Episode17【新たな世界―Miyuki―】

【新たな世界 1/3 ─出会い─】

━━━━【〝Miyukiキャット〟Point of vi視点ew】━━━━


 幼い時から女の子の友達に囲まれて……──そう、私たちは皆、家族のように育った。


 楽しい日々だったけれど、物心ついた頃に、私たちは気が付いた。本当は私たちにはそれぞれ、“両親がいるべき”なのだと。そのとき私たちは、“孤独”を知った。


 そして成長するごとに、自分が育った場所が、どんな場所なのかを知った。 そう私たちは皆、年頃になると、個人に、あるいは風俗店に、売り飛ばされた。


 けれど私には、例えばそれ以外にどんな世界があるのかさえも、分からなかった。


 ──そうして年頃になった私も、風俗店へと売られた。


 その風俗店を経営するのは、他でもない、レッド エンジェルだった。 そして私は、フェニックス組織のボスと出会うことになる……──


 ──その日も、いつも通りに仕事をしていた。 赤の他人の男に寄り添って、愛想よく笑って、お酒を作って……――

 他から見れば、人懐こい笑顔を振りまいているように見えるだろう。 けれど自分的には、そうは思えない。 私には自分が、壊れて狂ったように、永遠に笑い続けるおもちゃのように、思えていた。


 そんな中、その日はなぜか、別室へと呼ばれた。


「ねぇ、どこへ行くの?」


「フェニックスが来ている。お前も来なさい」


「フェニ?? ……――何ですか? ……」


「知らないのか?! 店の経営者だろうが! そして、レッド エンジェルの頭だ……──くれぐれも、失礼のないようにしろよ?」


「…………」


 よく分からないが、念を押すように、そう、言い聞かされた。


 そして、連れてこられた部屋の扉を開くと、この店の責任者と、その、フェニックス? ……とか言う人が向かい合って、聞いてもよく分からないような、ビジネスの話しをしていた。 そしてフェニックスには、何人かの女が寄り添っていた。


「…………」


 扉のところで立ち尽くしていると……


「ホラ! お前も行け!」


 トン……と、軽く背中を押される。


 あの取り巻きの、一員になれと言うのだろうか? あれだけ女がいれば、はっきり言って、私は必要ないと思う。 だが仕方なく、私も取り巻きの一員に加わる……


 私は店の経営者の情報を少しでも思い出そうとして、取り巻きの一員でありながら、考え事をしていた。

 確か歳は、40半ばくらいって聞いていたけど……──実際はフェニックスは、もっと若く見えた。見た感じは36、37歳……そのくらいに見える。 それに、顔立ちも綺麗に整っていて、カッコいい大人って感じだ。


「…………」


 “私を、取り巻きの一人にしやがって”、とか……少しふて腐れていたけれど、まんざらでもなくなってきた。 ──何でかって? そんなのは単純な理由。 フェニックスが、私の好みのタイプに近いから。


