第2話カイ
再び男が仁に迫ってくる。その瞬間、遠くからエンジン音が激しく響いてきた。仁が振り返ると、路地の奥から強い光がこちらを照らし出す。車はスピードを上げ、勢いよく狭い路地に突っ込んできた。ヘッドライトが雨の中で鋭く輝き、まっすぐこちらへと向かってくる。
「いいタイミングだな…」仁はそう呟くと、男の足元に向かって全力で蹴りを繰り出す。男は体勢を崩し、よろける。仁はためらうことなく、さらに前蹴りで男の体を強く押し出した。無言のまま、男を車の進行方向へと押し飛ばす。
車が凄まじいスピードで突っ込んできた。轟音とともに、男は跳ね飛ばされ、地面に勢いよく転がる。仁は荒い息をつきながら、その場を見つめた。
車のドアが開き、中から金髪の若い男が飛び出してくる。20代前半の相棒、カイだ。彼は車の前に横たわる男を見て、目を見開いた。
「え…ちょっと待って、俺、今…人を轢いちゃった…?」カイが焦った様子で仁に問いかける。
仁は無言でポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけた。一口吸い、ゆっくりと煙を吐き出すと、肩をすくめてカイに視線を向ける。「まぁ、助かったから気にすんな」
カイはまだ混乱しているようだったが、ふと疑問を思い出し、仁に問いかけた。「そういや、あのメール…どういうことだ?お前の現在地が急に送られてきて、『物に当たるまで止まるな』って、何があったんだよ?」
仁はタバコをまた一口吸いながら答える。「あいつにに投げ飛ばされた。そのあと、保険のためにお前にメールを送ったんだ。」
カイは驚愕の表情を浮かべ、思わず声を上げる。「ぶっ飛ばされたって…お前が!?あの仁が!?そんなことになるなんて信じられねぇ…世の中って広いなぁ…お前をぶっ飛ばせるやついるんだな」
仁はカイの反応を見つめながら冷静に口を開いた。
「だから、お前に保険として走らせたんだよ、 やっぱり世の中にはまだまだ訳のわからねぇ奴がいるってことさ」
カイはしばらく黙った後、ため息をついた。「…ほんと、相変わらずお前の無茶っぷりにはついていけねえよ。」
仁はわずかに肩を回しながら、「面倒かけたな」と、淡々とした口調で言った。
カイは男の方へ近づいていく。「これ、本当に大丈夫か…?」不安そうに男を見下ろしたカイは、その顔を見て思わず顔をしかめた。「うわ、ひでぇ顔だな…」
男は地面に横たわり、動かないままだったが、仁は油断せずにじっと睨み続けていた。
「油断するな。そいつの力は異常なほど強い、普通の人間じゃないのは俺を見てわかるだろ。」仁は低く冷静な声でカイに忠告する。
「えっ!?こわっ!」カイは少し不安そうに後退りした。
仁は男を睨みつけたまま、雨音の中で思案する。
仁はふとカイに視線を向け、「おい、アイツ縛るのに鉄の鎖みたいなの、持ってるか?」と、淡々とした口調で尋ねた。
カイは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに肩をすくめて軽く首を振る。「いや、ないっすね。そんなもん常備してないから。」
仁はカイの返事を聞いて、タバコを一口吸いながら視線を遠くに向けた。「そっか…まあ、今は捕まえようがねえんじゃ、ここにいる意味もねぇな…今回はここまでだな」仁は小さく呟くと、男に最後の視線を送り、ゆっくりと背を向けた。そして、少女の方へ向かい、彼女の肩に手を置いて静かに言った。「さあ、行くぞ。事情は後で聞く。」
少女は怯えた表情のまま、仁の言葉に黙ってうなずき、車の方へ歩き始める。仁は後ろを振り返りながら、男が追ってこないことを確認する。カイの方へ視線を移し、落ち着いた口調で言った。
「カイ、行くぞ。車を出してくれ。」
カイは仁の落ち着いた声にうなずこうとしたが、ふと隣に立つ少女を見て驚いた表情を浮かべた。「…誰だ、その子?」と一瞬聞こうとしたものの、すぐに何かを察して口をつぐむ。
代わりにカイは軽く息をつき、無言で車のドアを開ける。仁は少女を先に車に乗せ、自分もゆっくりと車内に入った。
カイも車に乗り込むとエンジンをかけ、一度バックギアに入れて車を後退させた。通りまで出ると車を静かに発進させた。車が路地を離れ、夜の街を走り始める。カイは後部座席の少女をちらりと見てから、仁に少し不安そうに尋ねる。
「あの…その女の子、どうしたの?」
仁は少女の方をちらっと見やる。彼女はまだ怯えた様子だが、少しだけ落ち着きを取り戻しているようだった。仁は前を向き直り、静かに言った。
「あの子、追われてるらしい。理由はわからん」
カイはやや驚いた表情で聞き返す。「追われてるって…誰に?まさか、さっきの化け物みたいな奴にか?」
仁は短くうなずく。「ああ、詳しいことはこれから聞くつもりだ。」
仁は前を見つめていたが、ふと後部座席の少女に目をやった。
「…名前は?」仁は静かに、だが冷ややかではない声で尋ねる。
少女は一瞬、驚いたように仁を見たが、ためらいながらも小さく答えた。「…リン。」
仁はうなずき、次に尋ねる。「親はどこにいる?」
リンは視線を落とし、手をぎゅっと握りしめる。しばらく黙ったままだったが、やがて小さな声で答えた。「…わからない。いなくなっちゃったの…」
仁は彼女の様子を見て一瞬考えたが、それ以上問い詰めることはしなかった。ただ、前を向き直し、タバコに火をつける。そして窓を少しだけ開けて、一息吸った煙を外へと吐き出した。車内にこもらないように、煙が雨の中へと流れていく。
「そうか…」仁は短くそう言い、再び視線を前方に戻した。
「どこに向かったらいい?」カイが少し戸惑いながら尋ねる。
「うちだよ」仁はすぐに答えた。
カイはしばらく考え込み、頭をかきながらため息をつく。「…了解。でもさ、仁、こんな面倒なこと、どうしていつもお前の周りで起きるんだよ?」
仁は微かに苦笑しながら、窓の外に視線を向けた。「俺が知りてぇよ」
タバコを一口吸い窓から外に吐き出した。
少女もカイも、それ以上何も言えず、ただ車内に雨の音だけが響いていた。
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