【あの日々に戻るまでの、カウントダウン 2/2 】

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 太陽が昇り、世界が光に包まれる……──


 階段を上がる音が響く……──


 一定のテンポで上がる、その音は、まるで、カウントダウンを告げる、時計の音のよう……──


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 ──ここはレッド エンジェルの本拠。


 瑠璃は一定のテンポを保ちながら、広い階段を上がって行く。


―「……ブラック オーシャンが動き始めた」


―「面倒なことになる――……」


 階段の踊り場、立派な彫刻の施された手摺に寄り掛かりながら、組織メンバーの数人が、そう話しているのが聞こえた。


 最近耳にするのは、この話題ばかり。“ブラック オーシャンの再来”についてだ。


 ブラック オーシャンのような、巨大な組織が再来すれば、それに敵対するエンジェルは打撃を受ける。


 暴走族と、裏組織……近いようで、遠い。遠いようで、関わり出せば、お互いの存在は近いのだろう。


 エンジェルが、オーシャンの再来に動揺している。

 そのせいか、本拠の空気は、いつも張り詰めている。

 エンジェルのような組織でも、恐れるものはあるらしい。



 ──階段を上り終えると、そこに、見知った人物がいた。

 その人物は階段の上から静かに、先程、オーシャンの話をしていた人たちを、眺めていた。

 その人物とは、ウルフだ。


「最近、組織の人たちは皆、オーシャンの話しをしているね。オーシャンを恐れているのが、よく分かる」


 ウルフの隣で足を止めて、そう、問いかける。


「そんなことで恐れるなど、この組織も廃れたものだ」


 ウルフは嘲笑うかのように、フッと笑った。


「……――」


 オーシャンに動揺する組織を、冷めた目で睨み付けるウルフ……──そんなウルフの表情を、瑠璃はしっかりと見ていた。


「……皆、オーシャンの再来を恐れているのに、ウルフには、そういうのが一切、感じられない」


「……いきなり何を言う? 仕方がないだろう? 恐ろしくなど、ないのだから……」


「“恐ろしくない”と言うよりは、ウルフはこの現状を、“喜んでいる”ように見えるよ……」


 瑠璃の鋭い瞳が、ウルフに突き刺さった。

 瑠璃のそんな表情を、ウルフは驚いたように見ている。


「「……――」」


 階段の上……――薄暗い空間……開け放たれていない、巨大な窓にかかるカーテン……──


 カーテンの隙間から差し込む光が、怪しげに揺れる……──


 しんと静まり返った、この空間……──


 いつの間にか、先程まで会話をしていた者たちは立ち去っており、この周辺には、瑠璃とウルフの二人だけになっていた――……


 ウルフは驚いていたその表情を消し去り、口元に笑みを作った。


「“喜んでいる”か……――瑠璃は、面白いことを言うな」


「どうして“面白いこと”って思う? 面白いことなんて、言っていないよ……」


「…………」


「だって、ウルフが“喜んでいる”のは、でしょう?」


「……――」


 瑠璃の言葉に、ウルフは言い返さない。じっと、澄ました面持ちで、瑠璃のことを見ているだけ……──


 そのまま二人、見つめ合うかのように、睨み合った。 お互い、鋭い瞳をしたまま――……

 けれど次の瞬間、不意に、瑠璃は切なげに瞳を細めた。


「ねぇウルフ……――もう、やめなよ。もう……十分だよ……もう、“あなたの計画通り”に、進んだ筈よ? ……」


「……――」


「だからもう、オーシャンを傷付けないで……――」


 するとウルフは呟くように、焦点の合っていない目をしたまま、微かに言葉を口にする……


「……――あと少しだ……あと少しで――……」


 ウルフの言葉を聞き、瑠璃は悲しげな表情へと変わる。


「“復讐”なんて……――――まして、貴方のやり方は、“復讐”の為だけに、“大切な人たち”を犠牲にしたやり方……」


「……――」


「ねぇ、ウルフ……――――そうでしょう? ……貴方は本当は、雪哉に陽介、聖に純……あの四人のことが、“大好き”なんだから……――」


 瑠璃の瞳はもう、全てを悟っていた……──ウルフの本当の心を──


「“復讐”、そう聞いた時私は、“オーシャンへの復讐”……そう解釈していた。 だって、ウルフが攻撃するのは、オーシャンの四人に対してだったから……でも、違かった。……オーシャンを攻撃したのは、貴方の憎むべきモノに“復讐”する為には、そうするしかなかったから……」


