Episode9【接近】

【接近 1/2 】

 ──極秘ファイルのある部屋を出た私。


 リュウもこの場から立ち去る。

 私も立ち去る。立ち去るのはいいが、リュウと方向が同じだ。


 まるで私がリュウの後をついて行っているみたいで、なんだか落ち着かない。だからって、そんなことを気にして、反対方向に行くのも、馬鹿馬鹿しい。だって私の部屋は、こっちから行った方が近い。


 仕方なく、そのままリュウの少し後ろを歩く。まるで、リュウに連れられて歩いているみたいな光景だと思う。


 やはり落ち着かない……


 するとリュウが、振り返った。


「お前、名はなんて言う?」


「へ? 瑠璃です……」


 今更? 私の名前、知らなかったんだ。

 先程私は普通に、『リュウ』とか呼んでしまっていたけど……


「瑠璃か……――瑠璃は、ウルフのなんだ?」


「え? ウルフ? ……――」


 私って、ウルフの何? 別に、何でもないと思う。知り合い? 最近は、少し仲は良いけど、友達っていうのも、可笑しい……


「ウルフと一緒にいるじゃないか? どんな関係だ?」


「……――えーと……弟さんとは、特に関係は……──言うなら、誘拐されて来ました」


「なるほど」


 このお兄さん、普通に納得しちゃったよ。『誘拐』って、相当突っ込むべきところだと思うけど?


「つまり瑠璃は、軟禁され中か?」


 この人、普通に言うな……なんてストレートな発言……


「まぁ、そういうことになります」


「なるほど……」


 先程から、『なるほど』って言っているけど、この話の何に関心を表しているわけ?


「軟禁され心地はどうだ?」


「正直……悪くないです」


「快適なら何よりだ」


 一体私たちは、普通の顔をしながら、なんて話をしているのだろう? 『軟禁され心地』なんて……すごい質問だと思う。そう思って、つい、リュウの顔をチラ見した……──


「……─―」


 リュウの横顔は、どこか、元気のないように見えた……


「そうだ――……ここは快適な筈……決して、不自由はさせない……」


 リュウは、そう小声で呟いていた。

 〝そんなに暗い顔をしながら、そんな事を言って、どうしたの? 〟──“何があったんだろう?”って、疑問に思った。


 リュウは足を止める。

 何事かと思い、私も足を止めた。

 するとリュウは、私の方を向いて言った。


「ここの暮らしは快適だ。 不自由もさせない――……なのに何故、はいつも、哀しげなんだ? ……」


 え? ……――


「俺はあの女を、誘拐などしたわけではない……なのに何故、あの女は俺を嫌う? ……瑠璃は誘拐されて来たのに、ウルフと仲が良い……何故だ?」


「……──」


 リュウはやはり、元気がない。表情が、なんだか寂しそうだった。


 『あの女』って言うのは、おそらくのことだ。


 ドールのことで、悩んでいるのかな? けれどまさか、リュウとドールが婚約者だったなんて……──驚いた。更に、ドールが大人だったなんて……初めて知った時の衝撃は、大きかった。

 それらは全て、今回ここへ来て、知った事実だった。

 ドールを子供と思い込んで、疑わなかった。ホント、まったく分からなかった。 ドールは、大人の記憶をなくしていた。一種の、記憶喪失状態だったってこと。

 今思えば、ドールが本当は“大人”だってこと、純は、気が付いていたんだろうな……


 相変わらずリュウの瞳は、私に向けられている。


 私、なんて答えを、求められているのかな?


「なんて言いますか……性格の合う人と、合わない人がいますし……嫌われているわけでは、ないのでは……?」


 何とか、苦しまぎれに返答してみた。

 リュウは私の言葉の意味を考えるように、じっと黙っていた。

 ──これって何なの? 私は何故いきなり、リュウの相談に乗ってあげてるわけ?


「……いきなり相談のようなことを持ち掛けて、悪かった。礼を言う」


 ……。思っていることって、伝わるものだな。


 すると、リュウは口元に、柔らかな笑みを浮かべた。


「やはり相談は、お前のような、一般人にすると良いようだな。なんとなくだが、優しい返答をしてくれる」


 『一般人』……褒められているのかしら??


「いつもは、誰に相談をするの?」


「相談などしない。……――まともな返答をする者など、いないだろうしな」


「……そんなこと、分かりませんよ。自分が相手を頼れば、相手は自然と、それに応えようとするものです」


 するとリュウは先程とは打って変わって、威厳を漂わせる表情をした。


「俺は組織のトップ次期トップだ。弱味など見せない。いつでも、一番冷静な判断をし、一番冷酷な存在になる。そんな俺が相談など……“揚げ足を取ってくれ”と言っているようなものだ」


 それを聞いて、私は複雑な気持ちになった。


「ならなぜ、私には相談したの?」


「“一般人だからだ”」


「「…………」」


 どうやら、特に理由はないらしい。


 組織の実質的ナンバーワン権力者・次期トップ、ボスの息子、現ナンバーツー……──そんな人が、弱味を見せることが出来る相手……確かに、なかなかいないんだろうな。 いるとすれば婚約者とかなんだろうけど、ドールとは上手くいってないみたいだし……だからきっと、私みたいな部外者の方が、寧ろ相談しやすいんだろうな。


