Episode13【出会い ―Wolf―】

【出会い─Wolf─】

 ──それは、幼き頃の約束……



―『なぁリュウ、いつか二人で、こんな組織を、終わりにしよう……』



 当時、ウルフ8歳。

 リュウ、14歳。



─『……――あぁ、約束だ』



 昔は、兄だけを信用していた。

 だが、幼き頃のこんな約束など、簡単に、消え失せてゆく……──


─────────────────

────────────

──────


 月日は経ち、あれから、約10年──


━━━━━【〝Wolfウルフ〟Point of vi視点ew】━━━━━


 この組織のことは、幼い頃から、好きじゃなかった。


 組織も、フェニックス( 父上 )も、組織の面子も、全ては腐っている。


 そんな組織の中で、リュウと俺は生まれたんだ。

 俺とリュウは、こんな組織で生まれながら、腐った組織に犯されることなく、生きていたんだ。……けれどそんなのは、いつまでも続かない──


 〝リュウは変わった〟。


 物事の考え方も、何もかも、リュウは、フェニックスにそっくりになっていった。


 昔は、兄だけを信用していた。……そう、そんなのは既に、“昔の話”だ。信用していた筈の兄は、もういない。まるで別人だ。


 そして俺は今も、この組織が嫌いだ。だが、嫌いだからと言って此処に生まれた以上、どうしようもないんだ。


 ……そんな時だ、“ブラック オーシャンが、かつてはエンジェルに対抗するための、極秘部隊だった”ことを知ったのは……──そしてその真実を知るのは、一部の警察と、エンジェルの幹部以上のみ。

