転生幼女は獣人のお姉さんに尻尾で首を絞められないと生きていけないそうです??

中毒のRemi

第1話 獣人さんに拾われる幼女

 夜の帳が降りた世界で、雪が荒々しく降り注ぐ中、魔物達は街を襲い、人を殺し愉快にわらう。


 剣を持って立ち向かっていったお父さんや村人達は、闇に飲み込まれ……帰ってきたのは断末魔と血の匂いだけ。

 

「逃げようよ! 家の中にいても死ぬだけだよ!!」

「……無駄よ、私達の足じゃあ追いつかれてすぐ殺される」


 今のまま家の隅に隠れていても、確実に死ぬというのに……お母さんが私の提案を受け入れてくれない。

 

 この恐怖の中、ただただ死ぬ順番を待つだけの時間。

 いっそのこと自殺したい。


 泣いて助けを乞いながら喰われるくらいだったら、自分で死ぬ瞬間を決めた方が遥かにマシだと思えるのだ。


 覚悟を……いや、ただ楽になりたいという自分の弱さに負け、護身用で手元に置いていた剣を取り――


「貴女がそんなことする必要はないわ。フィオネ……良いことを思いついたの。これが最善の手よ」


 お母さんは自殺しようとしていた私からすぐさま剣を奪い取り、自分自身を大きく切りつけた。


「お母さん!なんで!!!」

「……隠れなさい…………頭の良い………フィオネなら…………」


 それだけを言い残して動かなくなってしまった。

 

 わけがわからない。

 なんでお母さんは自殺したのだろうか。

 ……ただ、生きて欲しいと願われた気がする。


 泣いて迷っていたら、確実に死ぬのだ。

 生き残るためには……今、頭の中を駆け回っている全ての感情を押し殺すしかない。


 私は周辺を照らしていた僅かな灯りを消し、自分で部屋を荒らした後、臭いの強い食料とすぐに冷たくなったお母さんの血を大きな布に塗り付けた。


 死体の下に隠れるだけでは、見つかってしまう可能性がある。


 酷く汚れた布や大きな道具、そしてお母さんを部屋の壁側に置き、私はその1番下に隠れる。


 今、この場で出来る精一杯はこれだけ。

 これで魔物の目を欺けるよう、神様に祈る――



 

 ---

 



 暗く、寒く、そして臭い部屋の中、外から聞こえてくる悲鳴と足音がピタリと止まった。

 分厚い布の下で震えて待つだけなので、どれだけ時間が経ったのか分からない。


 ただ一つだけ確かなことがある。

 私は生き残った。生き残ってしまった。


 開けられた扉に大きな足跡、

 もちろんこの家にも魔物達が押しかけてきた。

 

 だけど私が自作した酷い悪臭の罠に耐えられなかったのか、部屋を物色された様子もなくお母さんの死体も放置されたままだ。


 泣きたかった。

 叫びたかった。


 生まれ変わってこんな目にあうなら、転生なんてしたくなかった。


 ……だけど、泣いて喚ける状況でもなく、

 そんなことに時間を割いているのなら、生き延びることを考えなければいけない。

 じゃないと、私を生かすために死んだ両親の命が無駄になってしまう。


「お母さん、今までありがとうございました……」


 それだけ言い残して家を後にした。



 ---

 


 明るい。

 外は一面が真っ白に覆われていて雪が大地を優しく包み込んでいた。

 友達や村人達の死体と共に。


 外に魔物の姿は見えない。

 興味を無くしたのか、おそらくここを通り過ぎて行ったのだろう。

 私も魔物達に習い、早々に見切りをつけて村を出た。


 この場所で生活するのはもう不可能だ。


 新しく人が生活している場所を、自分の寄生先を見つけなければいけない。

 次は魔物に侵されない、安心できる場所を。

 


 魔物に見つからない事を祈りながら、寝ずにひたすら森を歩く。


 すごく眠い。

 でも襲われる恐怖とこの寒さの中、寝る判断をするというのが途轍もなく馬鹿なことに思えて、実行に移せなかった。


 持ち出した食料はすぐに尽きてしまったけど幸か不幸か、見渡せば一面の雪。

 水分にはしばらく困らない。

 ……眠れない原因でもあるけど。




 ---




 何度目の朝だろうか。

 食料、そして睡眠も無しで歩くのに限界が見えてきた。

 魔物に出会わない奇跡に感謝する気力も失せ始め……


 お腹が空いたのはもちろん。

 でも、それ以上に眠い。


 気づけば目の前は真っ白。

 私の体は地面に伏していて、もう立ち上がれそうもない。


 

