【スパイ 4/4 ─ 瑠璃と陽介 ─】
…………。
──ナデナデナデナデ……
聖「は? お前ら邪魔だ……」
──ナデナデナデナデ……
雪「何言ってんだ? 俺が褒めてやらないでどうするんだよ? 瑠璃は俺の弟子だ!」
──ナデナデナデナデ……
純「けど……瑠璃、お前度胸あるな? 褒めてやるよ」
──ナデナデナデナデナデナデ……
こうして、同じタイミングで三人、聖、雪哉、純から頭を撫でられまくる私……
この可笑しな光景はなんだ??
そして三人は……──
──べしっ!!
聖「雪哉の手がうざったい!!」
──べしっ!!
雪「おい純! お前の手、邪魔だ!!」
──べしっ!!
純「聖、テメー! 退いてろよ!!」
──べしっべしっべしっ……!!
〝 人の頭の上で、地味に争うな!! 〞
聖、雪哉、純は、人の頭の上で、お互いの手を叩きっこしている。……〝私は中心〟……この三人に囲まれている状態なんですけど? 何これ?? 出たい……
……そういえば、いつもだったら一番に寄ってくる筈の陽介が、今回は寄って来ない。
──私は“助けて”、と、陽介に目でうったえ掛けた。……──けれど何故か、助けてくれない……いつもはムダにテンション高いくせに、なんだか今日は、少し、元気ない……終いには、目、反らされた。
瑠「陽介っこの三人、どうにかしてよ?! ……」
すると、一度反らした視線が、また元に戻る。
「「……――」」
何故だか、変な間が出来た……──
……けれどそれから陽介は、いつもの調子に戻ったように、私たちの方へとやって来た……
陽「おいおいおい! そこの馬鹿三人! 瑠璃のこと閉じ込めてんじゃねーよ?! さっきからメチャクチャ困ってんだろ!!」
〝しっしっ!〞と、聖たち三人を追い払う陽介。
陽「瑠璃ぃ~大丈夫だったか?! 男共に囲まれちまって、可哀想にぃー!」
──ギュッ!!
お決まりの抱きつき。なんだ、やっぱり、いつも通りか……──
瑠「毎回毎回、抱きつきすぎよ……」
陽「え~? 別にいいじゃん。瑠璃の馬鹿……──」
馬鹿?! 陽介に『馬鹿』、なんて言われるとは、思ってなかった。……
やっぱり陽介、いつもと違う。なんだか、機嫌悪そう……
陽「今日くらい、抱きついてても良いじゃん! バ~カ!!」
瑠「……? ……──」
なんだか陽介、いじけてる?!
他の三人も、いつもと様子の違う陽介の事を、じっと見ていた。
雪「いじけてる……いじけたくなるのも、分かるな」
純「そうだな……行くか?」
『行くか?』その問いに、雪哉が頷いた。そして、部屋を出ていく……──
聖「『行く』ってどこへだっ?! 待てよっ……!」
雪「この天然野郎! 部屋の外に決まってんだろ!」
純「天然聖……空気読め!」
そうして、ポカンとした表情の聖を引っ張りながら、雪哉と純は部屋を出ていった。
〝どういう事?!〟と、私は唖然とした。
「え?! 皆どこ行っちゃったの?! 陽介は行かなくても良いの? 置いて行かれちゃうよ……」
「行かない。瑠璃といたい……」
「……陽介、なんだかいつもと違う。……」
「同じだよ」
“同じじゃない”。元気ないよ……
いつもはふざけてる感じに、抱きついてくるけど、今日はなんだか違う。こんな風に抱き締められたら、変に緊張しちゃうじゃん……
──そうしてなんだか、無言のまま……
その前に、陽介、私から離れる気配ない。
「……そろそろ、放してくれないかな?」
「……ヤダ」
「…………」
初めてあのバーで陽介に会った時も、『離れて』って言って、『ヤダ!』……とか、子供みたいに言ってたっけ……なんだか懐かしい。
「なぁ、どうしてそこまでするの?」
「え?」
「自分から“スパイ”役かうなんてよ……どうしてそこまでするんだよ?」
「…………」
絵梨が大切だから……誓を守りたいから……
聖を助けようとする誓の、助けになりたいから……
誓の大切な弟、聖を助けたいから……
雪哉に何かあったら、絵梨が悲しむから……
──〝大切な人たちが増えた〟──
陽介も純も、百合乃さんも、みんな笑顔でいてほしいから……
──頭の中に浮かぶ、理由の数々。多すぎて、言葉にはならなかった。
「初めて会った日に、瑠璃は“ブラック マーメイド“の事について、俺に聞いたじゃん? ……何でこんなお利口そうなお嬢さんが……そんな事を調べてるんだ? って思ってた」
「…………」
「“今のマーメイドには、首突っ込まない方がいい”、そう思って、俺は瑠璃に、何の情報も与えなかった」
「……うん……」
「俺がそうやって、遠ざけさせてやったのに……―─瑠璃は結局、此処まで辿り着いた」
「…………」
「そして、俺が瑠璃に惚れかけた頃になって、瑠璃は自分を危険にさらすんだ……――――」
抱き締められる力が弱まって、私たちの視線が絡む。
少し怒ったような陽介の表情。そして、微かに涙目になった瞳……──
