研究員・伊良の野望
「R1、無事に妊娠したようだね」
実験開始から1週間。山に送られたステルスドローンからの映像に、研究チームは色めきたった。そのシーンを生中継というのだからとんでもないことだが、仕事に忙殺される研究員、特に男性陣は管理室のパネル前に大集合してわいわいと歓声を上げている。組織のナンバーツーである伊良女史はその光景にため息をついたが、第一の目的が達成されたことに安堵していた。
「面談の日も近い。田村、よろしくね」
「あ、は、はいっ」
何度も映像を再生しては盛り上がっている男研究員の中の一人に伊良は声をかけてその場を離れる。スマートウォッチを操作し、教授へ電話をかける。
「先生、R1、妊娠を確認しました」
「それは何よりだ。R2は?」
「被験体の判断によりしばらくは労働力として使うことになるかと」
「判断。よくまあ我慢できるなと思うが」
「農作業にも不慣れですから、繁殖行動ばかりに夢中ではいられないのでしょう。賢明だと思います」
「問題が生じればR3を投入すれば良いが」
「先生、これは被験体を楽しませることが目的ではないのではないですか」
「そうだったそうだった」
電話の向こうで教授は笑う。結局この人もスケベなんだよな、と伊良は心の中で悪態をつく。
***
伊良がこの仕事を引き受けることになったのは、ラビューナ及びヒューマノイド型人工子宮の研究開発が専門であることが大きな理由だが、それ以前に個人的な興味関心が強いこともある。
伊良は博士号をストレートで取得して、いざ当時の交際相手と入籍しようという段階になった頃、交際相手は「ごめん」と告げてきた。
「めぐちゃん、頭もいいし話してて楽しいんだけどさ。やっぱりエッチできないの、無理だ」
別れ話をするには不向きすぎる、安いファミレス。何も考えずにペペロンチーノを頼んだ彼は、パスタを巻きながらそう告げてきた。
伊良はその彼の変な倹約癖も、働きたくないと言って伊良の研究振興奨励費に頼ってヒモ状態でいることも許してきた。どこが良いのかと言われれば只々『大学で初めてできて以降9年間も付き合ってきた彼氏』であるという一点だけだが、貞操観念に癖のある彼女にとっては初めての彼氏と結婚して添い遂げることは最も重要であった。
「結婚したらしようって、ずっと言ってたわ」
「してみて合わなかったらどうする?」
「子供を作る時だけすれば……」
「そんなの無理だよ」
「今までもそうしてきたわ」
伊良は淡々と語り、ドリアを掬う。
「……ごめんけど、セフレがさ、妊娠したんだ」
手が止まる。流石に9年もその行為を避けてきたのだから、セフレだろうが第二第三の彼女がいようが致し方ないとは伊良もわかっていたが、いざ面と向かって告げられると胸が詰まる。
「それは……おめでとう」
「まあ、堕ろしてもらうつもりだけど……20万円貸してくれない?」
伊良は目を伏せ、そして、全てを諦めた。
***
「じゃあ先輩は、えっちしたくないんですねー」
「そういうこと。変かしら」
「変じゃないと思いますよ、女の子なら五割は本当はしたくないと思うし」
ランチに誘った後輩とふとその話になると、伊良は過去の男の話を冗談まじりに聞かせた。後輩の女子学生は気持ちわかるなーと肩をすくめる。
「私が人工子宮の研究したいなって思ったのも、自分で子供産みたくないからだし。そういう女の子いっぱいいるから」
「きっとね」
「私の場合はでも、自分の子が欲しいからラビューナを使うのはいやかな〜。それにほとんど浮気じゃないですか」
「あら。ラビューナに嫉妬するの?」
「しないんですか?アニメみたいな美少女ばっかりで」
「さあ……所詮はモノって気持ちが強いのかも」
「先輩じゃないとこのプロジェクト引っ張っていけないですねー」
後輩はあけすけに言って笑う。今の伊良は彼女のこんな態度にも特段動じない。
「自分の代わりに男の玩具になって、人口を増やしてくれる存在が欲しい女性も、きっとたくさんいるから……私はその夢に向かっているだけよ」
「ふーん」
ランチの大盛り弁当を食べ終え、伊良は研究室へと戻るのだった。
──第2話 終
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