第4話 友達

「グレイ。よろしくね」

「うん」

 差し出されたアンリの手を握る。ギュッと握り返されて、彼女は意外と馬鹿力なのかもしれないと思った。


 地下に潜伏してどれくらい経っただろうか。

 アンリが言っていた言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

 召喚か錬成か……、僕はあの培養槽と魔法陣の中央で目が覚めた。つまりは僕があの生贄達を触媒として、ここに喚び出されたということだろうか。

 そんなことを知られたら、笑顔で話し掛けてくれるアンリにも嫌われてしまうかもしれない。言わないでおいたほうが良いだろうと、僕は膝掛けの中で丸まりながら両手で口を塞いだ。


「グレイ、君、靴はどうしたの?」

 膝掛けの外からアンリの声が聞こえて、はみ出していた足を膝掛けの中に引っ込めた。もぞもぞと膝掛けから頭だけを出す。


「……」

 何と答えるべきか考えあぐねていると、アンリはゆっくりと瞬きしてから言った。


「君も訳アリみたいだから聞かないでおこうと思ったけど、流石に靴が無いのは不便でしょ」

「うん。実は、靴を探していた時にアンリを見付けたんだよ」

「私のお古で良いならあげるよ。その為には孤児院へ行かなきゃならないけど」

「孤児院?」

「物置きとして間借りしてるの。……この街からそう遠くないけど、行ってみる?」

「そうだね。そろそろ食料も尽きてきたし……」


 僕が街から拝借した干し肉は、アンリにも渡していたのでもう二切れしかなくなっていた。水はまた川で汲めばいいけど、食料はそういうわけにもいかない。


 狩りが出来るわけでも無いから、どこかで買わなければ。その為には人の居ないこの街から外に出なければならない。一人で外に行くよりはアンリと一緒に行くのが良いだろう。


 僕たちはこっそりと屋敷から抜け出た。街は依然として静けさに包まれている。


「誰もいないみたい」

 アンリは安堵のため息を漏らした。門の外にアンリの追手が潜んでいるのではないかと思ったが、誰も居なかった。


 僕はこの街から出るのが初めてなので、ドキドキしたが特に何も起こらなかった。内心、僕がこの地に縛られた呪いの元凶なのではないかと心配していたのだ。


「あいつら、よっぽど呪いを恐れているようね」

「アンリは平気なの?」

「そりゃあ多少は怖いけど。でも追われてる時は必死でさ。あの街に逃げ込むしか無かったんだよ」

「……聞いちゃいけないことかもしれないけど、アンリは何故追われていたの?」

「それは……」

 空を見上げた後、少し身を屈めて僕に顔を向ける。


「秘密」

「……まあ、僕にも秘密はあるからお互い様だよね」


 時々休憩しながら歩き続けて、既に夕方になっていた。


「頑張れ、もう少しだよ」

 足の裏の痛みがピークに達した頃、遠くに家々が見えた。全然もう少しじゃないじゃないか、と言う気にもなれなかった。疲れているから。


「あれが孤児院」

 丘の上の建物がそうなのだろう。


「この辺りは平和だね。魔物も寄って来ないし」

「魔物?」

「そこの草むらにも居るよ。気付かなかった?」

 言われて見てみれば、確かにそこには兎のような生き物がいた。兎にしては少し大きい。それに、角が生えている。


「どうして寄ってこないの?」

「ほら、あれ」

 アンリが道端を指差す。その先には小さな石像がある。


「魔除け石。あれで魔物避けしてるの。簡単に言えば道に結界が張られてるってこと」

「わざわざ道に置かなくても持ち運べば良いんじゃない?」

「そういうアクセサリーもあるけどね。でも魔除け石って、小さ過ぎると効果が薄いの」

「そういうものなんだね」


「さ、ここがルイユの村よ!」

 開け放たれた門の前で、アンリはそう言った。呪われた街よりも古風で小ぢんまりとした場所だったが、流れる空気は長閑でホッとする。


「おや、アンリじゃないか」

 村の酒場の前を通っている時に、おばさんに話しかけられた。


「帰ってきたのかい?」

「ううん。ちょっと寄っただけ」

「そうかい。シスターが大変そうだから、あんたが帰ってきたのなら助かるだろうと思ったんだけど……。そっちの坊やは?」

「私の友達」

「ぐ、グレイです」

 間髪入れずに友達と言われたことに少し驚いて、吃る。


「アタシはカルメン。よろしく、グレイ」

 カルメンさんは「アンリはすぐ無茶をするから、見張っていて頂戴ね」と僕に耳打ちすると、どこかへ行ってしまった。

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