 ――ザクッ…ザクッ…ザクッ――


 固まった雪をどける音が体に伝わってくる、足音だ。

 人――いや、こんな森の中を人間がうろついてるとは思えない。

 結局、全て時間の無駄……

 

 足音がすぐ近くで止まった。

 どんな相手に殺されるか、見たくは無かったけど、見ないという選択肢を取る方がありえない。


 私は最後の力を振り絞って顔を持ち上げ、霞んでる視界で目の前を見た。


 尻尾に獣の耳、

 しっかり服を着ていて、首には暖かそうなマフラーを巻いている。


 魔物……いや、これはおそらく獣人族。


「た…………すけ……」


 考え無しに、殆ど反射で言葉が出てしまった。

 

 他に選択肢が無いとはいえ、獣人族に助けを求めて良いのか、そもそも私の言葉が伝わるのか……分からない。

 小さな村で暮らしていたせいで、あまり外の知識が入って来ないのが、ここで災いするとは。

 

「…………」

 

 返事がない。


 諦めて顔を下ろす――と同時に、ほとんど感覚の無かった首に違和感が襲い、更に体が宙に浮くような感覚を覚え、

 目をもう一度開けると、私はその獣人族の長い尻尾で体を持ち運ばれていた。


 尻尾が首に巻かれている事に恐怖は無く、

 揺籠に揺られてるみたいで……暖かく、とても心地が良くて、私はすぐに目を閉じた。

 ……ただ少しだけ呼吸がしづらかった。



 

 * * *

 



 酷い頭痛とともに意識が戻った。

 重い瞼を開けると、目に映ったのは見知らぬ天井。


 どれだけ寝ていたんだろう。

 気がつけば自分の家……という淡い希望を持っていたので、少しだけ落胆してしまう。

 やっぱりあれは悪夢などではなく、現実だったのだ。


 怠い体を無理やり起こし、周りを見渡した。


 綺麗に整頓された部屋で、一人、高価そうな椅子に腰を下ろしていた。

 おそらく気を失う前、最後に見た黒髪の獣人さん。


「あ、ありがとうございます!助けて頂いたみたいで……」


 私はすぐさまお礼から切り出す事にした。

 この人が何を考えてどうして助けてくれたのか分からない。


 ただ、第一印象は大事だ。

 縋りつける相手がこの人しかいない間、人が生活している街に行くまで、必死に媚びを売らなければならない。


 今、ここから叩き出され、森の中に逆戻りするような事になれば次こそ死んでしまう。


「なんでこんな場所にいるの? ここ、人間の生活圏からかなり離れてるはず」

「それは……」


 流暢に人の話す言葉が返ってきた。

 どうやら言語は同じらしい。


 あんまり自分の記憶を掘り起こしたくないので、山菜を取っていたら家族とはぐれてしまった。

 という馬鹿みたいな嘘で誤魔化した。


 それを聞いた獣人さんは『ふ〜ん』と、特に興味も無さそうな反応をしただけ。


「あの、人が住んでる場所に連れて行って欲しい……です」


 少し歯切れの悪い言い方になってしまった。


 助けて貰っておいて、更にお願いをしなければならない無力さ、図々しさには流石に自分でも嫌になる。


「私に人里まで護衛しろって言ってる?」

「ひっ…………は、はい……その、出来れば……」


 機嫌を損ねてしまったのか、とても嫌そうに返事が返ってきた。


 凄く怖い。

 恐怖で冷や汗が背中を伝っているのが分かる。


 でも、これは私が悪い。


 獣人さんは人間の生活圏が遠いと言っていた。

 私の頼み事はとても面倒くさいものだと思う。

 赤の他人からお願いされて、すぐに頷けるような事じゃない。

 

「……今の時期は嫌、それも無償なんて絶対に無理」

「そう……ですか……」

「だから、冬が終わるまでここで働いて。外が暖かくなったら送る」

「え、働く……ですか?」


 獣人さんは無表情のまま頷く。


 続けて説明された仕事の内容は特に難しい事ではなく、ただの家事全般をやって欲しいとの事だった。

 家政婦……それともメイドや侍女と呼ぶべき職になるのだろうか?


