をとどめる。それは住民を乗せた縦横遊エスサルコウ。ガクガクと怯える乗客を一顧だにせず、カイエンカが己の足を切り裂いた。


「⦅冷装、滔々たれ!!S h r k ; f r s _ b l o " f l l o d ! !⦆」


 水が凝縮したかと思うと爆発を伴って発散。カイエンカが大きく〈這い灰〉へと跳躍した。


「あの野郎、何の躊躇いもなく『凶存ルベラ』に突っ込んでいきやがったァ…………」

「わたしたち、忘れられてる…………?」

「何!? 『凶存』だと!?」


 他の三人も危なげなく着地。リオノアはテタンに抱えられ、その腕の中で独り言ちる。過剰と言わんばかりの反応をするリーギュ。少し驚き、次いでその目を爛々と輝かせた。


「そうかそうかヤツが『凶存』か!!! まさか庁国ここでのうのうと生き永らえていたとはな!! ぶっ殺してやる!!」


「……リーギュ、すぐ襲うって――考えを変えたんじゃ……!?」


 テタンが思わず問うてしまう。少なくともテタンの記憶では、随分穏やかな決意表明をしていたはずだ。

 リーギュの口角が上がる。『凶存』を見ている。それは明らかに、獲物を見つけた獣の目。


「もちろん変えたぞ。


 ――だが依然!!! ゴミを廃却処分スクラップしようというこころざしに変わりはない!!! そもそも明らかに貴様らを傷つけているではないか!!」


 リーギュが腰帯より素早く鎚を拡張させ、有り得ない剛腕でその柄を掴んだ。ミシリと鳴る鉄。暴発寸前。

 ただでさえ死にかけのリオノアが鬼気に当てられ消滅しそうになる。顔は穏やかであるが、何となく白い。吹き荒ぶ風以上に彼の髪が圧で靡く。


「お、落ち着いて…………!! リオノアが、リオノアが――――」

「失礼な!! ――私は常に落ち着き払った淑女だ。むしろ貴様が落ち着くがいい」


 リーギュが切って捨てるように言い放つ。彼女らしい、言葉を選ばない話し方。大きな耳がぴくぴく動いて、カイエンカと交戦している〈這い灰ナルムタ〉を楽しそうに見ている。

 その巨大な鎚を、ゆっくりと向けた。


「あの阿呆カイエンカを捕らえてからというもの、何が何やら訳が分からぬ…………が、私とて分別を失った殺戮兵器ではない。物事の善悪など、容易に見分けがつくわ」


 リーギュが腕に紫電を溜めていく。見定めたように今度は腰だめに鎚を置き、紫紺を湛えた瞳が鮮やかに輝いた。


「私は『粛星』――ゆえに私は私の正義を為す。

 テタン。――貴様も貴様が思う、正義を為すが良い。それこそ、迷わぬ所以となるであろ…………ああ我慢できん!! 【紫電星霜'' H E y o k k ''――――】」


「え、ちょっ、待――――」


 リーギュが賦律を為し、鎚に指向性を、己が右目メディアを通して力を御する。

 鎚と一体となるが如く体全体を紫電が巡り、圧倒的な力の奔流が走った。


「【―――〈蒼天条S k y r y〉!!!!】」


 鎚と共にリーギュごと発出され、テタンとリオノアの両者が爆風で大きく吹き飛ぶ。

 圧倒的な加速により〈這い灰ナルムタ〉に肉薄。振り抜かれた鎚が寒天ゼリーの如く巨人の身体を消し飛ばし、紫電という名の暴力を辺りにまき散らした。

 いかれた狙撃手にまで紫光は及び、腕を身代わりにしたカイエンカがにぃ、と笑う。


「ああ『凶存ルベラ』!! 手応えが無さすぎるぞ!! 菓子折りでもまだ砕け散るだけで済むというのに!!」

「あはははリーギュちゃん!! デカブツの前にキミを氷菓子アイスにしてあげようかな!?」

「上等だ!!! まとめて粉微塵にしてやる!!!」


 リーギュが咆哮し、カイエンカが乱射し、〈這い灰ナルムタ〉が怒りを表すように己の身体から緑光を放った。激しい点滅。呼応するように〈無限鉱フィ・ミヌレ〉から膨大な量の金属が溢れた。地面に、全てを飲み込む鉄の海が流れ出す。波が渦巻く。


 唖然として焦るテタン。注目を無尽に湧く鉄波に向ける。否、向けることしかできない。こちらまで至ることがあれば満身創痍な二人――特にリオノアがどうなるか言うまでも無い。

