Episode 7 【ターゲット】
【ターゲット 2/1 ─ 雪哉とキャット ─】
──時刻は昼過ぎ。
胸元が強調された、黒色ベースのワンピースを着た女が一人……──
大きめのサングラスに紅いルージュ。金色の髪をなびかせる。短いワンピースから出た脚が、街の中を早足で進んでいく──。手には、いくつかの有名ブランドの紙袋を持っていた。
女子高校生たちが、道の真ん中でキャッキャッと騒いでいる……
そんな事は、お構いなし。別に避ける事もせず、女子高校生たちの輪の、真ん中を突っ切る。
あまりに堂々と、その女が真ん中を突っ切るので、女子高校生たちが、思わず呆ける……
―「何あの人ぉ? ……」
―「避けろよ!」
―「でもなんだかカッコよくない? ……」
女子高校生たちの会話が、微かに聞こえた──
続いて、道の真ん中でたむろす男性グループが現れた。
やはり女は、まったく気にしていない様子。
「邪魔だよ……」
捨て台詞のようにそう吐いて、輪を突っ切る。
―「なんだあの女?」
―「避けろよ!」
―「けど、なんだか美人だったぞ?」
女は歩きながら、腕時計を見る……──
「……――」
──そして、また早足なった。
急いで街の中を進んでいく。すると、正面から来た人と肩がぶつかってしまった。 その衝撃で、女の持っていたバックが落ちる──
「いった……! ……最悪……」
多くの人々が行き交う街。肩がぶつかったくらいで、わざわざ脚を止めたりはしない。
女にぶつかった人物は、気にも止めずに歩き去って行った。
「これ、君の?」
「ん?」
だがすると、地面に落ちたバックを、女に差し出す男がいた。
「私のよ。ありがと……」
女はテキトーにお礼の言葉を述べると、拾ってもらったバックを掴んで、再び歩き出す……──
「……っ! ……」
歩き出すつもりだったのだが、進めない。……
なぜかというと、その男が、バックを放してくれないから。
「なに? 放してよ……」
「どうしようかな??」
「は? なんなのよ? 親切に見せかけて、本当はひったくりなわけ??」
「……──こっちを向いて? 綺麗なお姉さん」
男が女の顔を、自分の方へと向かせた。
「は? なにアンタ? ……ひったくりに見せかけて、本当はナンパ? …………――――って……アンタ少し、いい男ね? ……」
女はいくらか恥ずかしそうに、視線を泳がせた。
「少しってなんだよ? ……いい男って言え」
「「……――――」」
その男を食い入るように見ながら、女が、止まった……――
「やっと気が付いたか?」
「……なっなんの話? ……」
女はとっさに、自分の顔を隠した。
「隠したってムダだ。捜したぜ? ネコ……――」
「人違いよ! ……」
「人違いなものか。間違う筈ねぇーだろ」
「雪哉……――人違いよ! 見てよこの金髪? 違うでしょ!」
「“雪哉”って言ってるじゃねーか……」
「あっ!! ……」
──そう、この二人は、雪哉とキャットだ。
雪哉が、キャットのかけているサングラスを外させた。
「サングラスにヅラで変装か? 忙しい奴だな」
「……雪哉だって、その茶髪、変装?」
「まぁな。黄凰やらなんやら、面倒な連中に狙われているらしいからな」
するとキャットがフッと笑って、雪哉の頬に触れた。
「随分、肩身が狭くなったのね? 可哀想に……」
だがすると、雪哉もフッと笑った。
「お陰さまでな? ……お前こそ、何が“人違い”だ? 逃げ腰」
「フン……――」
核心を突かれたのか、キャットはそっぽを向いた。
「俺に勝てる自信がなくなったのか?」
「……アンタ、危険なんだもん……パーティ会場の地図は盗むし……銃まで取ったでしょ? ……それに……――」
「それに、なんだよ?」
「…………。なんでもない……」
「また会えて嬉しくねぇのか? 俺は嬉しいぜ? ──」
「…………」
「会いたかった……」
雪哉は掴んでいるキャットのバックを、自分の方へ引いた。キャットもバックを放さない。 ──そうしてキャットは、雪哉の腕の中へ、堕ちた……──
多くの人々が行き交う街……──
街の真ん中で抱き合う二人を、なんとなく見ながら歩く、通行人……──
「そういえば、ネコ、随分急いでたな?」
ハッとして腕時計を見るキャット。
「大変! ……行かなきゃっ……」
「収集でもかかってるのか?」
「……秘密よ! もう雪哉に、ムダな情報は一切話さない!」
「へー……? なら俺も、ますます頑張らないとな」
キャットは再び、急いで歩き出そうとする──
「放して!」
未だに、雪哉がバックを放してくれない。
「キスしてくれたら、放してやる」
そう言って、雪哉がにっこりと笑った。
「あぁ~もうっ! ……」