 そんなことを思いながら、取り巻きの端の方から、私はフェニックスを眺めていた。すると……


「……――」


 奇跡的に、目が合った。


 私は思わず、自分の商売も忘れて、無愛想に目を反らした。


「……――」


 するとなぜかフェニックスは立ち上がり、冷静な表情をしたまま、私の前まで歩いてきた。


「……?? ──」


 意味が分からず、フェニックスを見上げる私……


「…………」


 そしてフェニックスも、無言で私を見る。

 瞬間、フェニックスは、私の手を掴む。


「?! ……」


 そしてフェニックスはそのまま私の手を引いて、何事もないかのように、先程座っていた席に戻った。

 私はフェニックスに肩を抱き寄せられて、完全に、フェニックスの隣を独占した。

 そしてやはり、フェニックスは何事もないかのように、またビジネスの話しを始める。

 一声くらいかけても、良くありませんか? ……とか思うが、深くは気にしない。

 他の取り巻きからは、痛い程の視線を感じるけれど、別にいい。 だって、私のせいじゃないもん。


 ──フェニックスと私は、こうして出会った。 これはもしかして、“気に入られたのかもしれない”。



 ──それからフェニックスは店に来る度に、いつも私を寄り添わせる。


 何をした訳でもないけれど、これは確実に、


 フェニックスが、私を贔屓してくれることは、ちょっとした、日々の楽しみだった。


 けれど相変わらず、私は何も変わらない。相変わらずの、ワガママ女……──綺麗に着飾って、綺麗にメイクして、可愛くヘアアレンジして、お気に入りのブランドのバッグ、財布を持って……──ヒールの音を響かせながら、堂々と街を歩くことが、大好き。


 〝いつでも綺麗にいたい〟。 だってそうすれば、道行く奴らが、私を見る。


 欲しい物はたくさんある。 なのに、それを手にしたところで、欲求はおさまらない。 だからまた、新たな物を求める。 繰り返し……――そうして結局それは、自己満足だけを満たし、不甲斐なさを残す。


 そう、欲しい物はたくさんあるけれど、その欲しい物を、本当に欲しいのかは、分からない。 逆に言えば、何を欲しいか分からない。

 けれど私は確実に、何かを求めていて、それはきっと本当は、綺麗な宝石でもなければ、高価なブランド物でもないのだ。

 それが見つからないから、私はいつまで経っても、満たされない。


 ──私を見てくる人を数えて、暇潰し。


 男に声をかけられた数は、私のステータス。


 そう、きっと私、“運命の人”なんてのを、本当は捜している。 だから綺麗に着飾る。だから皆に、見て欲しい。〝私を見付けてほしいから〟。


 なのに上手くいかないよ。寄り付くのは、遊びの男ばかり。


 綺麗に着飾って、皆に見てもらって……そんなのを、今の気休めにするしかない。


 孔雀を見るように、私を見る人間たち。


 私は観賞用?? 優越感は、そこにある。

 本当の幸せは、そこにはない。


 こんな私は、ひねくれた女?


 今日も、本当に欲しいモノが見つからないから、私は相変わらずの、ワガママ女だよ――


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

****


 それからも毎回、フェニックスは決まって、美雪を傍に置く。 そんなことを、何度か繰り返していた。 そしてそのうちに、フェニックスはわざわざ美雪に会う為に、足を運ぶようになったのだ。


