達磨落とし

東上蒼輔

第1話 目醒

ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。という大きな音が響いている。私は暗闇の中でひたすらに手を動かしていた。定期的に、キーといった甲高い音も時々聞こえる。日常の事ながらあまり良い心地はしない。だからといってどうするわけでもないのだが。自分は何をしているのだろうか。

 しばらくすると内に辺りはすっかり明るくなっていた。私は手を止め、伸びをする。温かい陽の光に包まれて少しまどろんでいると、背広の中から音がすることに気づいた。少し警戒しながら、それを取り出す。また、いつものである。私にできることなどない、過眠を取ることにした。

 ふと顔を上げると誰かと目が合う。向い側に人が座っている。ずっと私へ目を向けている。なんだろうと思っていると、その人影は消えた。どうやら寝ぼけているようだ、もう一度目を閉じた。静かな空間、穏やかな空間は眠るにはとても適している。私の一番好きな時間。

 そこで私は、ハッとした。なぜ静かなのか。なぜ穏やかなのか。私は辺りを見渡すと、焦燥感に駆られた。太陽はもう真上に昇っており、私はそこに取り残されたらしかった。さて、どうしたものか。

 ふと、画面に目をやる。ギラギラと光っている。まるで睨まれているようだ。ふぅ。一所懸命に用意しできたものがパァになってしまった。砂のお城が波にさらわれていくような、雪だるまが太陽に照らされ溶けていくような程度のものではない。もっと遥かに大きな、一夜にして城を落とされるような、一瞬にして株券が無価値な物へと変貌するかのような、そんな衝撃を受けながら、更に追い立てられていく。

 だが、同時に目の前の靄が晴れていくような気もするのだ。現れた光に包まれていると、どんどん重荷が崩れていく。何か蓋が溶けていくような気さえするのだ。「もったいない」という思いに縛られ、今までどれほどもったいないことをしてきたか。頭の枷が外れていく。止まっていたものが回転し始める。雄大に動き出していく。

 やがて、動きゆく意識は、走っている電車の中だった。どうやら、終点から折り返したらしい。私の使命は、石を積むことではない。私は帰宅し、荷物をまとめ始めた。それまで帰って眠るだけであった我が家はゴミ箱のようになっていた。自分の服を見てみるとひどいもので、ホコリまみれになっていた。通りで人がどこへ行っても人が離れていくわけだ。あゝひどいものだ。よくもまあこんな姿で人前に出れたものだ。

 すっかりきれいになった家で一人祝杯を挙げていた。これからの自分の門出を祝い、快活な生活を取り戻すことを誓った。

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