キャットは雪哉に、シンプルなキスをした。
──だがすると……──
「んぅっ?! ……――」
雪哉に倍返しのディープキスをされた。
……──やはり、そんな二人をなんとなく見ながら歩く、通行人。
唇を離して、雪哉がにこりと笑う。
「……ご馳走さま」
「……っ……雪哉! ……」
キャットは照れながら、怒ったような表情をした。
「「…………」」
「──それで、急いでるんだろう? キスしてくれたし、もう行ってもかまわねぇ」
「……――ぅん……」
キャットは躊躇うような顔をする。
すると雪哉が微かに笑いながら、キャットの肩を抱いた。
「知ってる。お前は深いキスをすると、その気になるんだ……――――俺とまた、遊んでくれよ?」
躊躇うキャット。──けれど、結局、頷いた……――
「いい子だ……──可愛がってやるから、お前も俺を、もっと惚れさせてくれ……――――」
****
──その日キャットは急遽予定を変更し、雪哉との時間を楽しんだ。
「ねぇ雪哉……手、繋いでいい? ……」
「いいよ。繋ぐか……」
「うん」
──時間は過ぎていき、夕暮れが近く。
二人は手を繋ぎながら歩いて、いろいろなお店を見てまわった。まるで、本当の恋人同士のように……──
「雪哉と昼間からこんなに一緒にいるの、初めて……」
「……お前今日、すげぇ穏やかだな? ……本当は大人しい性格なのか? ……」
「……なんだか満ち足りた気分だから、大人しくしてる」
「何に満ち足りたんだ?! ……それほどのこと、してないだろ?」
「……このシチュエーションが新鮮なの!」
「……手を繋いで、街を歩くシチュエーションか? ……」
「……うん」
「へー……可愛いところあるじゃん……」
秋の空に、夕焼け空が広がる。
キャットは茜色の空を、じっと見ていた……──
「夕焼けって、なんだか懐かしいイメージ……」
──夕焼け空を眺めながら、何に想い耽るのか……──夕焼けが終わり夜へと変わるまで、ずっとずっと、空を見ていた──
****
──空にはもう、星が瞬いている。
ラグの上にヘタッと座って、キャットは温かい紅茶を口にする。
「この部屋落ち着く~……」
随分とリラックスしているようで、キャットは部屋でまったりとしている。
この部屋はこの間、瑠璃と雪哉でいた場所と同じ場所だ。この間瑠璃を招いた時のように、仕事絡みの案件で“場所が必要”な時や、今回のように訳アリな女と過ごす為にと、雪哉が自宅とは別に借りている部屋だ。
雪哉はソファーに座りながら、苦い表情で、キャットから視線を反らす……
「調子狂う。……アイツ誰だ? ……やけに穏やかな、あの女は誰だ? ……」(一人言)
「雪哉、なに一人でブツブツ言ってるの?」
「何でもない……」
キャットが張り合いもなく、やけに穏やかなものだから、雪哉からしたら、違和感が抜けない。
「……雪哉どうしたの? ソワソワしてる……」
「…………。おいネコ、お前どうしたんだよ? そんな目、しやがって……」
「何が?」
穏やかだと、自然と目が優しくなるから……――
「何でもねぇよ! ……」
「…………はい?」
雪哉は悪戦苦闘中のようだ。こんな拍子抜けな態度を取られ続けたのでは、利用しずらくて仕方がない。
「さっきから何なの?」
キャットが首をかしげながら、雪哉の隣に座った。
「……ネコがやけに大人しいから、調子狂う」
キャットは目をパチパチさせながら、雪哉を見た。
「意味わからねぇ……もういいから、もっと近くに来い。……──可愛がってやるって、言っただろう?」
キャットが素直にニコッと笑って、雪哉に抱きつく。
〝なんだその、無垢な笑顔は?〟と、雪哉は目を見張る。
「……なついた猫みてぇ……お前、もしかしてコレ、戦略か……?」
「さぁね……どうかしら?」
そうしてキャットから、雪哉にキスした。腕を絡まして……舌を絡まして……──ソファーに身体を倒す。
雪哉を見下ろすキャットの長い髪が、揺れる……──その髪を耳をかけて、また、キスをした。
二人が何を思い、恋人の真似事をするのかは、誰にも分からない。
愛なのか……偽りなのか……演技にしては、出来すぎていて、真実にしては、不確か……──
――ドカッ! ……
「痛ッ! ……」
「フフ……」
「なに笑ってんだよ! ……」
そうしてキスに夢中になっていたら、ソファーから落ちた。
雪哉は一度キャットを抱きかかえて、反対側に倒した。上下が入れ替わる。今度は雪哉からのキス……──
服の上から胸に触れる。丁寧に服を脱がせてから、雪哉も脱ぐ……──胸を舐めて、撫でる──
「感じるか? ……」
「ぁん……ッぅるさいなぁ……」
「うるさいってなんだよ?! ……」
──コロンッ!