「
また強まる、抱き締められる力。
「腹立つから……一言、そう言ってやりたかったんだよ!! ……」
「……ごっごめん……」
「ごめんじゃねーよ! ……忘れたとは言わせねぇ……──瑠璃、俺をナメんなよ!!」
「ナメてないよ……?」
「ナメてる! 俺はブラック オーシャン、南のトップを務めた男だぞ?! ……そんな俺様の、気持ちを
「…………」
「そんなこと出来る奴、瑠璃しかいねぇーんだからな……!!」
「陽介……? ……」
「なんだよっ!!」
──怒ってる……? ……
「……そんな、怖い顔しないでよ。でも、ありがとう……」
手を伸ばして、その髪に触れてみた。ワックスのせいで、固いけど……
──クシャ……
気にせずに、頭を撫でてみた。
陽介は顔を赤らめて、私の手から逃げた。
「瑠璃っ! てめぇー! ……俺様の髪型を乱すとはいい度胸だ……! ……」
どんな心境で頭を撫でたのかは、よくは分からない。
「嫌だった?」
「……――――いっ嫌じゃねーよ!! ……」
「逃げたじゃない?」
「嫌じゃねーよっ!」
それから陽介は、また私をギュッと抱き締めた。──私は、腕をダランと、下げたまま……──
強く強く……私を抱き締める力……──
どうしてこんなに、私なんかを必死に抱き締めてくれるのだろう……? ……
どうしてあなたは、私なんかを、求めてしまったの? ……
あなたはどうして……報われない恋心を抱いてしまった……?
だって、私が心から愛する人は……――
「あーあ……俺がこうして抱き締めても……お前は俺を、抱き締め返したりはしない――……」
……“あなたでは、ないのに”……──
陽介みたいに優しい人が、どうして、私なんかに惹かれてしまったのだろう……
きっと……──陽介の事だけを、想い続けている人が、いる筈なのに……──
──『運命の巡り会わせってやつか?!』──
──『全く運命を、感じない……』──
本気が冗談かは分からないけど、陽介は私たちの出会いを、“運命の巡り会わせ”と言っていた。
私はそれを否定したけど……思えば、私が小さな第一歩を踏み出した、あのバーの夜……──陽介は、すぐに私を見つけてくれた。
そして他でもない、陽介こそが、元ブラック オーシャンのメンバーだった。
──今さら、“運命だ”って思った。
陽介が望んだ様な、恋愛の運命ではないけれど……──陽介と出会ったのは、運命だ。
この人は、私を導いてくれた、私のキーパーソン──
私を抱き締める陽介の腕が、震えてる……
もう私は、“放して”なんて、言えなかった。
陽介が自然と私を放すまで、静かに抱き締められたままでいた──
****
──そして、次の日……──もうすっかり、秋に変わった空。
正午──
賑わう街を、真っ直ぐと、二人並んで進んでいく。私と雪哉。
正体を隠す為なのか、雪哉はまた、茶髪のウィッグをかぶっている。
それに便乗してか、私もあまり顔が見えないように、帽子を深めにかぶる。
「昨日、陽介の事フッたのか?」
「……露骨にフッたりはしてないけど? ……私、彼氏いるし……」
「じゃあ、やんわりとフッたのか? ……はっきりしろ」
「そんなこと言われても……──でも、少し落ち込む……」
「どうして瑠璃が落ち込むんだよ?」
「だって、陽介って良い奴だから。……3日目のパーティーの日だって、私が一人にならないように一緒に残ってくれたのは、陽介だった……もう仲良く出来なかったらって思うと、落ち込む……」
「心配ねぇよ。陽介は、いつまでもクヨクヨとするような奴じゃない。──今まで通りでいられると思うぜ?」
「ならいいけど……」
──街を歩く……そうしてまた、あの噴水の広間へ辿り着く。そして、ちょうど噴水の真ん前で、私たちは逆方向を向く──
「じゃあな、瑠璃。せいぜい頑張れ。期待してるぞ」
雪哉は笑みを作りながら、逆方向を向いた瑠璃に言った。
「ありがとう。……──それで結局、雪哉はどこへ行くの?」
「また、クロネコ女を手懐けに行くんだ。あいつと関わってると、何かと命拾いするからな」
雪哉が黒い笑顔を作った。 “利用できる人物は利用する”。“相手の情など、知ったことではない”。……──だってこの人は、心を潰して、役目を果たす事だけを、考えてきた男だ。
──そう、妹の愛する人は、スパイだった……――
けれど彼にはきっと、守りたいものがある。それを守る為に、この役をかっているんだ。
そして私もスパイになる。 私も心を潰して、悪い女になってあげるの……大切なものを、守りたいから……
守りたいが為に、人の情を踏みにじり、自分の手を汚し……──罪を増やしていく──
──“善悪の境界線が曖昧”……──
──騙し合いに堕ちていく人間を、神は罰するだろうか? ──……
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