「瑠璃、俺に付き合え。お前とはもっと話してみたい」


「……?!」


「何を黙っている? 朝まで付き合え」


「はい?! 今、深夜ですよ……寝ないんですか? 私は眠いです。それに朝までって……眠いです」


「駄目だ。付き合え」


 そして半ば強引に、リュウに付き合わされる羽目になる。


「嫌です。リュウ、寝て下さい!」


「何を言っている? 俺には寝る部屋がない」


「…………」


 それどう言う意味?! 部屋がないって、いじめ?! いやいや、組織の実質的トップが、いじめに合う筈がない……


「婚約者と喧嘩をして、寝室を出た。俺は今夜、寝る部屋がない」


 そういうことか……


 ──そうして私は、渋々とリュウに付き合うことになった。


 場所を移した。天井がうんと高くて、大きな窓があって、ガラス越しに、外が、夜景が、よく見える部屋。──月がよく見える。


「なんだか……高級そう……」


「その通りだ」


「やっぱり?」


 リュウは片手に赤ワインを持って、私に見せた。


「飲めるか?」


「えぇ。けっこう飲めるわ」


「なら良かった」


 上品にグラスに注がれるワイン。


 リュウはグラスを片手に、月を見て、フッと笑った。


「今宵、月を眺めながら酒を飲む。悪くないだろう?」


 月明かりに照らされながら、ワイン片手に、優雅な雰囲気を醸し出す……──

 なんだかリュウって、オーラのある人だな。それは、威厳とも言えると思う。


 今更ながら思う。わたし今、とんでもない人と、一緒にいる気がする。 リュウと、こんなに話す日が来るなんて、思ってもなかった。


 驚くくらい、リュウに月が似合って見えて……少しの間、私はリュウを見ていた。 月とリュウ……様になっている。例えるなら……──

 そうして私はつい、ボソッと呟く……


「ドラキュラ伯爵??」


「何だと?!」


「……。一人言です」


 ──そして私たちは、月を眺めながら、談笑するのであった。


 お酒をこんなに、優雅に楽しめたことはないと思う。

 一緒に飲む相手によって、こんなに、雰囲気が変わるものなんだ。

 こんなに良いお酒を飲めるなんて、得した気分かも。 “聖に言ったら、飲みたがりそうだ”。……とか思った。まぁ聖と飲んでも、優雅ではなさそうな気がするけどね。だって聖は、飲みすぎだ。上品に少しずつ……とかじゃなくて、浴びるほど飲んでしまうから、優雅とは程遠い。

 ──そんなことを考えていたから、それが可笑しくて、少しだけ、口元が緩んだ。

 ……そう言えば、ウルフとリュウも、男兄弟二人。誓と聖と、同じだ。

 そう思っていたら、リュウのことを『アイツ』と呼んで、不機嫌そうにしていたウルフを思い出した……──


「ウルフとは、仲がいいの? ……」


 “仲が悪いの?”とは聞けないから、そう聞いてみた。


「解り合えないことの方が多いさ」


 リュウは何とも思っていなさそうに、そう言って、月を見た──

 月を見ていた視線が、不意にこちらを向く。


「解り合えなくとも、構わない」


 そんなこと言うから、やはり、返答に困る。

 いろいろ聞き返すのも、図々しい気がするし……

 けれどリュウの表情から、“ウルフを嫌い”って訳ではないんだろうな……って感じた。

 ウルフからリュウに対する態度は、明らかに良いものではなかったけれど……


「そう言えば、最近ウルフ、体調が良いみたいですよね?」


「何よりだ――……」


 リュウは一瞬、視線を泳がしたように見えた……──そして、グッとワインを飲んだ……

 それから少し間をあけてから、リュウは言った。


「ウルフの体調が良いなら、それは瑠璃のお陰かもな―─……」


 え?? 私、関係なくない?? 私のお陰って? 私は何もしていない。ウルフの体調がいいなら、ルビー医者のお陰じゃない?


「私のお陰って? 私は、何もしていない」


「……─―いや、きっと瑠璃のお陰だ」


 私は意味が分からず、首を傾げる。


「………だいたい、ウルフは、やっぱり病気なの? ……私そのこと、全然教えてもらえない……」


 お兄さんなんだし、リュウなら、知っているかもしれない。


「…………――」


 すると、リュウは私から視線を反らして、おもむろにグラスを揺らす。

 グラスを眺めるリュウの瞳は、何故だか少し、切なく見える―─……


「……―─それを、俺の口から言わせるな」


「……ごめんなさい」


 どういう意味でリュウがそう言ったのか、よく分からない。……けれど取りあえず、一応謝ってみた。

 何かを、リュウは隠しているように思えた。


 そして暫く、私とリュウは、無言のままお酒を飲んだ。


 胃の中が、ほぼ空っぽの状態でお酒を飲んだ。だから、今日はいつもより、酔いが回るのが早い気がした。

 私は頭がぼーっとして、意味もなく、グラスを揺らしていた。グラスの中で揺れるワインを、意味もなく、眺めている。

 私の様子に気が付いたリュウが、横目で私を見てくる……


「瑠璃、酔ったか?」


「酔ってなんて、ないですよぉ~! ……」


「……俺には、酔っぱらいに見えるぞ」


「見えないですよぉ~……」


 なんだか、テンションが可笑しくなってきた……これを、酔っていると言うのかしら? わたし、酔っているのかな? けど急激に、眠くなってきた……これって酔いのせい?


「眠そうだな」


「眠いです……」


「「…………」」


 この少しの間に、眠りに落ちそうになって、私はフッと、目をとじる……


「待て。俺を残して眠ると言うのか?」


「はひ?? ……――」


 リュウの声に反応して、一応、目を開いた。


「「…………――」」


 だが、またこの沈黙の間に、私は目をとじる……――


 リュウの溜め息の音が、聞こえた気がする。更に遠退く意識の中で、リュウの声が聞こえた気がした……──


「瑠璃――――……迂闊に動くなよ? 命をなくすぞ――……」


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