 その時俺は初めて、オーシャンに興味を持った。

 自分がオーシャンに加わることは、大嫌いな組織への、せめてもの反抗だった。 かつてエンジェルと敵対していたオーシャンに加われば、少しは憂鬱が薄れると思ったんだ。

 ……──そして俺は、本当にブラック オーシャンの仲間になり、四代目総長の座までも、手に入れた。


 ──そうしてブラック オーシャンとして、白麟、黄凰、紫王と争う日々が、一年ほど続いていた。そんな、ある春のこと……──


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

****


 桜咲く、ある春のこと。

 ここは、ある美術大学だ。そして学生たちは、こんな話しをしていた……──


―「ねぇねぇ、まただよ……また、巻き込まれた生徒が、怪我をしたって……」


―「うそ~怖~い……」


―「うん。ほら、大学の裏庭に、綺麗な桜の木があるでしょう? その桜をスケッチしていた男子生徒が、巻き込まれたんだって」


―「あぁーあの裏庭かぁ……あの裏庭の塀だけ、あまり高くないもんね……」


―「そうそう。ちょうど、塀の向こう側が、暴走族の溜まり場になっているから……」


―「塀を乗り越えてくるわけね……怖~い……」


―「あの裏庭には、近付かないようにしなきゃ……」


 そして、話しをしていた生徒たちは、立ち去る。

 だが、その部屋の机で、昼寝をしている生徒が一人……──


「……ん? ……あっ、もうこんな時間だ……」


 目が覚めた彼女は、慌てたように部屋を出て行く。


「早く行かないと……――今日、裏庭の桜の木、描くんだから……――」


 そう呟いて、彼女は走って裏庭へと向う……──


 ──彼女は裏庭へと急ぐ。


 辿り着いた裏庭には、目当ての桜の木。


 彼女は美しい桜を見て一度微笑むと、キャンバスに下書きをしてゆく……──


 桜の木のすぐ近くには、ブロックでできた塀がある……


 そして、その場所に来て、暫く経ったころ……

 彼女は一度、ブロックの塀の方へと、視線を向けた。


「……なんだか、騒がしい気がする……」


 少し気になりはしたものの、彼女は絵を描き続ける。


 ──そしてその頃、塀の向こう側では……


「コラ待て、栗原!! 今日こそ決着だ!!」


「柳、お前それ、毎回言ってねーか? そんなに焦るなって。日を改めようぜ?」


 ブラック オーシャンの栗原レッド エンジェルのウルフと、紫王の柳だ。


 軽やかに逃げる栗原。

 それを追う柳。


「日なんて改める必要はねぇ! いつでも、勝敗なんて変わらねぇ!」


「まぁな。いつでも、俺が勝って、柳が負ける」


「ハァ?! んだとッ! てめぇー?! 真逆だ!」


 何気にケロッと、柳を挑発する栗原。


 走りながらの、二人の口論……──


「いつでも同じなら、今日じゃなくてもいいだろう? ──今日はさっさと帰って、寝る!」


「テメーのそんな予定、知らねぇーよ?!」


 栗原はため息をついて、一人、呟く……


「俺って毎回、追いかけ回されすぎだろう。“勘弁してくれ”って感じだ……」


 そう実は、毎回のことであった。毎回、柳に追いかけ回される。


 ──そのまま二人は、塀に沿うように、追いかけっこ状態だ。

 ──走って走って、とにかく、走る二人。

 その時、誰かが前から歩いてきた……──


「ん? ……――」


 栗原は目を凝らして、その人物を見る。


「「……――」」


 そして、バチっと、栗原と前から来た人物の目が合う。


「「……?!」」


 ハッ! とする、栗原とその人物……


「丸島?!」


「栗原?!」


 その人物とは、黄凰の丸島だ。

 そして丸島は、ニヤリと笑みを作った……──


「ちょうどいいタイミングだ! 栗原ッ今日こそ覚悟しろ!!」


「無理無理無理ッ! 相手してらんねぇーよ!?」


 丸島は、こちらに向かって走ってくる。

 後ろからは、柳も迫ってくる──


「待てよ?! 丸島! ホラ! 柳もいるぞ? 柳とお前でやってろよ!」


 説得を試みるが……


「まずはお前だ! 栗原!」


「だからどうして、俺先なんだよ?! 酷くね?!」


 そう、毎回追いかけ回されるのだ。丸島にも。


 こうしてこの場は、最悪な挟み撃ち状態に陥る。

 そして、そんな状況なので、栗原は大学の塀へと飛び乗った。


柳「テメーの逃走ルートは、代わり映えがねぇ!」


 実は毎回のことらしく、柳も塀へと飛び乗った。そして丸島も、塀へと飛び乗る。


 こうして結局、塀の上で挟み撃ち状態だ。


