32.そうして二人は

第32話

濡れ鼠のまま歩きながら、二人は語り合っていた。




「久しぶりだね、こんな風にオヤジと一緒に歩くなんて」




「ああ、そうだな、何年ぶりだろう?」




「オバさんの結婚式以来だよ、小学校6年だったかなぁ?」




「もう、そんなに昔か…」




妻には何も分からなかったようだ。ただ、娘と洋次が一緒に帰って来たのに、ちょっと驚いた様子だった。そうして、雨でもないのに、二人がびしょぬれだったことにも。慌てた様子で、幾枚ものタオルをかかえ、駆け寄ってくる。




「もう! もう! 二人とも、何をどうやったら、こんなにずぶ濡れになるのかしらね? 早くお風呂に入りなさい。でないと風邪をひくわ!」




洋次はあきれ返った妻の顔を見、ちょっと苦笑いをし、今度は娘を振り返る。




「風呂、オマエが先に入れ!」




「いいの?」




「オレは後でいい」




脱衣所に入るすれ違いざま、バスタオルと着替えを両手に洋次に耳打ちする真奈美。




「あたし、ちょびっと、メールのオジサンに惚れちゃってたんだ。ちょびっとだけどね。オヤジもけっこーイイ男じゃん!」




娘のニクい言葉、ドキっとさせる言葉。もうずっと遠い昔、真奈美が随分と子供だった頃の思い出がよみがえる。洋次の背中に、両手でぶら下がりつつ甘えてくる幼き日の真奈美。




「マナは、パパのお嫁さんになるんだ!」




「ママはどうなるの?」




娘の言葉にちょっと困り顔の妻。




「ママはぁ、お手伝いさん!」




真奈美の無邪気な笑顔。




「えー、真奈ちゃん、ひどーい!」




「ねー、パパ! マナはパパのお嫁さんになるんだもん!」




すっかり遠い過去に葬り去られていたかに思えていた娘との会話が再び戻ってきた。イマドキはこんな携帯メールの使い方もあるらしい。




『オヤジが女子高生のメル友作ってたのは、母さんにはナイショにしといてあげるからね。by真奈美』




今や、娘からこんな茶目っ気たっぷりのイタズラメールまで届くようになった。あの日以来、我が家の親子関係は良好である。




(完)

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