 フェニックスは何かと、美雪を可愛がってくれた。美雪も、悪い気はしなかった。

 少しずつ美雪は、フェニックスに心を開くようになる―─……


 そして、そんなある日のこと、美雪の運命を変える出来事が起こった。


 その日も、フェニックスが店へとやって来た。 いつも通り、フェニックスは美雪に会いに来た。


 ソファーに座って、その身を寄り添わせる。

 お酒を上品に飲みながら、フェニックスは片手で、美雪の髪を撫でる。 それはまるで、可愛がっているネコでも撫でているような……そんな雰囲気だ。


 フェニックスは美雪の方を向くと、優しく笑う─―


 『今日は、いい話を持ってきた』優しく笑うフェニックスが、そう言った。


 美雪はフェニックスの肩に凭れたまま、視線だけを、フェニックスの方へと向ける。

 そしてフェニックスは言ったのだ……──


『自分には、息子が二人いる。 長男には既に、配偶者になるべき相手がいる。 次男には、まだその相手がいない。 可愛いお前を、我が次男の婚約者として、引き取りたい』


 驚いた美雪は、フェニックスの身体に凭れ掛かるのを、一度止め、フェニックスを見る。

 再び伸びてきたフェニックスの手が、美雪の髪を撫でる。


「お前を傍に置きたい──」


 驚きばかりだったが、両親や兄弟、家族を知らない美雪にとって、それはとても、魅力的な世界に感じられた。 “何かが、見付かるかもしれない”……そう、思った。


 フェニックスはなついた捨てネコを、ついには、拾ってくれた。


『お前に、新しい名前をあげよう。 お前は今日から、レッド エンジェルの“キャット”だ』


 こうして美雪は、フェニックスの可愛いがる飼いネコになった。


 そしてその日のうちに、フェニックスに連れられて、新しい世界へと案内された。


 大豪邸のような空間が、目の前に広がっている。


 とりあえずその日は、案内された部屋で休息を取った。


 『明日の夜、次男を紹介する』と、フェニックスはそう言った。


 キャットはドキドキとしながら、明日の夜を待つのだった──


****

 そして、次の日の夕暮れ頃……──


 その豪邸のような自宅に、一人の男が帰宅した。 

 その男が通ると皆、頭を下げてあいさつをする。

 そのあいさつをテキトーに返しながら、男はさっさと歩いて行く。 するとある男だけが、親げに、その男に声をかける。


「ウルフ、久しぶりですね――……まったく貴方は、相変わらずの不良息子だ」


「アクア、久しぶりだな。……――不良息子だと? この組織よりは、不良の方が真っ当だ」


 帰宅したのはウルフだ。話しかけたのはアクア。


「その真っ当じゃない組織にウルフが戻ってくるとは、珍しいことです。 何か用でも? ──」


「知らねぇ。フェニックスに呼ばれた」


 するとアクアが、不審そうにウルフを見る。


「……そのしゃべり方、違和感があります。 そのしゃべり方は、ウルフじゃなくて、オーシャンの聡だ」


 するとウルフは、可笑しそうにフッと笑った。


「この重苦しい空気に馴染む頃、俺は自然に、“ウルフ”になるさ。 こんな腐った組織に、本当の自分を、囚われさせたくないからな」


 その言葉を聞くと、一瞬アクアは、哀しげな目をした。


「……そう言えば、“刺された”と聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」


「まだ肩に違和感がある。だが、平気だ」


「安心しました」


 アクアはフッと笑った。


 二人は、だだっ広い階段の前へと、差し掛かる。そこで二人は階段の上を見て、首を傾げる。

 そこには、見たことのない女がいた。 その女は物珍しそうに、屋敷の中を見渡している。

 木製で洋風仕様の、豪華な階段の手摺。その手摺の一部の、立派な獅子の彫刻。 その獅子を、またまた珍しそうに、女はペタペタと触っている。 ──その女とは、もちろんだった。