キャットは胸を撫でる手から退がれるように、背中向きになった。
「お前逃げやがったな!」
キャットが顔を上げて、恥ずかしそうに雪哉を見上げながら笑った。
「だって雪哉が聞くから……そんなこと、聞かなくて良いのよ」
「感じてなかったらヤダから、聞いた」
「えっなに? 雪哉のくせに、そんなこと気になっちゃったの? 雪哉のくせに!」
「ぅるさ……お前こそ、俺と初めてじゃねぇくせに、なに恥ずかしいみたいな顔してんだよ?」
「うるさいな~! そんなんじゃない!」
「なにムキになってんだ?」
うつ伏せになっているキャットの身体に、腕を回した。
背中に大きく刻まれた、赤い天使がよく見える……――
「……それにしても……デカイタトゥーだよな」
「…………」
赤い天使が刻まれた背中に、そっと唇を押しあてた。
「ぁ……――」
いきなり背中に唇をあてられて、不意に声が出て、身体が少し退けぞった。
ツー……っと、背中を舐める舌──
「……どんなデカイ想いが、お前にコノ
「どうだったかな? ……よく覚えてない。けど、あの時は悲しかったのかも……一番ほしかったモノが、手に入らなかったから……――」
キャットの声が、微かに震えた。〝よく覚えてない〟と言いながらも、その言葉にその声に、当時の悲しみを映すように……──
「……――何がほしかった?」
「秘密……」
「…………なら、いいや……」
雪哉は丁寧に、背中を舐める……──
「悲しかったってのは、よく伝わってきた。俺が全部、舐めてやるよ……」
「……うん」
──そうしてキャットは昔を思い返すように、話し始めた。
「タトゥーは、幹部の証。 私は幹部まで上り詰めた訳じゃない。“幹部にしてもらった”の。……そんな中途半端な奴だからだと思う。タトゥー入れることに、反対もされたんだ。結局私は、入れたけど……」
「へー初耳だな……──誰に反対された?」
「アクアはすごく反対して、私のことを怒ってた。ウルフは……何も言わなかった。けど、気難しい表情で私を見てた……──他の奴は、知らない」
「……──なぁ聞いていいか? まさか、あの
「ドールのこと? 当たり前よ。……あの子は幹部ではない……」
「だよな……」
「ドールか……――――あぁ、私って酷い女……」
呟くように言って、キャットは俯く。何か思い詰めたような、暗い表情をしていた。
「いきなりどうしたんだよ?」
「ドールが、いなくなったの……――ドールを、捜さないといけないのに……」
「…………そんなこと、気にするなよ……」
雪哉の心臓が、ドクンと大きく鳴った。雪哉はドールの居場所を、知っているのだから。
「でも……――」
「でもじゃねーよ……? 今は、俺といて……」
赤い天使の刻まれた背中を、抱き締めた。
「雪哉……――」
キャットは身体をよじって、雪哉と正面から抱き合う形に変えた。
不確かな愛が、咲き乱れる……
女は不意に悲しい顔をした……──
「あーあ……やめられない……――」
****
━━━━【〝
触れてしまった愛は、偽物? ……──
確かに触れられるのに、いつしか、風のように流れ去るのだろうか?
この事件の謎が、全て解き明かされ、この事件が、夜明けを迎える頃……──この愛は、幻のように消え去るのだろうか? ……──
風のように留まる事はない、気まぐれで行方知らずの愛情……──
いくつ嘘を吐いた?
いくつ、心を持っていかれた?
いくつ、心を奪った?
生まれてしまった愛は、輝こうと身を削る……──その瞳に映っているのは、誰だろう? ──……
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