 瑠璃は言葉を続ける……──


「巨大に戻りつつある、ブラック オーシャンの権力……それに脅かされる、レッド エンジェル……──この現状こそが、ウルフの狙いだったんでしょう? ……こうする為、貴方はオーシャンの四人を、この世界に呼び戻した。そして、オーシャンを攻撃した……仲間が傷付けられ、居たたまれなくなったオーシャンは、“再来”を決める……──こうして、オーシャンはかつてのように、エンジェルに対抗できる権力を、手に入れる。──貴方の“復讐”の対象は、他でもない。…… 、この組織への復讐なんだから……――」


「「…………――」」


 この場には再び、重い沈黙が走る……


 ウルフは静かに、瑠璃から視線を反らす……──


「ねぇウルフ……─― 否定しないの? ……――」


 ウルフはゆっくりと、視線を瑠璃へと戻した。そして、口元に笑みを浮かべる……──


「瑠璃には敵わない……“だいたい”は……――当たっている……」


「……そうだと思った。……」


「……何故、気が付いた?」


「“二枚の写真”を見付けたの……その写真が、真実を導き出した」


「……写真? ……」


「えぇ。……ごめんなさい。 二枚の写真……一枚目は……――」


 写真の話しをしようとした時、スッと、ウルフは窓際へと歩を進めた……──そして、カーテンを開いた……――


「「…………」」


 光が差し込む……──


 瑠璃は思わず言葉を止めて、窓の外を眺めた。


 ウルフもじっと、窓の外を眺めていた。


 窓の外に広がる、空を眺めた……─―


 ウルフの表情は、哀しげに見える……


 “カーテンを開く”、という行動……──それは、ウルフがこの話を、窮屈に思っている。その心の現れだろうか? ──


 ウルフを見ていると、言葉に詰まってしまう。


 瑠璃は話しの続きを、言えずにいた。


 けれど、窓の外を見ながら、ウルフは言った……──


「……“写真”。それで? ……――話しを続けろ」


 瑠璃は再び、話し始める。


「一枚目の写真は、“ウルフと女の人”二人で写っていた。その女性の名は、“松村 藍”さん。彼女の父親は、レッド エンジェル捜査部隊を束ねる、“松村指揮官”……藍さんの件は、指揮官の松村さんから聞いた。そして、導き出された。この復讐は、“藍さんの為”なんだ、って……」


