タチーチーチータ
nns
ドッチッタッチ
第1話
ことの始まりは些細なことだった。出来事ですらない、私の趣味嗜好。たったそれだけのことで、私は今後の人生を左右すると言っては多分大分大袈裟な選択を迫られることになっている。
「
ほらね。
「こっちがチルで、木月さんの後ろに立ってるのが
「うわっ」
後ろ? と思って振り返ると、そこには長身長髪のオタクっぽい女子が立っていた。前髪で目がほとんど隠れてる。対して琴子と名乗った女子はギャルっぽいし、チルと紹介された子は見るからにマイペースそうな小動物系女子だ。
友達の系統っていうのは往々にして似るものである。だけど、この子達には統一感というものがまるで無い。ランダムに選ばれた生徒をここに呼んだと言われても、私は信じる。
「ど、どうも」
「どうも。お初にお目にかかります。鳳と申します」
やけに丁寧な喋り方がオタクっぽさを余計強調している気がしたけど、今回の会話のメインは琴子という女子だろう。私はすぐに視線を戻して、動揺を隠さないまま「どうしたの?」と声を出した。
「木月さんは、私達の救世主なんだよ」
「えぇ……」
質問に答えてもらえないまま進む会話は好きじゃない。だけど、救世主とまで言われれば、その真意を問いたくはなる。
「どういうこと?」
「木月さん、吹奏楽部だよね」
「そうだけど」
「パーカッション、やってるよね」
「……」
パーカッション、つまり打楽器だ。紛れもなく彼女の言う通りだった。でも、そうなんだけど、そうだよって、なんとなく言いにくかった。ここではいと言えば、面倒なことに巻き込まれそうな予感がして。押し黙った私を見て、チルと呼ばれた子が間に入った。
「クラシックとかよく分かんないけど、前の学祭の演奏良かったよー」
「そ、そう? ありがとう。私が一人でしたワケじゃないけど」
うちの吹奏楽部は高校吹奏楽の最大編成であるA編成クラスだ。コンクールには選抜メンバー総勢五十名以上で挑む。当然、選ばれないメンバーもいるから、総部員数はコンクールの定員を超える。確か七十人くらい居たはず。
何が言いたいって、学園祭の演奏を私一人の手柄のように褒められてもピンと来ない。そして素直にその言葉を受け取るのは間違いである気すらする。みんなの演奏なんだから。あと、どちらかと言うと最近の私は足を引っ張ることの方が多いから、そういう意味でもちょっとピンとこない。
「でさ」
琴子ちゃんが私の机の上に両手を置く。なんだかワクワクした表情をしていて、そんな心当たりの無い私は少し身構えてしまう。
「木月さん。ヒイズル、好きなんだって?」
「へ?」
なんなんだ、唐突に。私は時計を見上げた。そろそろ部活に行かなきゃいけない。こんな、学園祭の時のステージの話をしてきたかと思ったら、私の好きなバンドの話を振ってくるような、エキセントリックな会話の相手をしている暇は無いのだ。
横目に教室を見ると、人がまばらになっている。深川も居ない。深川というのは同じ部活でクラリネットパートの子。あの子が部活に顔を出していて、私が居ないとなるとかなり都合が悪い。三年生の先輩方に、ホームルームが長引いて、という言い訳は使えなくなる。
「ごめん、私、部活行かなきゃ」
立ち上がって鞄を背負い、細長いスティックケースを手に持つ。悪いとは思うけど、せめて部活が無い日に絡んできて欲しかった。と言っても、休みなんてほとんどないし、なんなら休みの日でも私達は合奏の為に学校に来てるけど。それでも祝日や、テスト前なんかは自主練習日になる。私が彼女達とのんびり話をするのは、そのタイミングしかないと思う。
「あー! ちょっと待って!」
「ごめん、でも」
「単刀直入に言う! 木月さん、一緒にバンドやろうよ!」
「……はい?」
椅子を机にしまった格好のまま、硬直してしまった。バンド? 私が? そんなこと、考えたこともなかった。だけど、答えは決まっている。
「ごめん、時間無いから」
「あ、あぁ引き止めてごめん」
「それもそうだけど、そうじゃなくて、その、バンドの話」
「あ、あー……分かった! 今日は帰るわ!」
「いや、えっと……えー……行っちゃった……」
琴子ちゃんはチルちゃんと鳳さんを連れて、私よりも先に教室を出て行ってしまった。取り残された私は、琴子ちゃんが言った「今日は」というフレーズに不吉なものを覚えながらも、急いで音楽室へと向かった。
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タチーチーチータ nns @cid3115
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