「嫌なら――」

 

 働くというのは想像もしなかったことだけど、これは別に悪い条件じゃない。

 それなら取る選択肢はもちろん――

 

「いえ……凄く嬉しい提案です!喜んでやらせて頂きます!!」

「……?」


 私が喜ぶ理由が分からないのか、怪訝そうな視線が送られてきた。

 

 この話、

 今の私には丁度良かったのだ。


 滅んだ街のこと、

 家族のこと、

 魔物こと、


 その全てを、今は考えたくなかった。


 だから、丁度良い。

 脳によぎる隙を与えないくらい必死に頑張ろう。

 この人に捨てられないように、人のいるところへ行けるまで……


「あの、よろしければ名前を教えてもらっても……?」

「……私はシエラ」

「シエラ様ですね、私の名前はフィオネです。これからよろしくお願いします!」

「よろしく」


 でも、注意しなければいけない。

 

 相手は人間ではなく、初めてコミュニケーションを取る種族。

 獣人族について詳しく知ってるわけではないけど、腕力が強いって言うのはお母さんから聞いた。

 魔物同様に警戒しなければいけない相手だ。


 下手をすれば殺されてしまう……



 

 * * *



 

 それからは家の外観と内装を見て回った後、すぐに仕事取り掛かることになった。

 家、というよりは小さな洋館と言うべきなのだろう。


 ……そして驚くことが何個かある。


 一つはこの建物が森に囲われていること。


 外を見渡しても他の家はない、

 何故この場所に住んでいるのか理由を聞いたら『面倒なことを押し付けられたくないから』という言葉が返ってきただけ。


 でもこの変な立地の件に関しては、命を救われているので文句の付けようもない。

 ここにちょっと変わった獣人さんが住んでなければ、私は確実に死んでいたのだから。


 そして驚くこと2つ目……


「失礼かもしれないんですが……なんでこんなに汚いんですか」

「それ聞く必要ある? 別に急がなくて良いから、少しずつ掃除していって」

「はい、すみません……」


 おかしい。

 私が寝かされていた部屋はあんなに綺麗だったのに、あの部屋を出ればすぐにゴミの山。


 自分の寝室だけは綺麗にしておきたいとでも言うのだろうか。

 全く理解の出来ないタイプの人だ。


 家の広さを見る限りだと絶対に一人で管理できる規模ではない。

 それなのにシエラ様しかここに住んでいないというのも、だいぶ謎である。



 

 拾われて1日目の夜。

 掃除はまだ全く終わってないけど、もう良い時間なので寝ることになった。

 ただ小さな問題がある。


 私が寝るための寝具がない。


 ここにはシエラ様しか住んでいないので当たり前といえば当たり前なんだけど。


 どこで寝よう……


「部屋にいないと思ったら……書斎で何してるの?」

「えっと、掃除ついでに椅子か床の上。どっちで寝ようかと迷ってまして……」


 そう言葉を返すと、何故かとても訝しげな目で見られた。

 

「はぁ……」

「え?」


 気づけば体を片手で担がれている。

 ……何故?

 

「ちょっとま――」


 そしてそのままシエラ様の寝室まで連行された。




「フィオネはこのベッドで寝て」

「え、それじゃあシエラ様はどこで寝るんですか?」

「ここで寝る」


 そう言って、ベッドの近くに置いてあった椅子を指した。

 朝、目を覚ました時に、シエラ様が座っていたものと同じ物だ。


「シエラ様が椅子で寝て、私がベッドですか?」

「そう」


 ……いや、

 どう考えても駄目では無いだろうか?