「……その女の話は、するな」


 ウルフは、身体に刻まれた赤い天使の紋章に、そっと、手をあてる……──


「……――――分かった。ごめんなさい。……」


 怒られているような気分になって、なぜだか不安で、瑠璃はウルフの顔を覗き込む。


「…………」


 けれど想像していたより、ウルフの表情は穏やかだった。


「……今までは、その女の話しになると、平常心ではいられなかった。 だが今は、驚くくらい、落ち着いていられる……」


 ウルフが瑠璃の方を向く……──


 視線が絡む──近い距離、触れてしまいそうなくらい……──吐息の音が、聞こえるくらい……――


「瑠璃が、ここにいるからかもしれない……――」


 その言葉に、不意に心臓が、大きく脈打つ……──


「「…………」」


 先ほどまでのピリピリとした空気が、嘘のように、一瞬、消えた……──だがその一瞬もまた、すぐに消え去る……──

 その一瞬が過ぎ去ると、ウルフはスッと、瑠璃と距離を取る。そして、ウルフの表情は、冷静なものへと変わった。

 冷静な顔をしたまま、ウルフが言う。


「二枚目の写真の話しをしてみろ。その写真に隠された事実を、瑠璃が言い当てたなら、その時は、“その女”の話しを、俺の口から、偽りなく、瑠璃に話してやるさ」


 得意気にウルフは言った。 けれどウルフは、瑠璃が事実を言い当てることを想定したうえで、そう言っているように見える。

 瑠璃はウルフの言葉に、頷いた。

 そして瑠璃は、二枚目の写真に隠れた事実を、話し始める……──


「二枚目の写真を見てしまった時、すぐに……ピンときた。そして、調べてみたら、すぐに分かったよ。……二枚目の写真、ウルフと一緒に写っていたのは、雪哉、陽介、聖、純……漆黒の特攻服……BLACK OCEAN……──」


 お互い目を反らすことなく、お互いをじっと見据える……──


「そう、ウルフがあの四人を、嫌いなわけがないの……だって貴方こそ……──ブラック オーシャン四代目総長、“栗原 聡”なんだから―─……」


 事実は鮮やかに……──今此処に、解き明かされた。

 それは紛れもなく、否定しようもない、真実だ──


。……――─―その名は、俺の本当の名前。そして、ブラック オーシャンの“栗原 聡”こそ、俺の素顔だ……――」


 ウルフは自分のことを、“俺”と呼んだ……──

 その名が明らかになれば、自然と素の自分に戻るものだ。


 レッド エンジェルの“ウルフ”は、ただの仮面。

 その仮面を付けている時は、ただ冷静に、息を殺して生きていた。ひっそりと、この組織を呪いながら……──


 そう、気が付いていた。本当のウルフは、ただ冷静に生きるだけの人ではないのだと……──荒々しさを持ち合わせる人なのだと……──

 ウルフとの、追いかけっこを思い出す……追いかけっこで、ウルフの運動神経の良さを知った。 あの運動神経の良さ……ブラック オーシャンの四代目というのなら、納得がいく。


「“エンジェルは、本名を明かさない”。初めて会った時、ウルフはそう言っていた。本名を明かさない理由、“身元が知られないようにする為と……あと一つ……――」


 初めて会った時、ウルフはその理由の二つ目は、教えてくれなかった。


「あと一つは、俺の個人的な理由だ。 俺が、“栗原 聡”だから……──あの時はまだ、瑠璃に言う訳には、いかなかった。君が信用できる人物か……それを判断してから、言おうとしていた。真実を口にする相手は、信用できる者でないと、困るからな」


「私は、ウルフが言ってくれる前に、その事実を知ってしまった。──……ウルフは、私に言うつもり、なかった?」


「……いや。瑠璃には、近々伝えようと思っていたさ……」


「…………」


 そう言ってくれたことに、瑠璃は安心する。ほんのりと、嬉しく思う自分がいた。


「……ウルフの復讐の相手が、“この組織”というのなら……ウルフは誰の味方? ……オーシャンの味方? それとも警察? ……」


 するとウルフは、鼻で笑う。


「警察なんかと、志が同じだと思うな。たが警察は、エンジェルの敵……──だから、利用はさせてもらった……─―」


「利用?」


「あぁ、そうだ。警察を利用したからこそ、今ココに、


「それって……まさか……――」


 瑠璃は嫌な汗をかく……


「本当は、“瑠璃は警察側のスパイ”だ。そんなことは、承知している。 警察側が、瑠璃をスパイとして欲しがるのを見越していた。 初めから、俺にとって瑠璃は、人質ではない。 瑠璃が警察側のスパイであったからこそ、適当な理由をつけて、瑠璃を側に置いた。 この組織に、警察側のスパイを送り込んでやったのさ」