 柳と丸島が、ほぼ同じタイミングで、栗原に向かって走り出す。


栗「ハァ~……なぜ毎回、こうなる?」


 またまた実は、このパターンも毎回のことらしい。


 栗原は挟み撃ちにされる前に、塀から下りて、大学の敷地の中へ……──


 そして柳と丸島は殴りかかった互いの拳を、片手で受け止めた状態で、止まっていた。

 二人、互いが気に食わない、とでも言うような表情で、睨み合う。


 ──そして、大学の敷地へ飛び降りた栗原は……


 塀を飛び越えた、その向こう側には、熱心に桜を描く、一人の女がいた。

 彼女はかなり集中しているらしく、こちらには気が付いていない。


 柳と丸島は、相変わらず睨み合いながら、塀の上で、何かを言い争っている……


 栗原はそっと彼女の後ろ側に回り、熱心に描いている、そのキャンバスを覗き込んだ。


「へー……上手に描くんだな」


 驚いた彼女が、振り返る。


 柔らかな、優しい色のブラウンの髪に、可愛らしい顔立ちをした女だった。


「あなた誰?」


「ん? いや、別に? ただの、通りすがり」


 彼女は不思議そうな顔をしながら、こちらを見てくる。


「てかさ、キミ、こんな所で何してるんだ?」


「見れば分かるでしょう? あの桜を、描いているの」


 彼女の指差す方向には、美しく立派な、桜の木がある。


「それは知っている。そうじゃなくてさ? ……ココ、危ない」


「危ないって?」


 呑気に首をかしげる女。

 その様子に、栗原はため息をつく。


「呑気な女だな? ……さっさと帰った方がいい」


 栗原は彼女に背を向け、歩いていく……


 そしてやはり彼女は不思議そうに、栗原の後ろ姿を見ていた。


 栗原は、柳と丸島の方を振り返ってみた。すると、言い合いを終えたらしい二人が、塀を下りて、大学の敷地の中へと下りてくるのが見える。


「ヤバッ……さっさと逃げるか……」


 逃げようとしたのだけど……


「……――」


 柳と丸島が自分の方ではなく、先程の女の方へと向かって行くのが見えた。


「ん? また知らない人だ。あなたたち、誰??」


 栗原の時同様、その女は柳と丸島を、不思議そうに見ている。


丸「お前なにしてんだ?」


「へ? さっきの人にも、そう言われたんですけど? 見て分かりませんか?」


 丸島は呆れたように、視線を反らす。


丸「そういう意味じゃねーよ……つーか、俺らのこと、怖くねぇのか? お前、間抜けだな。天然か?」


「間抜け?? 天然?? ……いいえ。天然なんかじゃないですよぉ」


 呑気に笑う女。

 言葉を失う、柳と丸島。


柳「……コレ、天然だな」


丸「あぁ。こんなバカな女、見たことねぇ」


 呆れた様子の柳と丸島。

 だが二人は、顔を見合わせて、ニヤリと笑った……─―


柳「お前、けっこう可愛い奴だな」


丸「なぁ、来いよ? 一緒に、出掛けようぜ?」


「お出かけですかぁ? 行きたいのは山々なのですが、今はこの絵を……」


 にっこりと笑う女。

 柳と丸島は驚いたように、顔を見合わせる。


丸「おい柳、この天然っぷり、ヤバいぞ……ナンパされてるの、気が付いてねぇ……」


柳「『行きたいのは山々』って……天然だ。天然じゃなかったら、丸島にそう言われて『行きたい』なんて、言う筈がねぇ……」


丸「……─―おい、なんて失礼な……」


柳「だが、こんなに天然なら、都合がいい……」


丸「その通りだ……」


 そして二人が再び、女の方を向く……


柳「その絵、何時までやるんだ? 出掛けたいなら、その後でいい。連れて行ってやるよ」


「お出かけ? あら嬉しい! 最近ぜんぜん、出掛けていなかったから……」


 女はテヘッと笑う。


丸「決まりだな?」


 柳と丸島も、怪しい笑みで、顔を見合わせた。

 そして二人、小声で会話……


柳「丸島、俺が先だからな?」


丸「は? 俺が先だろ?」


「「…………――」」


柳「なら、勝った方が先だ……」


丸「いいだろう。覚悟しろ……」


 そうして始まったのは、喧嘩……──


柳「俺の運の良さを、ナメんなよ?」


丸「フン……俺は、10勝0負の功績を持っている男だ!」


 ──喧嘩、ではなく、〝ジャンケン〞。


 そして二人の、あいこ合戦……──


 そんな中……──


栗「おい、お前バカか?」


「あ! さっきの人!」


 見かねた栗原が、女の元へと引き返してきた。


栗「バカだろう? それとも、本当は分かってるのか?」


「はい??」


 呆れて、栗原は再度ため息をつく。


栗「悪かった……。“分かってないな”……さてはお前、本物の天然だな……」


