孤独の糸-第二話

彼の目には、無数の糸が見えるようになった。

それは、人と繋がろうとした瞬間に彼の心から伸びていた糸だった。だが、その糸はいつも途中で切れてしまう。切れた先には虚無しかなく、糸をたどっても何もない。それでも、彼は糸を手繰り寄せようとする度に、また次の糸が伸びては切れ、伸びては切れることを繰り返していた。


サイトでのやり取りも、ただの糸だった。見えない誰かと交わした言葉、そこに生まれたはずのつながり。だが、それもまた脆弱な糸に過ぎなかった。それが完全に切れた今、彼はもうどこにも繋がることができないまま、底知れぬ孤独の中に取り残されている。


サイトを閉じた後の夜は特にひどかった。四方八方に何もない闇が広がり、静けさが耳鳴りのように響く。その闇の中で、彼の思考はぐるぐると回り続け、出口のない迷路に迷い込んだようだった。心の中で渦巻く不安、焦燥感、そして無価値感。それらはどれも彼を捕らえ、深く沈み込ませていく。


「もう誰もいないんだ」


彼はついに、そう呟いた。言葉に出すことで、自分にとっての真実を確認しているかのようだった。もう誰も彼に興味を持っていない。顔を知らない誰かにすら見捨てられた。自分の孤独はすべての人間関係を腐らせ、壊してしまう。何かが根本から欠けているのだと、彼はようやく認めた。


それでも、糸はまだ残っていた。彼の心の中から細く、頼りない糸が伸びていた。それを手繰り寄せたくてたまらなかったが、同時にそれが切れる瞬間が怖かった。何度も手を伸ばし、躊躇し、そしてまた諦める。その繰り返しだった。


時が経つにつれ、彼はだんだんと自分が何を求めているのかも分からなくなっていった。最初は繋がりだった。誰かと分かち合いたい、共感し合いたいという欲求。しかし今では、その欲求さえも薄れ、ただ切れることを恐れながら糸を手に取ろうとするだけだった。


夜が深まるほど、彼の中の闇もまた深くなる。頭の中に浮かぶのは、何もかもが無意味だという確信だった。人と繋がることも、孤独に耐えることも、全てが虚無に吸い込まれていくように思えた。


ある夜、彼はついに一つの決断をした。


「もう、糸なんていらない」


その一言と共に、彼は意識的に自らの心の中にある糸を引きちぎった。繋がりたいという欲望を捨て去り、すべての感情を断ち切ろうとしたのだ。孤独の中に沈み込むことを自分で選び取ったのだ。何かを求めることが、もう彼にとっては重荷でしかなくなった。


だが、糸を断ち切った瞬間、彼はかえって強烈な不安に襲われた。切り離された糸の先に何があるのか、もう確かめることができない。自分から進んで孤独を選んだのに、その孤独の深さに飲み込まれていく感覚が、彼を強く締め付けた。


「どうして、こんなにも…」


彼の頭の中に響く声は、次第にかき消されていった。沈黙だけが彼を包み、彼の意識は闇の中に溶けていく。どれだけ深く沈んでも、そこには底がないように感じた。そして、その底なしの闇の中で、彼は自分が完全に孤独であることをようやく受け入れた。


もう、誰も彼を引き上げてはくれない。

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孤独の糸 紫乃 煙 @shinokemuri

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