「……――」


 ウルフの先を見通す力に、思わず言葉を失う。


「……結局、警察は利用しただけってことね……ならオーシャンは、貴方の敵? 味方? ……」


 瑠璃からの問いに、ウルフは呆れたように、ため息をつく。


「冗談はやめろ。 アイツらを陥れたのは、“俺”だ」


「…………」


 ウルフの言葉を聞いて、瑠璃は肩を落とす。 瑠璃は、ブラック オーシャンのことも、ウルフのことも、嫌いではないのだから。


「何をそんなに、残念がる? 当たり前だろう。 世の中、瑠璃の頭ん中みたいに、平和ボケの単純世界の間抜け面じゃない。 蟠りは消え去らない」


「言ってくれるわね……?! 私の知っているウルフは、そんなこと言わないと思うのに……」


 するとウルフは可笑しそうに、少し笑う……


「仕方ないさ。俺は、“ウルフ”でもあって、“栗原”でもある。どちらも俺だ」


 瑠璃はほんの少しだけ、シュンとする。 まるでウルフが、知らない人になってしまったかのような感覚に、襲われたから……──


「ねぇ、“栗原さん”……」


「なんだその呼び方?」


「え? だって、別人みたいで……」


 瑠璃はいきなり余所余所しくなる。

 ウルフはまた、呆れ顔だ。


「……お前、意味分からない奴だ」


 呆れたように、ウルフは歩き出す……──


「あっちょっと……! ウルフ……いや……栗原ぁ……!」


 なぜかいきなり、呼び捨てだ。瑠璃もウルフの後を追う。 するとウルフが、振り返る──


「エンジェルの場で、その名を呼ぶな」


「……うん。ごめん……」


 瑠璃は自分の口を、そっと押さえる。

 ウルフは振り返ったまま、じっと瑠璃を見た。


「瑠璃は、栗原よりも、ウルフの方が好きなのか……?」


「え?! ……そんなことを言われても……――自分で自分のことを、別々の人みたいに言うのね……」


 瑠璃は戸惑う。 ウルフがどう答えてほしいのかも分からないから、余計に。

 そうしてまだ、心の中から違和感が消えない。 “ウルフが別の人になってしまったような”、その違和感が……──


「栗原とウルフを、瑠璃が別々の人のように言ったからだ。だから、聞いた。 瑠璃は、“ウルフが好き”なのか?」


「へ?! ……」


 〝何?! その言い方?! 〟と、瑠璃は一気に真っ赤になった。

 ウルフが意地悪に笑う。


「何を赤くなっている? 違うなら、“違う”と言えばいいだろう? まして俺は今、ウルフではない。栗原だ。何を恥ずかしがる?」


「いやいやいや……ウルフと栗原、思いっきり! 同一人物ですから……」


 またまた、ウルフは可笑しそうに笑った。

 そうして可笑しそうに笑ってから、再びウルフは、前を向き、歩を進めて行く──

 ──そして瑠璃は、一人で、唖然と呟く……


「え? ……私、いじられた? からかわれた?? ウルフも意地悪だったけど……なんだか、栗原はストレートに意地悪だわ……」


 唖然としながら、瑠璃もウルフを追う。

 ウルフはどこまでも、広い大理石の床に敷かれた深紅の絨毯の上を、歩いて行ってしまう──


「ウルフ、何処へ行くの?」


 追い付いた瑠璃が、ウルフに問う。


「約束しただろう? “瑠璃が、写真の事実を言い当てたら、包み隠さず、全てを話す”と……」


「…………」


「瑠璃は警察からのスパイだろう? 喜べ。とことん、白状してやるさ……――」


 ウルフは涼しげに、口元に笑みを浮かべる。

 そのとき瑠璃には、ウルフが無理をして、笑っているように見えた……─―

 胸に、小さな棘が刺さったように、チクリと痛んだ。ウルフが無理に笑ったから。

 これから、ウルフが話してくれる事実。それは決して、笑えるモノではないのだと……──瑠璃はそれを、知っていたから。


 話しをする為に、場所を移す。

 ウルフは、瑠璃の手を引いて行く――……



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 自らの組織、レッド エンジェルへ、復讐を誓うことになる、栗原の過去……──


 そして、幼きころ両親から離れ、後に、レッド エンジェルの幹部になる美雪の過去……──


 全ては語られる。


 あの日々に戻る。


 あの日々に戻るまでの、カウントダウンは、ゼロになる――……


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