 

 まだ一緒に過ごしている時間が少ないせいで、顔を見てもイマイチ何を考えているか分からない。


 優しさ、で言われているんだろうけど……


 雇い主の隣、

 しかも私だけベッドで寝るぐらいだったら、1人廊下の床で寝た方が遥かに安眠できそうだ。

 

「流石にそれはどうかと思うのですが……」

「これは命令」

「えぇ……」


 それを言われると何も言い返せない。

 

 仕方なく私だけベッドを使うことになった。

 


 ---



 目覚めると外はまだ暗い。

 多分、寝てから2時間も経ってないくらいだろう。

 背中を汗がじわりと濡らし、シーツが冷たく感じた。


 やっぱり見てしまった。

 あの地獄が夢に出てきた。


 あんな物を記憶して、尚且つ悪夢として再生する脳に怒りを覚える。

 キレている相手は自分なのでどうにもならない事だけど……はぁ。

 

 まだ夜は始まったばかりだというのに、もう一度眠るのが怖い。


 私は魔物に襲われて家族と故郷を失い、

 日中夜問わず、眠らずに歩き続け、そしてここに辿り着いた。


 眠れなくて当然だ。

 こんな環境では安心出来ないのだから。


 あの獣人さんも信用できるわけではない。

 いつどんな理由で殺されるか分からない怖さもある。


 ……はぁ

 考えるだけ無駄な事、

 ネガティヴなことに思考を回せば回す分だけ他の行動が出来なくなる。

 体を動かそう。

 

 私はシエラ様に気づかれないようにベッドを抜け、寝室を出た。

 今、1番気が楽でいられる時間は、無心で掃除を続けることだ。


 そして気がつけば太陽が顔を出し始めていた。

 やっぱり掃除をしていると時間が過ぎるのが早く感じる。


「おはよう……」


 眠そうに目を擦りながら、家の主人が寝室から出てきた。

 

「おはようございますシエラ様。すぐ朝食を用意しますね」



 

 * * *


 


 2週間ほど経っただろうか。

 それからの生活は太陽が出ている時間に料理、洗濯、掃除。

 夜は悪夢を見るのが怖いので、意識が飛ばない程度の睡眠を2・3時間ほど取り、また仕事に戻る。


 あんなのを寝るたびに見ていたら、本当にどうにかなってしまう。

 寝ない方がマシだ。


 そして今日も変わらない深夜の日課をこなすため、

 いつも通りベッドから起き上がり、そして歩き出そうとした……


 でもそんな生活に限界が来ていたのか、力なく宙に浮いた脚は思い通りの場所に着いてくれず、体はバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。


「……うっ……痛い」


 立ち上がることが出来ないというだけでは、事は終わらない。

 体調は更に悪化して耳鳴りが激しくなり、喉が焼けるように熱くなりはじめた。


「……はぁ…はぁ……うっ、うぇぇぇっ……」

 

 吐き気と共に全身が震え、口を押さえる間もなく、胃の中のものが押し出されていく。


 ……まずい。

 流石に睡眠を取らなさすぎた。

 

 この寝室はシエラ様が唯一自分で掃除するほど気に入ってる場所なのに、吐瀉物で汚してしまうなんて、

 バレたら追い出されるどころか……殺されてしまう。


 あるじを起こさないよう、今すぐに掃除をしなければならない。

 だというのに、体はいまだに動いてくれなかった。

 こんな命の危機と言っても良い状況で――


「変な臭いがすると思ったら……」


 隣で椅子に座って寝ていた主が起きてきてしまった。

 

「……あ、あの。これは――おえぇっ」

 

 シエラ様を前にして我慢できずに二度目の嘔吐。

 言い逃れの出来ない失態。

 何もかも終わった。

 これは死ぬ。


「ゆるし……す、すぐに……掃除……す」


 ?

 目の前にシエラ様が立っているはずなのに、顔が全く見えない。


 景色がぼやけ始め、視界が狭まっていく。


 私はそのまま意識を手放した。

 



 * * *




「はっ……」


 酷い頭痛と、またあの悪夢に起こされてしまった。

 あれを見たという事は、少なからず深い眠りについたという事だけど、外はまだ暗い。


 ……夢を見る前に、もっとヤバいことをしたような覚えがあるけど。

 きっと、あれも――


「起きた……さっそく、胃の中身を吐き出したことについて、一応、理由を聞かせて」


 目の前に無表情のシエラ様。


 瞬く間に血の気が引き、寒気が全身を包み込んだ。

 