「え??」


 首を傾げる女。


栗「おい、逃げるぞ」


「逃げる??」


栗「ったく、鬱陶しい……いいから! 逃げるぞ!」


「わぁッ!」


 女の理解の悪さに苛立ちつつ、栗原はその女をヒョイッと担いだ。そして、逃げる……

 そして、丸島と柳は……


「「栗原ッ?!」」


 栗原が女を連れ去ったことに、気が付いた。


丸「待て栗原!! その馬鹿女は俺のだ!」


柳「栗原テメー! その間抜け女は、俺らが予約済だ!」


 二人もすぐさま追ってくる。


栗「うるせー黙れ! この天然女は本物の天然だ! 手ぇ出すな! さすがに可哀想だ!」


 『馬鹿女』『間抜け女』『天然女』酷い言われようだが、なぜか大人気である。


 大学の敷地内で、女をめぐって追いかけっこ状態だ。


栗「アイツらしつけぇーな……」


 栗原は走りながら、呟いた。

 その時……


「ッ?! ……」


 誰かに思い切り、暗がりへ腕を引っ張られた。

 その女を担いだまま、暗がりの中へ……

 その暗がりとは、大学の倉庫だった。


「テメー何しやがる!!」


 腕を引っ張った人物を、怒鳴りつける栗原。

 その人物は、白銀の髪をした男……──


「ッて、……上柳?」


 なぜかそこには、白麟の上柳。

 すると上柳は、冷静に言う。


「静かにしろ。気が付かれるぞ?」


 最もなことだったので、栗原は口をとじた。


 そして、倉庫の外では……


―「栗原の奴! どこに行きやがった?!」


―「あの野郎……! 次こそは容赦しねぇ!」


 柳と丸島は栗原を見失ったらしく、その場を立ち去る……


「…………」


「……行ったな」


 そして改めて、上柳を見る。


「上柳……助かった。ありがとな……つーかお前、どうしてココにいるんだ?」


「……ソコの木の下の芝生、俺の昼寝スポット」


 上柳は倉庫のすぐ近くの、木を指差しながら言った。


「お前もずいぶん、呑気なんだな? 俺、この大学で毎回、柳、丸島に追いかけられてる。 お前、どうして見つからねぇんだ?」


「さぁな」


 上柳は首を傾げる。


「「…………」」


「……まぁどうでもいいや」


「「…………」」


 栗原は改めて、上柳に視線を向ける。


「上柳、どうして、助けてくれたんだ?」


 すると上柳は、フッと一瞬、口元を綻ばせた。


「さぁな。ただの、気まぐれだ」


「…………」


「……女担いで必死そうだったから。今回は、味方をした」


「あ? ……――あ! この女の存在、忘れてた! ……――おい、天然! 怪我はねぇか?」


 担いでいるくせに忘れていたらしく、今頃、女の安否確認をする。

 すると女は担がれたまま、顔を上げた。


「あっはい。元気です!」


上「なんだ、その返事?」


栗「上柳、コイツは本物の天然だ」


上「納得」


栗「だろ?」


 そして上柳は少しして、何事もなかったように、倉庫を出ていく……──


「俺は昼寝の続きでもする。……――せいぜい、仲良くな?」


 倉庫の中には、栗原と女だけが取り残される。

 担いでいた女を下ろすと、栗原は気難しい表情で、女を見た。


「おいお前? ……子どもの時に、教わらなかったのか? 『知らない人に声をかけられても、ついて行かない!』ッてな!」


「へ? なんの話しですか?」


「なんのじゃねーよ! お前、柳と丸島に、ついて行こうとしたじゃねーか!」


「だってお出かけ、楽しそう……」


「馬鹿野郎! 柳と丸島になんてついて行ったら、お前なんて、簡単にペロッといかれるからな!」


「……ペロ??」


「ッたく……――なんでもねぇーよ!」


 すると女は少しだけ、俯いた。


「……ごめんなさい」


「分かりゃいいけどよ……女だったら、もっと気をつけろよな?!」


「……ごめんなさい」


 悲しげな表情をする女に、栗原はやりずらそうに、視線を反らした。


「もういいから……。強く言って、悪かったな」


 そう言うと、女は顔を上げた。


「「…………」」


「お前……――名前は? ……」


「藍……――


「へー……─―ッて、こんなこと聞いても、意味ないけどな。──じゃあな。藍、もうあの裏庭には、来るなよ? ……」


 栗原は藍を残して、倉庫を出て行こうとする。


「待って。あなたは? 名前……」


 栗原は少し驚いたように、振り返る。


「……栗原 聡」


 名を答えると、栗原は再び前を向き、倉庫を出て行った。



 ──これが、二人の出会いだった。

 深く考えずに、なんとなく聞いた名前。だが、無意味に思えた。もう、会うことはないだろうから。