 それ以前に――――――


 リオノアが、ばたりと倒れた。


「リオノア!?」


 前のめりに彼の身体は動こうとして、うまく力が入らないようであった。

 当然のことだ。彼は把握できないほど大量の出血をしている。生命を維持するはずの機構もとっくに壊れてしまっている。


 テタンが咄嗟に彼の身体を抱える。脈が弱い。今にも、死んでしまいそうだ。


「リオノア、リオノア…………!! 死なないで…………!!!」


「…………ハハ、今更かァ? オレはもう色々やらかしちまったんだ。誰も悲しみなんてしないさァ」


 リオノアがはにかむ。冗談交じりに言うが、彼自身、目の前の少女が何を思っているかなんて、分かり切っている。その上で、だ。

 ある種の諦観。そこには確かに、幸せが滲んでいた。もはや後悔していない。彼を縛る物は何もない。



「テタン、逃げろ。今すぐ走って――そうだな。森にでも戻れ。

 アイツは――〈這い灰ナルムタ〉はダメだ。アイツ自身に〈無限鉱フィ・ミヌレ〉と、ヒトの心臓を混ぜてるせいで、不死になってやがる。粉になっても再生しやがった。


『粛星』でも――殺せねえんだ。意味、分かるか?」


 リオノアがゆっくりと、諭すように言う。猿にでも分かることだ――幾ら壊したって死なない相手を、どのようにして殺せようか。


「リオ、ノアは…………」

「オレはちょっくら戦ってくるぜ。大丈夫だ…………すぐ、戻る。


 だから、さっさと逃げろ」


 嘘だ。


 リオノアはここで死ぬ気でいる。彼の瞳はもう濁っちゃいなかった。

 リオノアが足に力を籠め、血を吹きながら立ち上がった。顔を蒼白にして、死に一歩近づいて。

 死んで、しまう。


 それは、それだけは――――


「嫌だ!!!!!」


 リオノアが気圧される。彼を傷つけたがゆえの自戒の念は絶えず、今すぐにでもテタンこそが、死んでしまいたいと思っている。

 しかし例え自分勝手なエゴだとしても、リオノアには死んでほしく、ない。


「ダメだ。


 …………オレはテメエの主だぜ? 最後ぐらいモノとして、命令を聞け」


 至極全うなことを言うリオノア。彼はあえて、顔を意地悪く歪め、言い放った。

 彼はどうしようもなく論理で動く。それしか、信じてこなかった。信じ切れなかった。

 しかし同時に今は、それが正しいとも思う。

 リオノアは笑った。――――これが、最善だ。


 テタンが崩れ落ちる。

 響く嗚咽。何度も何度も、身体を震わせる。

 塔の頂上、容赦なく吹き荒ぶ風の中、確かにリオノアは彼女の涙を見た。気のせいだったかもしれない。

 とても、残酷なことを強いていると思う。だから失望して、そのまま逃げて――――――――



 テタンの嗚咽が、ぴたりと止まった。



 まるで何かに気付いたように、彼女は全身をわななかせた。

 ゆらりと、立ち上がる。


 だが今度は感情的にならず、あろうことか落ち着き払うように、笑んでみせたではないか。

 泣き笑いのような顔。リオノアのように、笑みの内に己を隠して。


 彼女は小さく息を吸って、あくまで余裕の態度は崩さずに、そして言い放った。




「わたし、ヒトを、傷つけたよ。


 襲って苦しめて、たくさんたくさん傷つけちゃったんだ」



「あ?」



 リオノアがほうける。予想もしなかった言葉だ。意図が見えないし、何より――



「テメエは、ヒトなんざ傷つけちゃいない、そうだろ? テメエは言いつけを守ったんだ」



「ううん、傷つけた。



 リオノア。――――あなただってヒトだよ?」



「は」



 テタンが意地悪く微笑んだ。事実を突きつけるように、言葉には自信が満ち溢れている。


 今までのテタンからはありえない…………なんと――無神経で利己的なことであろうか。

 己が傷つけた者は、目の前の当事者。テタンは己がしでかした罪悪について、何のためらいもなくリオノアにひけらかした。彼の思いなども置いてけぼりにして。


 そこまで考えて、ようやく気付いた。テタンの、発言の、意図は――――



「わたしはあなたを傷つけた。


 あなたと出会った時に結んだ、を破っちゃったの。


 だから、言うことを聞いて? 


 ――――それが『取引』の内容、でしょ?」


「ハ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」



 リオノアが思いっ切り笑う。

 ただただ喉から出たそれは、純粋な笑い声。貼り付けた物などではない。彼はその時、純粋に楽しかった。


 ……まさかこんな少女に、それも己が言ったことで、やり込められてしまうとは!


 という思いを万感に込め、傷なんて気にせずに笑い転げた。


 笑い涙を流し、テタンと向き合う。もう、はぐらかすことはできない。


「あーもォ分かったよ!! 参った!! オレの負けだ!! 

 本ッ当に仕方ねえぜ――テメエの、したいことは何だ!! テタン!!」


「リオノア――――――賭けを、しよう?」


 テタンが微笑む。指し示すように、己の心臓――『素核』をはだけさせた。そこに、確かに渦巻く妙な「熱」。

 湖街でリオノアに救われた口付けされた時から常に感じていた。本能のせいだと思っていた、それは。


 リオノアの血を、媒介としていた。


 とくん、とくんと『素核』が血を、肉を欲そうと蠢く。秘めたる力があることはこの熱が良く伝えてくれている。

 簡単なことだ――――――この力を、リオノアと「」してやる。


 全てがひっくり返る予感。それはもう、テタンには感じ取れていて。

 彼女の真っ赤に染まった瞳を通して、リオノアにも伝わった。


「失敗したらどっちも死ぬ。成功しても…………もしかしたらリオノアは、リオノアじゃなくなるかもしれない。それでも……やる?」


「なァに言ってんだ。テメエの望みだろ? それに――」


「それに?」


 テタンが不安そうにリオノアを覗き込む。ここに来て、オレの言うことを気にしているのか。

 ならば、とびっきりの言葉をくれてやろう。無責任で無根拠なオレが、言うことはただ一つ。


「興が乗った。テメエを信頼してやるよ」


 テタンが、目に涙を溜めながら笑った。

 リオノアにぴと、と抱き着いた。胸に顔をうずめ、首に手を回す。


「リオノア、大好き」


 首元にちくり、と痛みが走る。テタンが歯を立て、ちう、と血を吸っているようだった。しかして擦り減る命と矛盾するように、彼の身体は満ち満ちていた。


 なるほど。結局のところ、オレは――――――



「テタン、テメエのことが――――――好きだったんだ」

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