 夢じゃなかった。

 あれは全て現実。


 そういえば私の服が着替えさせられているのに、今気づいた。


「なんで黙ってるの?」


 怖い。


 普通の人が相手ならともかく、シエラ様は人間じゃない。

 人間を玩具のようの壊せる獣が相手。


 根源的な恐怖には抗えず、歯と歯がガチガチと音を鳴らし、頭蓋骨を伝わって私の中で鳴り響く。


 でも、黙っているだけでは見える結果は同じ。

 許しを請わなければ……


「も、もうしわけ……ありません。どうか、命だけは……」


 今すぐ殺されるのではなく、ここから追放されるだけなら、まだ生きる事が出来るかもしれない。

 また吹雪の中、人が住む場所を探して歩き続けることになるけど……死ぬよりマシだ。


「目を見て話して、今は命の話なんてしてない」

「……は、い」


 声も上手く出ず、目からは意思とは無関係に涙が溢れ出す。

 

 これだけ怖がっているのも、別の種族相手では伝わらないものなのだろうか。

 

「……貴女が寝ずに、ずっと夜中も働いてたのは知ってる」

「…………」

「そんなことを続けていれば、こうなるのも当たり前」

「…………はい」

「ねぇ、なんで?」

「……それは」


 これ以上黙っているのは流石に無理。

 緊張感でまた吐いてしまう。

 

 私は心の内にあるものを、全て伝えることにした。


 自分の住んでいた村が魔物に滅ぼされたこと。

 家族が全員死んでしまい、居場所がない不安感。

 この出来事が悪夢となって脳から離れないことや、初めて出会った別種族の……シエラ様の世話をする事への恐怖まで。


 視界がぼやけて、頬を伝う涙の感触が嫌でも分かる


「…………ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


 言葉が喉の奥で詰まる。

 声にならない嗚咽ばかりがこぼれて、胸が締めつけられるように痛い。


 最低だ。

 助けて貰っておいて、こんな馬鹿なことを言ってるんだから、普通に考えて置いておく価値など無い。


 もう――


「面と向かって言われると結構ショックかも……まぁいいけど、貴女が熟睡出来る方法、一つ心当たりがある」


 心当たりとは何なのか。

 ベッドで寝ていた私を持ちあげ、シエラ様の膝の上に座らされた。

 

 何故?

 

「……え?」

「リラックスして……ベッドで寝るときみたいに、私の体に貴女の背中を寄り掛からせて良いから」


 流石にそんなことを言われても、すぐに実行出来ない。

 それに状況も理解できない。

 

「あっ、あの?」

「黙って……多分上手くいくし、なんなら丁度良かったくらい」


 そう言って獣人特有?の長い尻尾が、ゆっくりとこっちに近づき、私の首に巻きついた。


 ただ痛みはなく、まるで柔らかな毛布を被せられているように感じる。


 そして言われた通りに、背中を寄り掛からせるか迷っていたところを、

 背後から腕が回され、抱き寄せられたことで、そのままリラックスするという選択肢しか無くなった。

 

 背中からはシエラ様の温もりと胸の鼓動を感じる。

 不思議と心地が良い……

 

「うとうとしてる?」

「…………はい」


 確かにこれは眠いの……かも?

 ひんやりとした尻尾。


「少しつめたい……です」

「ベッドを貸してるせいで、尻尾が冷たくて困ってた」

「ごめん……なさい」


 すぐに謝ったら、ゆっくりと私の頭を撫で始めた。

 

「……いいから、もう寝て」


 ……そういえば森の中で拾われた時も、こうやって尻尾を首に巻き付けられてたんだっけ。

 それが結構気持ち良くて、すぐ寝てしまったのは記憶に残ってる。

 シエラ様もそれを覚えてたから、この提案をしたんだろうな………………




 * * *


 


 瞼越しでも分かるほど天気の良い朝。

 

 その太陽の光で目が覚めたけど……頭に何か触れられている感触がする。

 私はゆっくりと目を開けて顔を上に向けた。


「わっ! ……ごめんなさい、少しびっくりしちゃいました……」

 

 目の前にあったのはシエラ様の顔と尻尾。

 驚きで飛び上がって、少しだけ距離を取ってしまった。

 すでに起きていたこの館の主は、暇だったのか私を起こさず、尻尾で頭を撫でていたらしい。


「随分と熟睡だった」

「は、はい。おかげさまで……」

「ちなみに……貴女が言うように魔物だったら、あのまま尻尾で絞め殺してるかも」


 寝起き早々に怖い話を投げられた。


 あの泣きながら弁明する時、間接的とはいえ魔物扱いしたことを根に持ってるのだと思う。

 それに今は綺麗になっているけど、部屋を汚したことも……


「……申し訳ありません。部屋を汚し、シエラ様に迷惑をかけた件……どんな罰でも受け入れる所存です」


 久々に良い睡眠だったからだろうか?