 ──だが、意外にあっさりと、二人は再会することになる……


 ──次の日。


「オラッ! 待てや! この野郎?! よくも昨日はッ!!」


 今回も、柳に追いかけ回される。さらに昨日のこともあり、いつもよりも、凄い形相で追ってくる……


「マジ勘弁してくれよ~……」


 栗原は困ったように逃げる。


 そして……いつも通りの人物が、今日も前から歩いて来る。“待ってました! ”とでも言うように、その人物は目を血走らせながら、走ってくる……


「栗原ぁ~!! よくも昨日は、女横取りしやがったな?!」


 その人物とは昨日同様、丸島だ。こちらも昨日のことがあり、相当不機嫌そうに走ってくる。


 そして、昨日同様、塀に飛び乗り、大学の敷地内へ……──

 続いて、柳、丸島も大学の中へ……──

 そしてそこには、昨日同様、桜の絵を描く藍がいた。


 鬼の形相で追ってくる、柳と丸島。


 そして栗原も、イラッとする……


「藍?! テメー! ココ来るなって言っただろうがぁー?!」


 藍はびくっと肩を揺らす……


「ふへっ?! ごっごめんなさ~い……」


 あたふたとする藍……

 その横を、全力疾走で駆け抜ける、栗原、柳、丸島……

 三人が走り抜け、風が吹き抜ける……──


「…………??」


 藍は首を傾げながら、全力で走り去った三人の背中を眺めていた。だが、ずっと眺めていると……


「?? ……!」


 柳と丸島が、またまた全力で、こちらに引き返してきた。

 そしてそして、そのあと栗原も、全力でこちらに引き返してくる……

 先に引き返し始めた柳、丸島が、藍の前で足を止めた。


丸「よぉ、昨日は連れて行ってやれなくて、悪かったな? 今日こそ、出掛けような?」


「……でも昨日、『知らない人に、ついて行ってはいけない』って、言われまして」


柳「なに言ってんだ? 俺ら昨日、知り合った。“知らない人”じゃ、ないだろ?」


 藍は少しの間、柳の言葉の意味を考える。そして……


「そっか! ……――」


 ──と、藍が答えた瞬間、遅れてきた栗原が、昨日同様、藍を担いで疾走する。


栗「『そっか!』じゃねぇーよ?! 馬鹿かてめぇ?! あ?! 小学校からやり直せや?! ボケナス女!!」


「え~…ごめんなさ~い……!」


 そして当然、柳、丸島も追ってくる。

 まんま、昨日と同じだ。


栗「あぁ~! ホント、なんてしつけぇ~奴らだぁ!」


 叫びながら疾走中。

 そして、昨日の倉庫の近くに差し掛かる……

 昨日言っていた通り、木の下には、上柳が空を見上げながら、寝転んでいる……


栗「あっ! 上柳!」


上「ん?」


「「…………」」


 そして上柳は静かに……──目をとじる。


栗「ッて!? お前今日は、助けてくれねぇーのかよ?!」


 そのまま栗原は、上柳の前を駆け抜けた。

 続いて、柳、丸島も、上柳の前を駆け抜けて行く……──

 三人が走り抜け、風が駆け抜ける……──


上「……突風のようだ。……元気だな、アイツら」


 関心するように、上柳は去った三人を眺めていた。


 そして暫く経ち……──


 栗原は暗がりに、腰を下ろした。どうにか、柳と丸島から逃げ切れた。

 栗原は、乱れた呼吸を整える。

 荒い呼吸の栗原を、藍はじっと見る。


「あの? 大丈夫ですか……?」


 栗原は、藍をキッと睨み付ける。


「藍、あの場所には来るなって、言っただろうが!」


「うん。ごめんね? ……でも絵の続きが……」


 藍はシュンと、肩を落とした。

 だがその後に、藍は言った。


「けど、私の通ってる大学ですもの、私がどこにいたって、いいでしょう?」


 確かに、その通りだとは思った。


「……けど、気をつけろよ」


「うん。ありがとう」


藍はにっこりと笑った……


****


 そして次の日、栗原は柳と丸島に追いかけられても、決して、大学の敷地の中には入らなかった。藍が言ったことが、正しいと思ったから。


 自分が大学の中へ行くと、藍が絵を描く妨げになってしまうから。さらには、柳と丸島に、藍が目を付けられてしまうから。


 そうして大学へ足を踏み入れない日が、5日、続いていた。

 そんなある日、栗原はふと、藍のことを思い出す……


「アイツ、今日もあの場所にいるのかな……」


 そして栗原はその日、再び、大学の塀の外へ、足を運んだ。もちろん、柳や丸島に追いかけられていない時に。


「……――」


 少し考えてから、栗原は大学の塀に飛び乗る。すると、桜の木の下で、体育座りをしながら座っている藍がいた。今日は、あのキャンバスはなかった。


