第86話

その背中を見ながら、無意識に考えているのは、伊織くんとはじめて出会った日の、夜のこと。



ぐちゃぐちゃの、自分でもよくわからない感情を抱えてただ、泣いていた私に。



『さびしいんだったら、さびしーって、言わないと』



促してくれた、伊織くん。



素直に『さびしい、から、今夜だけいっしょにいて』告げた私に。



結局、朝まで付き合ってくれた。



伊織くんが買ってきてくれたサンドイッチを半分こして。



私が口をつけたペットボトルのお茶にも、迷いなく口をつけた。



「新しいの、買って来ようか?」



「なんでー?これで、じゅーぶん」



ほがらかに、笑ってみせた伊織くん。



そんなやり取りを、昨日のことのように、思い出す。




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