「なんだ、あの女は?」


 いかにも不審なモノを見るように、ウルフは女を見る。


「『なんだ』とは、失礼ですよ。……――お美しい方ではないですか? ──」


 アクアの言葉とは反対に、ウルフは首を傾げる。


「そうか? ブスではない。だが美しいとは……――大袈裟だ」


「ウルフ、失礼ですよ……彼女に聞こえていたら、どうするんですか……」


「「……――」」


 二人は恐る恐る女に視線を戻すが、先ほど同様、女は獅子をペタペタと触っている。 こちらには、気が付いていない。


「「…………」」


「で? あの女は結局、何者だ?」


「……ここにいるからには、組織の一員なんでしょう。……」


 疑問には思ったものの、二人は階段を上がり始める。


 キャットは獅子の彫刻に触れていたかと思うと、次は、反対側の手摺まで駆けて行く。 そしてまたまた、次は鷲の彫刻を、ペタペタと物珍しそうに触れている。


「「…………」」


 ウルフはやはり、不審がるようにキャットを眺めながら、階段を上がる。

 アクアは、特に不審がっている様子はない。


「……あの女、さっきから何をしているんだ? ……」


「きっと、物珍しいんですよ」


「何がだ?」


「“全て”ですよ。ウルフはここで生まれたから、珍しく感じないだけです。 こんな豪邸……物珍しくて当たり前だ」


 だがやはり、ウルフは首を傾げるのだった。


 やはりキャットは手摺ばかり見ているので、未だに、二人の存在には気が付いていない。


 そのまま、ウルフとキャットがすれ違う。


 その時、キャットが階段の上で、フラついた……──


「おい、気を付けろよ……」


 そのキャットを、スッと、ウルフが支える。


「…………」


 キャットは何も言わずに、支えられたまま、ウルフを見た―─……


「…………」


 キャットは少し驚いたような表情をしながら、目をパチパチとして、やはり、ウルフを見ている……


 ウルフはキャットを支える手を離した。


「お前、新入り?」


「まっまぁ……そんな……そんな感じです……」


 なぜかキャットは、落ち着かない様子で話す。

 そのままキャットは、ウルフから視線を反らす……──


「「…………」」


「じゃあな……」


 特に話すこともないので、ウルフはそのまま、階段を上がって行く。

 先に階段を上がっていくウルフの背中を、アクアはシレッとしながら眺めている。


「『美しいは大袈裟』とか言っていたくせに、ちゃっかりと、支えていましたね? ──」


「は? それは危なかったからだ!」


 そんな会話をしながら、二人は階段を上がって行った。

 そしてキャットは……


「え? え?! ……さっきの人……――物凄く、好みのタイプだった……」


 自分の頬を押さえながら、キャットはそう、呟いていた。


****


 そしてその夜フェニックスはキャットに、約束通り、次男のウルフを紹介するのだった。


「「……――」」


 ウルフからしたら、急な話しすぎた。 そもそもウルフには、藍がいる。 あまりの衝撃に、父親の連れてきた婚約者を、呆然と眺めるのだった。


 そしてキャットも、衝撃を受けた。 “フェニックスの次男”というのが、階段で会った、先ほどの人物だったからだ。


 物凄くドキドキして、こんな胸の高鳴りは、初めてだった。


 何を手を入れても、満たされなかった自分の心。


 誰なら自分を、愛してくれるのか、ずっと分からなかった。 誰のことを愛せばいいのかも、ずっと分からなかった。 だが、キャットはこの日、思ったのだ。“この人のことを、愛せばいいんだ”と。 そして、“この人も私を、愛してくれる”、そう思った。


 息苦しかった心が、スッと、楽になる。


 一瞬にして、キャットはウルフに、夢中になった――


****


 紹介された後、二人はぎこちない空気の中、二人用の寝室にいた。


 クローゼットにドレッサー、大きなランプ、部屋の真ん中にある、ダブルベッド……


 ドキドキとしたままのキャットと、無表情だが、内心では物凄く、困っているウルフ……

 ベッドに座っているキャットと、壁に寄りかかりながら、腕組みをしているウルフ……──


「いきなり驚いただろう? フェニックスはいつもそうだ。 キャット、悪いことをしたな……」


「いっいえ! ……ぜんぜん、そんなことないんです……謝らないで下さい」


 するとウルフはベッドに座って、その上で、あぐらをかいた。

 それに向き合うように、キャットもウルフの方を向いた。


「勝手に婚約者にされて、迷惑だっただろう?」


「いえ! ホント……そんなことないんです! ……」


 キャットはウルフの、次の言葉を待った。

 反らされていた瞳が、そっとキャットに向けられる……──


「フェニックスの言いなりには、ならないつもりだ。 誰と一緒になるかなんて……自分で決めるものだと思っている。 キャットも、そう思わないか? 君には本当に、迷惑をかけた――……」


「え……?」


 ウルフの言葉に、頭の中が真っ白になった――……


 するとウルフは、優しく笑った。


「今夜この部屋は、君が使うといいよ。 ここで、ゆっくりと休みな?」


 そう言うとウルフはキャットを残して、寝室を出て行った。

 どうにか精一杯、優しい言葉をかけたつもりだった。 だがウルフに、罪悪感が沸く……


 そして残されたキャットは、しばらく呆然と、ウルフの出て行った扉を眺めていた。


 “愛してくれる”と思った人は、愛しては、くれなかった。


 思い描いた淡い夢は、すぐに、パラパラと散ってしまった。


 胸が、キュッと苦しくなった。


「…………――」


 初めてした、“一目惚れ”、なんてモノだったのかもしれない。 そして初めて抱いた、“恋心”だった。


 ベッドのシーツを、ギュッと、握り締めた……――


****

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