「「…………――」」


 桜の木の下で座る藍と、塀の上に立っている栗原。

 その二人の視線が、重なった。

 栗原を見ると、藍はふわりと、微笑んだ。


「今日は、絵はやらないのか?」


 塀から下りた栗原は、藍の近くまで行き、問いかけた。


「うん……――」


 どこか遠くを見ながら、藍は小さく頷いた。


「「…………」」


 遠くを見ていた藍が、栗原に視線を向ける。そして、栗原を見上げながら言った。


「ねぇ、どうして、来てくれなかったの?」


「……あ? ……いや、俺が行ったら、お前に迷惑がかかるし……」


 藍は、ブンブンと、首を横に振った。


「迷惑なんかじゃないよ」


「…………」


「“聡に、また会えるかも”って……そう思ったから、次の日も次の日も、あの場所で、絵を描いていたのに……」


「「…………」」


 二人は少しの間、不思議な感覚を抱きながら、互いを見ていた。


 その日から二人はだんだんと、仲良くなっていく。

 栗原はまめに、大学へ遊びに行くようになった。



 そんなある日のこと……──いつも通り、二人は桜の木の下で会っていた。


 藍は熱心に、桜の木へカメラを向けていた。


「写真も好きなのか?」


「好きかも。風景とか、よく撮るよ」


 カメラのシャッター音が響く……


「よし、撮れた!」


 藍は満足したようで、撮ったばかりの写真を、デジカメの映像で見せてくる。


「綺麗に撮れたな」


「でしょう!」


 藍は嬉しそうに笑いながら、デジカメを操作する。

 栗原は、嬉しそうに笑う藍のことを、眺めていた……─―


「ホラ? 聡、この写真も見て!」


 藍が栗原の方を見ながら、顔を上げる。

 すると、驚く程の至近距離で、視線が絡んだ―─……絡んだのだが……──


「ね? 綺麗でしょう?」


 “何ともならない”。

 藍は、先程と全く同じ笑顔のまま、聞いてくる。


「…………」


「ん? 聡、どうかした?」


「……なんでもねぇーよ」


 “俺と至近距離で視線が絡んで、恥ずかしそうに頬そめて”…――なぁんて、“男の想像する女の可愛いらしい瞬間”、なんてものは、訪れなかったらしい。


「これも天然のせいか……」


「聡?? 何いじけてるの??」


「イジけてなどない」


「じゃあ、なに??」


「いや、ただの期待ハズレ」


「……なんの??」


 すると栗原は、すっごい目力で、藍を見る……


「オレに、言わせるつもりか?」


 首を傾げる藍。

 ……だが、こんな藍を見ていると、自分が馬鹿みたいな気分になってくる。イジけていても、虚しくなるだけだ。


「……ホント何でもない。気にするな」


 だから結局、こう言うしかない。

 少し期待した自分を恥ずかしく感じたから、誤魔化すように、立ち上がった。


「少しだけ、散歩してくる」


「えー、私も行くよ!」


 藍も続いて立ち上がり、栗原が振り返る。

 その時……


 暖かく、柔らかな、春の風が、ふわりと吹く……──その風はまるで、二人を優しく包むように……


 同時に、桜の花弁が、青空を泳ぐ──


 “桜吹雪”――……


 そして桜の花弁は、まるで青空に吸い込まれるように……──空高く舞い上がった……


 あまりの美しさに、二人は言葉を失った……─―


 藍は桜吹雪が終わってからも、少しの間、青空から目を反らせずにいた。

 そのまま、藍が呟く……


「決めた。私、次は、桜吹雪の絵を描く……――」


 そして藍は、栗原に視線を向けて、優しく笑った。


「聡と一緒に見た、青空に舞う桜吹雪……――綺麗に、描いてみせるね」


 美しすぎる桜吹雪に、心奪われた。

 あの瞬間……何かが、変わった気がした。

 きっと、心を奪っていったのは、あの桜吹雪だけじゃない……――



 そして言っていた通り、二人は散歩をしていた。

 藍はスケッチブックを抱いたまま、歩いている。

 そして栗原は、藍の撮った写真を、デジカメで見ながら歩いていた。

 散歩する二人は、大学の校門へと差し掛かる……

 そこで栗原は、カメラを斜め上の位置に、掲げた。


「藍、来い。一緒に写真撮ろうぜ?」


 そう言うと藍は、にこやかに近付いてくる。

 栗原は藍のその肩を、そっと抱いた。


 ──そして、この日の春の日は、写真の中に留まって、永遠になった。


 ある春の日の、出会いと、始まりだった。


──────────────

──────────

────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る