 それとも寝起きで脳が回っていないから?

 

 昨日ほどの恐怖心は無い。

 ここで死んでも仕方ないとさえ思えるほど。


 今なら全てを受け入れられそうだ。


「貴女の罰は」

「…………」


 黙ってご主人様の言葉に耳を傾けた。

 

「寝るとき、必ず私の抱き枕になること。これで決定」

「…………え?」

「何、もしかして嫌? フィオネだってその方が熟睡できるんだから、得なはず」


 シエラ様は何も間違った事を言っていない、という目でこっちを見つめている。

 だけどそれでは――

 

「罰になっていません……」

「うるさいうるさい、今すぐ朝食を作ってきて。これは命令」


 追求されることが嫌になったのか、私は部屋をつまみ出されてしまった。

 

 


 ---




 そして雪は溶け、春も過ぎ、

 時は夏の夜。


「そういえば人のいる街に行きたいんだっけ?」

「なんでその話を今になって振るんですか?」

「別に……思い出したから言ってみただけ」


 シエラ様は私の頭を尻尾で弄りながらそう聞いてくる

 ……ニヤニヤと、こっちの言うことが分かってるような態度だ。


「私は……まだここで……働こうかと……」

「え、なんて? 人里に行きたい?」


 はぁ……全く、

 ウザい。

 ウザすぎる。


 私はシエラ様の膝の上に座っているのだ。

 今の言葉が聞こえない筈はない。

 

 これは望む答えを言わない限り、逃してくれないやつだ。


「シエラ様のことを……」

「小さくて何も聞こえない」

「……シエラ様がいないと生きていけないので!!ずっとここで働きます!!!……これで満足ですよね? 早く首を絞めてください」

「もう私抜きじゃあ眠れないもんね」


 どうやら満足してくれたらしく、そのまま尻尾を巻きつけてくれた。

 結局この馬鹿な主が言うように、これ無しだと眠れない。

 本当に不便な体。


 それにしても面倒な相手になった。

 時間が経ち、最初は口数が少なかったシエラ様と、仲が良くなったのは良い。

 だけどそれで調子に乗って、時々こういう無茶振りをしてくるように……


 主従の関係といえど、こうやって支配欲を満たされるのは、いい加減怠くなってくる。

 一度お灸を据えてやろうと私は考えた。


「シエラ様、もっと新鮮で面白いことを教えてあげますよ」

「ん〜? ならそれを教えて」

「はい、一度目を瞑ってもらえますか」


 そうお願いすると、何の疑問も持たずに目を閉じた。

 尻尾で首を絞められたままなので、こちらの居場所はバレバレ。

 でも、今からする事は予想出来ない筈だ。


 私は目を開けられても問題がないよう、目元にそっと手をかざし、視界を覆った。


 そしてゆっくりと顔を近づけ、お互いの吐息が混じり合うほどの距離まで近づき――唇を重ねた。


 羽毛のように触れるだけのキス。


 ただ効果はあったようで、私のこと絞めつけていた尻尾が力無く離れていく。


「キスするのは初めてですか? 最近、調子に乗っていらしたようなので、そのお返しです」


 覆っていた手を外してみると、シエラ様の目は月のように大きく開かれていた。

 

「え……キス……?」

「良い反応ですね。その反応を見れただけやってみた甲斐があったものです」

「……えっと……あっ……」

「尻尾が離れてますよ、早く私に巻き付けてくれませんか」


 そう言うとキスのことには言及せずに、痙攣した尻尾をゆっくりと私の前に近づけてきた。


 予想以上に動揺している。

 キスをしてから視線が合わないし、挙動不審……


 これはからかい甲斐がありそうで、明日から楽しみになってきた。

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